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起床転結

栗山咲はいつもの電車の中で周りを見渡した。

ほとんど全員が食い入るようにスマホを見つめている。


同級生は付き合っている人と睦まじく喋っているか、単語帳を開いている。


自分に前者はできない。どんなに表面上仲良くできたり、気が合いそうだと思っても、何処かで突き放して傷つけるのが怖い。これ以上人を悲しませたくないのだ。


咲は、電車に乗ってきたお婆さんに席を譲る。「すみません、ありがとうね」

笑顔が優しくて、少し温かい気持ちになる。

電車に揺られながら、ふと咲は思う。


祖母は、あの趣味の悪いサングラスの内側で、もしかすると自分の所為が最低だと分かっていて、嫌われてるのも知っていて、贖罪しようのない過去をじっと抱えているのかもしれない。


だから一番大事な金銭をひたすらに献金して、人知れず家族のために祈る善人を装うことで、自分を保っているのかも知れないと。


ストン、と理解できない激しい感情が箱に収まる音がした。

世界が少し明るくなった気がして、瞬きをする。すれ違う電車が轟音を立てる。


今日も頑張ろう。そう思って彼女は電車から降りた。


レトロな街並みの一角、ケーキ屋の2階ではうれしい悲鳴が上がっていた。


田原の両親の営むケーキ屋はあくまでカモフラージュ、白い事務テーブルで数人が作業をしながら談笑していた。


古い蛍光灯のブーンという音に混じって、サンプルとして捕獲した大量の妖精たちが消滅するパチパチという音が聞こえる。


檻の前ではジャージに白衣を着た金髪の青年がしゃがんで嬉しそうに観察していた。


妖精たちの怨念が解放される音を聴きながら佐之が言う。

「表面張力が多分薄れて、泡が弾けてるっす。この消え方、なんかあの荻窪での事件の時と似てますね。内側の方の情緒的エネルギーの供給源が自壊してるっぽいすね。」


佐之は無論研究のために一部始終を録画している。良い資料が手に入った。これで今年の課題と論文は決まりだ。資金を削られずに済むかもしれない、と期待に胸を躍らせる。


「真田さん、他の妖精の監視のついでになんとかするとか言って、音沙汰がないからどうなってるんだろうと思ってましたよ。」柿崎がふくよかな体躯でニコニコしながらモニター越しに話しかける。


「やはり妖精に関しては一流なんだな」プロフェッショナリズムはないけど。と田原は心の中で呟く。

本部に連絡しとくんで、と佐之が言って、細い指でスマホの画面をタタタッと弾く。


当の真田がそれを知ったのは数時間後のことだった。


神崎は早めに帰宅して大学のレポートをまとめていたが、リビングから騒がしい音が聞こえた。


顔を出すと、真田があのやたらと無骨な機械の山を解体している所だった。


やっと片付けてくれるのか。あの3年生に白い目で見られずに済む。姉御肌っぽい口調と短い黒髪のストレートヘアに加えて、切れ長の目が少し怖かった。


例の黒いワゴン車に手際よく詰め込んでいくのを感心して見ていると、真田が話しかけてきた。

「尚人くん巻き込んですみませんでした。上司から連絡が入って泡の妖精が消えたみたいなので僕はここでお暇しますね。」


神崎は呆気に取られてじっと見返してしまった。


台風のようにずかずか乱入してきて訳の分からない理論を展開した挙句に、

こっちがやっと受け入れかけたところで出ていくというのか。お騒がせなやつめ。

「エマさんはどうするんですか。」


「彼女はしっかりと人間社会に適応しているみたいなので対処しなくて特に問題ありませんがもし何か異変があったらTellしてください。名刺に書いてあったでしょ」

「それじゃ」

そう言い残すと最後のスーツケースを引きずってでていった。


何だったんだ。


今度桜木たちに会ったら全部話してやる。いや、少しでも真田のメチャクチャな話を信じかけたことを話す気にはなれないか。


昼下がりの陽射しが差し込む廊下で、猪ノ原は杏仁ミルクティーをちびちびと嗜んでいた。

今日は機構の定例会だった。

支部長として毎週金曜日、管轄地域の怪異の発生・管理状況について本部に報告しにわざわざ出向いてくる必要があるのだ。


今更zoomにしろだとか、セキュリティの不安なら俺に任せろだとか言う気はないが、大した方針の変更もない会議にはほとほと嫌気がさす。


「疲れた顔してますね」兼沢が話しかける。

金融企業にいそうな出立で、彼は怪異対策機構で雑務をしている。

「妖精の件、なんか解決したらしいですよ」


「早かったね。例の怪異がうまくやってくれたんです?」通りすがった事務さんが興味津々で聞いてくる。

「それが何にもしていないらしくて。多分怨念の根源を担ってた人の価値観が変わったんでしょう」

「そうか。たつたつが下宿先に迷惑かけただけじゃないか。可哀想に」猪ノ原が呟く。


「真田さんってそんなにヤバい人なんですか、トオルさんに嫌われるなんて」


「嫌いというか、あいつの批判的思考のなってないとこが苦手なんだよ」

猪ノ原は、達太郎が自分の観測した事象を繋ぎ合わせて結論を導く、ともすると陰謀論やカルトになりかねないその思考回路が嫌いだった。


兼沢は部下になって5年経つが、猪ノ原が人を悪く言ったところは今まで見たことがなかった。


普通人間という生き物は、自分の理想を、自律性を保つために、「嫌いなもの」を自分と区別して、批判せざるを得ないのだ。


それすらも「批判的思考がなってないから」だなんて。僕はこの人のようにはなれないな。


ビルの窓から見える七月の空は何処までも澄みわたり、プラタナスが風にそよいでいる。


その頃とある不動産屋では、日に焼けた肌の筋骨隆々とした女性が目の前の店員を威圧していた。


「流石にそんな高いところには住まないわよ。もう少し手頃なところで、ちゃんとしたジムに近い物件はないの?」


派手な紫色に染めた髪を高い位置で編み込み、2本の三つ編みにしている。

アラブ系ともヨーロッパ系とも取れる派手な顔立ちでなければ似合わないだろう。


ビジュアルに圧倒されながら店員は答えた。

「そういうことでしたら…こちらの物件なんですが、駅から徒歩20分、といったところにございまして、お手頃な価格かと思います。ただ、4部屋のシェアハウス形式を取られていて、その一室という形でしたら…」


その客は目を輝かせて言った。「あら、最高じゃない!早く教えなさいよ、シェアハウスなんてワクワクするわ」


最後まで読んでくださった方、誠に有難うございました。

本作の2年後のシェアハウスを描いた全16話の「轟鬼ハイメゾンヘようこそ」、完結しました⭐︎

思考実験を極限まで広げててんこ盛りにしたので、ご興味のある方は是非遊びに来てください。

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