「溶岩百足」
深層に降りた。
縦穴の壁面を、ガゼンの脚が岩に食い込みながら降下する。ワイはガゼンの甲殻にしがみつき、ルリハは翅で滑空しながら螺旋を描いて降りていく。
深くなるほど、熱い。
壁面の岩が赤みを帯びて、触れると手が焼ける。空気が揺らいどる。陽炎みたいに。視界がぐにゃりと歪む。
そして、底に着いた。
広い。
浅層や中層の広間とは比較にならん巨大な空洞が広がっとった。天井は遥か頭上。床面は黒い岩盤で、所々にひび割れがあって、その隙間から赤い光が漏れとる。
溶岩。
地面の下に溶岩が流れとる。その熱が空洞全体を窯のように温めとる。
空洞の中央に、溶岩が露出した池がある。赤く、どろどろと蠢く溶岩の池。その表面が、ぶくぶくと泡立っとる。
ガゼンが鉄脚震を踏んだ。一回。重い。
振動が返ってくるまで、いつもより時間がかかった。
ガゼンの体が、明確に強張った。
「下じゃ。溶岩の中におる」
溶岩の池を見る。赤い液面が、不規則に波打っとる。何かがその下で動いとる。
ワイは作戦を頭の中で反芻した。
ルリハが糸で動きを制限。ワイが電撃で怯ませる。ガゼンが頭部を突く。
シンプルな作戦。でも、相手が溶岩の中にいる以上、出てくるのを待つしかない。
「散れ。溶岩池を三方から囲め。出てきた時に一方向に逃げられんようにする」
ガゼンの指示。三匹が散開する。
ワイは池の北側。ガゼンが南側。ルリハが上空。
配置についた。
静寂。
溶岩がぶくぶく言う音だけが、空洞に反響しとる。
ワイは角に電気を溜め始めた。じわじわと、限界まで。今日は出し惜しみせん。全力のボルトストライクを初撃で叩き込む。
角先に青白い光が凝縮されていく。ぱちぱちと火花が弾ける。
溶岩池の表面が、大きく盛り上がった。
来る。
* * *
溶岩が爆ぜた。
赤い飛沫が四方八方に飛び散り、空洞全体が橙色の光に染まった。
その中から、そいつが這い上がってきた。
でかい。
十メートルなんてもんやない。十五メートルはある。胴体の太さだけでワイの何倍もある。数十対の脚が溶岩を掻き分けて、ずるずると地面に体を引き上げていく。
体表が赤熱しとる。溶岩そのものを纏ったみたいに、全身が赤黒く輝いて、揺らめく陽炎を放っとる。近づいただけで肌が焼ける熱気。
頭部が持ち上がった。扁平な頭に、無数の小さな目が並んどる。その下に、岩すら噛み砕く巨大な顎。
溶岩百足。
深層の主が、溶岩の池から這い出した。
あまりのでかさに、一瞬思考が止まった。
――こんなん、どうやって倒すねん。
百足の頭がこっちを向いた。無数の小さな目がワイを捉える。
動いた――速い。
あの巨体が、数十対の脚で一斉に地面を蹴って、こっちに突進してくる。地面が揺れる。岩盤にひびが走る。溶岩百足が通った跡の地面が赤く焼け焦げとる。
跳んだ。
全身のバネを使って横っ飛びに跳ぶ。百足の頭がワイのいた場所を通過する。風圧やない。熱風。体が煽られて、甲殻の表面がじりっと焦げた。
掠っただけでこれか。直撃したら蒸発する。
着地。振り向く。角を百足に向ける。
撃て。
ばちっっ!
