「中層へ」
人間との遭遇から二日。
ワイらは中層の奥へと進んでいた。人間の冒険者パーティの行動範囲を避け、あいつらが通らんルートを選んで移動する。
ルリハの索敵糸が二重の意味で役に立った。モンスターの感知だけやなくて、人間の足音や松明の光も拾える。人間が近づいたら、糸の振動パターンが変わる。モンスターの這う振動と、人間の歩く振動は全然違うからな。
おかげで二度目の遭遇は避けられとった。
でも、人間を避けることにばかり意識を割いとるわけにはいかん。
中層のモンスターは、浅層とは格が違う。
* * *
最初に出くわしたのは、岩鎧蜥蜴やった。
体長約二メートル。背中に岩のような分厚い鱗を持つ、E級の中堅モンスター。浅層の灰蜘蛛や灰蝙蝠とは見た目の威圧感からして違う。
通路の先で、こっちに気づいてのそりと振り向いた。黄色い目がワイを捉える。
ワイは即座にボルトストライクを撃った。
ばちっ。
角先から放たれた電撃が、岩鎧蜥蜴の顔面に命中――したはずやった。
弾かれた。
電撃が鱗の表面で散って、火花が飛ぶだけ。岩鎧蜥蜴はびくともせん。
「……嘘やろ」
浅層のモンスターには一発で効いたボルトストライクが、まるで通じへん。あの岩みたいな鱗が絶縁体になっとるんや。
岩鎧蜥蜴が突進してきた。
でかい。速い。通路いっぱいに広がる巨体が、地響きを立てて迫ってくる。
ワイは横に跳んだ。壁との隙間に体をねじ込む。蜥蜴の体がすぐ横を通過する。風圧で体が押される。
すれ違いざまに角で突こうとしたけど、甲殻の脇腹に角の先が滑った。硬い。ワイの角じゃ、あの鱗を貫けへん。
「電撃も角も通らん……どうすりゃええんや」
ガゼンが動いた。
通路の奥から反転してきた岩鎧蜥蜴に、ガゼンが正面から立ちはだかった。鋏腕で蜥蜴の突進を受け止める。ずずっ、と鉄の脚が地面に溝を刻みながら後退するけど、止めた。
そしてガゼンの尾が閃く。
毒針が岩鎧蜥蜴の背中と腹の境目――鱗の隙間を正確に突いた。
ずぶり。
蜥蜴が絶叫した。全身が痙攣して、ガゼンの鋏から崩れ落ちる。毒が回ったんや。
一撃。
E級の中堅モンスターを、ガゼンは一撃で沈めた。
* * *
戦闘が終わった後、ガゼンがワイの前に来た。
「見ておったな」
「見とった。ワイのボルトストライクが全然効かんかった」
「当然じゃ。お前は正面から撃った。あの蜥蜴の正面は最も装甲が厚い。真正面から力押しして通る相手と、通らん相手がおる。お前はまだ通らん側じゃ」
分かっとる。ワイはF級で、相手はE級。力で押しても勝てへん。
「じゃあどうする」
「考えろ。お前の得意なことは何じゃ」
考える。パターンを読む。弱点を見つける。
「弱点を探す……か」
「そうじゃ。儂がどこを突いたか、見ておったな」
背中と腹の境目。鱗の隙間。装甲が途切れる場所。
「どんな相手にも、必ず隙間がある。全身を完璧に覆える甲殻など存在せん。関節、接合部、感覚器官。そこを突けば、格上にも通る」
ガゼンの教えが、体に染み込んでいく。
「正面から力で押すのは愚か者のやり方じゃ。お前は頭がある。頭を使え。相手を観察し、弱点を見極め、そこだけを一点で撃ち抜け」
「……鳥のパターンを読んだ時と同じか」
「同じじゃ。森で鳥の止まり木を読んだお前なら、できるはずじゃ」
ガゼンの蟲音に、いつもの「甘い」はなかった。代わりに、静かな確信があった。
* * *
次にE級のモンスターと遭遇した時、ワイは戦い方を変えた。
相手は灰鉄蟹。E級の下位。両腕に巨大な鋏を持つ甲殻型モンスター。正面の装甲は分厚い。
以前のワイなら正面からボルトストライクを撃って「効かん」で終わりやった。
今回は違う。
まず観察した。
灰鉄蟹の動きを見る。鋏を振り上げる時に、脇腹の甲殻が一瞬開く。鋏を振り下ろす時に、腹側の接合部が露出する。
目に焼きつけた。
「ルリハ、正面から糸で鋏を抑えてくれ」
ルリハの光糸が飛ぶ。瑠璃色の粘着糸が灰鉄蟹の左の鋏に絡みつく。蟹が鋏を振ろうとして、糸に引っ張られて一瞬動きが鈍った。
その一瞬。
右の鋏を振り上げた。脇腹が開いた。
ワイは横から回り込んで、開いた隙間にボルトストライクを叩き込んだ。
ばちっ。
今度は弾かれへんかった。甲殻の隙間から電撃が体内に流れ込み、灰鉄蟹がびくんと跳ねた。