溜めに溜めた全力のボルトストライク。青白い電撃が角先から一直線に走り、溶岩百足の胴体に叩き込まれた。
弾ける。青白い光が赤熱した体表の上で炸裂する。
――通った。
読み通りや。高温の体は電気をよく通す。ワイの電撃が体表を貫通して内部に流れ込んどる。
溶岩百足が、ぎしゃああっ、と絶叫した。
巨体がびくんと跳ねて、数十対の脚が一斉にばたつく。怯んどる。
でも、倒れへん。
あのサイズの相手に、ワイのボルトストライク一発じゃ威力が足りん。怯ませるのが精一杯や。
「ルリハ!」
叫んだ。
上空からルリハの光糸が降り注ぐ。瑠璃色に光る無数の糸が、溶岩百足の脚に絡みつく。
――が。
糸が焦げた。
溶岩百足の体表の高熱で、光糸が触れた瞬間にじゅっと焼き切れる。
あかん。糸が効かへん。
ルリハの翅が赤紫に染まった。想定外。直接体に糸が触れたら、焼けてしまう。
作戦の第一段階が崩れ――ガゼンが動いた。
南側から百足の側面に走り込む。八本の脚が地面を蹴って、D級の突進力で一気に間合いを詰める。
尾が閃き、溶岩百足の胴体関節部を毒針が狙う。
がきっ。
弾かれた!高熱の甲殻に毒針の先端が触れた瞬間、あまりの熱さに怯んだのか、上手く刺さりきらんかった。
ガゼンが歯噛みするような蟲音を出して後退する。鋏腕の先端が赤く焼けとる。
物理攻撃も、糸も、毒針も、体表の高熱に阻まれる。
通じるのはワイの電撃のみやけど、一発じゃ威力が足りん。
溶岩百足が体勢を立て直した。ボルトストライクの痛みから回復して、今度はガゼンに向かって突進する。
速い、でかい、熱い。
ガゼンが正面から受け止めた。鋏腕を広げて百足の頭を挟み込もうとする。
ぎぎぎ、と甲殻が軋む音。ガゼンの脚が地面にめり込みながら後退する。押されとる。
「おっちゃん!」
「来るな! まだ策があるじゃろう! 考えろ!」
考えろ…ワイの武器は頭や。
走りながら考える。電撃は通るけど威力が足りん。一発じゃ怯ませるだけ。糸は焼ける。物理は弾かれる。
なら、電撃を何発も撃つしかない。同じ場所に、連続で。一発で足りんなら二発。二発で足りんなら十発。
でもボルトストライクは溜めが要る。連射できへん。
――溜めんかったらどうなる。
ふと思いついた。
ボルトストライクは角に電気を集中して撃ち出す技。溜めるから威力が出る。溜めんかったら威力は落ちる。
でも、速く撃てる。
威力を犠牲にして速度を取る。一発一発は弱くても、数で押す。同じ場所に何発も叩き込めば、流石にダメージが蓄積するはず。
やったことない。でも、やるしかない。
ワイは走った。溶岩百足の側面に回り込みながら、角に意識を集中する。
溜めない。溜めずに撃つ。
ばちっ。
弱い。いつもの半分もない電撃が飛んだ。でも速い。溜めなしで撃てた。
もう一発。
ばちっ。
もう一発。
ばちばちばちっ。
角先から青白い電撃が立て続けに放たれる。一発ごとの威力は小さい。でも全部同じ場所――溶岩百足の頭部の付け根に集中させる。
百足がまたぎしゃっと鳴いた。頭を振る。ワイの連射が鬱陶しいんや。
ガゼンが百足の頭から離脱した。押し込まれとった体勢を立て直す。
「ルリハ! 糸は体に直接やなくて、地面に張れ!」
ワイが叫んだ。
体表に触れたら焼ける。なら体に触れんかったらええ。百足の脚が踏む地面に粘着糸を張り巡らせれば、脚が地面に張りつく。
ルリハが即座に理解した。翅を翻して低空飛行に切り替え、溶岩百足の進路の地面に次々と光糸を張っていく。
百足の脚が糸を踏んだ。べちゃ、と張りつく。一歩ごとに脚が引っかかって、だんだんと動きが鈍くなる。
効いとる。
百足が苛立って体をうねらせた。脚を力任せに引き剥がそうとする。糸が千切れる。でも千切れた端からルリハが新しい糸を張る。
追いかけっこや。でも百足の脚は数十対ある。ルリハ一匹で全部を封じるのは不可能。
それでも、一瞬でも動きが鈍れば十分。
「ガゼン! 頭が下がった瞬間に突け!」
百足が脚の糸を引き剥がそうとして頭を下げた。首筋が露出する。
ガゼンが駆けた。
全力疾走。八本の脚が地面を蹴り砕いて、D級の全質量が一点に向かって突き進む。
尾が振り上がる。毒針の先端が赤く光る。
百足の首筋に向かって――
* * *
その時、空洞の壁が吹き飛んだ。
横合いから。
岩の壁が爆砕して、がれきと粉塵が空洞に吹き込む。
ガゼンの突進が止まった。飛んできた岩塊を鋏腕で弾く。
何事や。
粉塵の中から、人影が飛び出してきた。
松明の光。金属の鎧。剣。弓。杖。
人間。
あの冒険者パーティが、壁の向こうの通路から空洞に突入してきたんや。
別のルートから深層に降りてきたらしい。壁を魔術で吹き飛ばして、ショートカットしてきた。
先頭のリーダーが叫んだ。人間の言葉。何を言うとるか分からん。でも、あいつの目がワイを捉えて、それから溶岩百足を捉えて、一瞬で状況を判断したのは分かった。
弓の女が矢を番えた。溶岩百足に向かって。
杖の男が詠唱を始めた。魔術。
人間も、溶岩百足と戦う気や。
戦場が一気に混沌とした。
溶岩百足が怒り狂って体をうねらせる。巨体が壁に叩きつけられて岩盤が砕ける。ワイも人間も関係なく、動くものすべてに攻撃を繰り出す。
ワイは跳んで避けた。百足の尾が地面を薙いで、立っていた場所が粉砕される。
着地。すぐ横に、人影が転がり込んできた。
若い剣士。あの緑色の目のやつ。おっちゃんが言うてたな、確か…レン。
ワイと目が合った。
至近距離、腕を伸ばせば届く距離。
レンの目が見開かれとる。驚き。でも、恐怖やない。
あいつの手に剣が握られとる。ワイに向けてもええ距離。
でもレンは、剣をワイに向けんかった。
百足に向けた。
溶岩百足の脚が、ワイらの方に振り下ろされた。
レンが跳んだ。剣を横薙ぎに振って、百足の脚を弾く。金属と甲殻がぶつかる甲高い音。火花が散る。
完全には弾けてへん。でも軌道が逸れた。脚がワイの横をかすめて地面に突き刺さる。
レンがワイを見て、ワイはレンを見る。
一瞬の沈黙。
それから、ワイは百足に向き直った。レンも百足に向き直った。
言葉は通じへん、一言も。
でも、今この瞬間に必要なことは分かっとった。
こいつは敵やない。
あの百足が、敵や。
ワイは角に電気を込めた。溜めなしの連射。百足の頭部に向かって、ばちばちと撃ち放つ。
レンが走った。ワイの電撃に百足が怯んだ隙に、側面から斬りかかる。剣が百足の脚の関節に食い込んだ。
連携。
言葉も打ち合わせもない、即興の連携。
でも、噛み合っとった。
ワイが怯ませて、レンが斬る。レンが引きつけて、ワイが撃つ。
あいつはワイの動きを見とる。ワイの電撃のタイミングを読んで、その隙間に斬り込んどる。
観察眼。あの「知ろうとする目」が、戦闘中にも活きとる。ワイの行動パターンを一瞬で読み取って、自分の動きを合わせてきよる。
こいつ、やるやんけ。
* * *
戦場は混沌としとったけど、少しずつ形になっていった。
人間パーティのリーダーと弓使いが百足の右側面を攻撃しとる。魔術師が炎の魔術を放つけど、溶岩百足には炎は効きが薄い。同じ熱属性やから。
ガゼンが左側面から毒針を狙い続けとる。体表には刺さらんけど、百足が体をうねらせた拍子に腹側が露出する瞬間を狙っとる。
ルリハが上空から地面に糸を張り続けて、百足の動きを少しでも鈍らせとる。
そしてワイとレンが正面。電撃と剣で頭部を攻め立てる。
七人と三匹。
言葉の壁も種族の壁も、今だけは関係ない。
全員の敵は、あの溶岩百足ただ一匹。
百足が咆哮した。空洞全体が震えて、天井から岩の破片が降り注ぐ。
体をうねらせて、巨体を回転させた。全身を使った薙ぎ払い。空洞の中のすべてを吹き飛ばそうとしとる。
「伏せろ!」
ガゼンの蟲音とリーダーの人語が、ほぼ同時に響いた。
ワイは地面に伏せた。レンも伏せた。百足の胴体がワイらの頭上を通過する。熱風で甲殻の表面がばちばちと焦げる。
通過した。
顔を上げる。レンも同時に顔を上げた。
また目が合った。
レンの顔に泥と煤がこびりついとる。息が荒い。でも目は死んでへん。
あいつが何か言った。人間の言葉、分からん。
でも、口調と表情で、何となく分かった。
「まだやれるか」って聞いとるんやろ。
ワイは角を百足に向けた。ぱちっと電気が弾ける。
返事の代わりや。
レンが、口の両端を上げた。
人間の笑顔を見たのは初めてやった。
悪くない顔しとるやんけ。
次回「第19話:おっちゃん」
――溶岩百足との死闘はクライマックスを迎える!