追撃。雷命活で身体能力を底上げして、一気に距離を詰める。角を隙間に突き立てる。
ずぶっ。
灰鉄蟹の動きが止まった。
ワイは角を引き抜いて、二歩下がった。蟹がゆっくりと横に倒れる。
やった。
E級を、ワイの力で倒した。
ガゼンが後ろで見とった。
「……少しはマシになったな」
「甘い」やなくて「マシ」。ガゼン語では最高評価に近い。
ルリハの翅が瑠璃色にぱっと光った。
嬉しい。
でも浮かれとる暇はない。中層にはもっと強いのがおる。
* * *
それから数日、ワイはガゼンの教えを実践し続けた。
「弱点を見極めて、一点を撃ち抜く」
この原則を、出会うモンスターすべてに適用した。
岩鎧蜥蜴。首と胴の接合部が弱い。頭を下げて突進してくる時に首筋が露出する。そこにボルトストライク。
灰鉄蟹。鋏を振る瞬間の脇腹。ルリハの糸で片方の鋏を封じて、もう片方を振らせて隙間を作る。
溶岩蛭。E級上位。体が柔らかくて物理攻撃が効きにくいけど、体内の水分が多いから電撃がよく通る。ボルトストライクを口内に撃ち込む。大蜥蜴戦の応用や。
毒牙蝙蝠。E級。浅層の灰蝙蝠の上位種で、毒を持つ。翅の付け根が弱点。ルリハが糸で翅を絡めて落とし、地面に落ちたところを角で仕留める。
一体ごとに、ワイの「弱点リスト」が増えていく。
頭の中の地図に、モンスターの分布だけやなくて、弱点のパターンが書き加えられていく。
朽葉の森で鳥のパターンを記録した時と同じ。ただし、記録の密度と複雑さが桁違い。
ワイの頭は、これをこなすために存在しとるんやと思った。
* * *
中層に入って五日目の夜。
拠点の広間で休みながら、ガゼンが語った。
「お前に足りんものが一つある」
「何や」
「覚悟じゃ」
覚悟。
「お前は頭がいい。弱点を見つけて、隙間を突いて、最小限のリスクで勝つ。それは正しい。じゃが、いつか必ず、それが通じん相手が出てくる」
ガゼンの蟲音が低くなった。
「弱点がない相手。隙間を突く余裕を与えん相手。そういう敵と戦う時、お前はどうする」
「……どうするって」
「正面からぶつかるしかない時が来る。力が足りん。知恵も通じん。それでも退けん状況。その時に、足が動くかどうか。それが覚悟じゃ」
ガゼンの右の鋏腕。あの大きな古傷。
「この傷は、人間の冒険者部隊と戦った時のものじゃ。儂は若い頃、C級に匹敵する力があった。でもあの時、相手は数で来た。弱点を突く暇なんぞなかった。力押しで切り抜けるしかなかった」
「勝ったんやろ」
「勝った。じゃが、代償を払った。この目と、この腕じゃ」
半分潰れた複眼。完全には閉じない鋏腕。
「儂は覚悟があったから生き残った。覚悟がなかったら、あの場で逃げておった。逃げておったら傷は負わんかったじゃろう。じゃが、あの時儂の背後には、守るべきものがあった」
守るべきもの。
ガゼンは多くを語らんかった。でも、あの蟲音の奥に、ワイには分からん深い痛みがあった。ガゼンが過去に喪った「知性ある蟲族たち」のこと、やろう。
「グロウ。お前はいずれ、儂よりも強くなる。変異進化の力があるからじゃない。お前には頭がある。仲間がおる。そして何より、強くなりたいという渇望がある」
ガゼンの目が、真っ直ぐワイを見とった。
「じゃがな、強さだけでは足りん。頭だけでも足りん。最後にものを言うのは、退かんと決めた覚悟じゃ」
重い言葉やった。
ワイはまだ、それを本当の意味では分かってへんかったと思う。
でも、ガゼンの言葉は頭のどこかに刻まれた。後に、ワイの足が凍りそうになった時に、この言葉が蘇ることになる。
「覚悟、か」
「今は分からんでもええ。分かる時が来る」
ガゼンは尾を丸めて目を閉じた。
ルリハはワイの隣で、翅を淡い瑠璃色に光らせたまま眠っとった。
ワイだけが目を開けたまま、暗い天井を見上げとった。
中層の奥、さらに深い場所に、何かがおる。
ガゼンの鉄脚震が最近、いつもより長く、いつもより深く地面を探っとる。何かを警戒しとる。
深層の主。
中層を攻略していけば、いずれそいつの領域に踏み込むことになる。
その時、ワイに覚悟はあるんやろうか。
角がぴりっと帯電した。
答えは、まだ出えへんかった。
次回「第16話:剣士の目」
――中層の奥で、グロウは再びあの人間の冒険者パーティと遭遇する。その内、一人の若い剣士だけが他のメンバーとは違う目でグロウを見ていた。




