「三匹の連携」
浅層での日々は、戦いの連続やった。
朝――体内時計でそう決めた時間に起きて、拠点の広間から通路に出る。ルリハが先行して索敵糸を張り、ガゼンが殿で鉄脚震を踏み、ワイが真ん中で周囲を警戒する。
この隊列が、三匹の基本形になった。
ルリハの索敵範囲はワイの目が届く距離の三倍以上ある。糸の振動で、曲がり角の向こう側にモンスターがおるかどうかまで分かる。しかも光糸は暗闇でも視認できるから、ワイにとっての道標にもなる。
ガゼンは後方担当。迷宮では背後から襲われることも多い。ガゼンの巨体が通路を塞いどるだけで、後方からの奇襲はほぼ不可能になる。しかも鉄脚震で地中の振動を拾い続けとるから、地面の下からの接近も見逃さん。
ワイは中衛で、判断と攻撃を担当。ルリハの情報を受けて進むか退くか決め、戦闘になったらボルトストライクで先制する。
偵察のルリハ。判断と攻撃のワイ。防衛のガゼン。
三匹の役割が噛み合い始めた。
* * *
浅層四日目。
通路の奥から、がさがさという音が近づいてきた。
ルリハの翅が赤紫に変わる。索敵糸の振動を読み取り、光の信号を飛ばしてきた。
「三匹」「小さい」「速い」
小型で素早いのが三匹。
通路の曲がり角から、灰色の影が飛び出してきた。
灰蜘蛛。壁や天井に擬態する蜘蛛型モンスター。F級の下位。一匹なら大したことないけど、集団で来ると糸で動きを封じてから食いにかかる厄介な相手や。
三匹が扇形に広がってワイらに迫る。速い。壁を走り、天井を伝い、三方向から同時に仕掛けてくる。
でも、もう慣れた。
「ルリハ、左。ワイが正面。ガゼン、右頼む」
ワイの蟲音に、二匹が即座に反応する。
ルリハの光糸が左側の灰蜘蛛に絡みつく。粘着糸が脚に張りついて、壁から引き剥がした。天井から地面に叩き落とされた灰蜘蛛がもがく。
ワイは正面の一匹に角を向けた。距離は五メートル。ボルトストライクの射程内。
ばちっ。
角先から放たれた電撃が、灰蜘蛛の胴体に直撃した。痙攣して動きが止まる。そこに駆け寄って角で一突き。仕留めた。
右側はガゼンが処理しとった。鋏腕の一撃。灰蜘蛛が壁に叩きつけられて、ぐしゃりと潰れる。D級の一撃にF級下位が耐えられるわけがない。
三匹同時に仕掛けてきた灰蜘蛛を、三匹同時に処理した。
所要時間、数秒。
「……ワイらちょっと上手くなってへんか」
ルリハの翅が瑠璃色に光る。同意。
ガゼンは鋏腕についた体液を地面で拭いながら、短い蟲音を出した。
「まだ甘い。お前の電撃は遅い。撃つまでに溜めの時間がかかりすぎじゃ」
確かに。ボルトストライクを撃つには角に電気を集中させる時間が要る。その間は動けへん。相手が速かったら、溜めの間に距離を詰められて終わりや。
「もっと速く撃てるようにならんか」
「それは慣れじゃ。何度も撃て。体が覚えるまで撃て」
脳筋みたいな指導やけど、ガゼンの言うことは正しい。反復練習で溜めの時間を短縮していくしかない。
* * *
浅層六日目。
ワイはボルトストライクの溜め時間を、最初の半分くらいまで短縮できとった。精度も十発中七発まで上がった。
反復練習の成果や。何十発、何百発と撃ち続けた。的になったのは迷宮の壁、地面の石、時々はルリハが投げ上げた小石。動く的を撃つ練習は特に効果があった。
でも、ワイが気になっとったのはボルトストライクだけやない。
雷命活。
自己治癒の技で、これは戦闘中でも使える。
迷宮の戦闘でこれを活用し始めてから、継戦能力が格段に上がった。小さな傷を戦闘中に回復しながら戦い続けられる。
で、ここからが本題。
雷命活を使っとる時に気づいたことがある。
体内で雷を循環させると、傷が治るだけやなくて、体の動きがほんの少し軽くなるんや。電気信号が体内を巡ることで、筋肉――蟲に筋肉があるのかは分からんけど、体を動かす部分が活性化しとるような感覚。
これ、回復以外にも使えるんちゃうか。
ワイは試してみた。
雷命活を発動した状態で走る。
……速い。ほんのちょっとやけど、いつもより体が軽い。反応も速い。
攻撃にも影響がある。雷命活を維持しながら角で突く。いつもより速く、いつもより鋭く突ける。
回復しながら戦闘力も上がる。
代償は魔素の消費が大きいことやけど、迷宮の中は魔素が濃いから、ある程度は環境から補給できる。
「ガゼン、見てくれ」
ワイはガゼンの前で雷命活を維持しながら走り、角で壁を突いた。いつもより深い傷がつく。
ガゼンが目を細めた。
「……雷を体内で循環させて身体能力を底上げしておるのか。器用な真似をする」
「これ、ええんちゃう?」
「ええも何も、魔素が切れた瞬間に反動が来るぞ。体が一気に重くなる。使いどころを間違えるな」
なるほど。切れた時のリスクがある。ずっと使い続けるもんやなくて、ここぞという場面で短時間使う技やな。
でも、これで戦い方の幅がまた一つ広がった。
* * *
浅層七日目。
ワイらは浅層のほぼ全域を踏破しとった。
通路の配置。広間の位置。モンスターの分布。水場。安全地帯。全部ワイの頭の中に地図がある。ルリハも光糸で拠点に地図を描いてくれとって、二匹の情報を合わせると浅層の全体像がかなり正確に把握できとった。
そして、浅層のモンスターはもうワイらの敵やなかった。
灰蝙蝠も灰蜘蛛も灰岩虫も、三匹の連携の前には数秒で片がつく。ワイ一匹でも、F級下位なら苦戦せんくなった。
成長しとる。確実に。
でも同時に、浅層では成長の頭打ちも感じ始めとった。
敵が弱すぎる。魔素の吸収量も、戦闘から得られる経験も、少なくなってきた。
もっと強い相手、もっと濃い魔素が要る。
体の奥底で、あの疼きがまた始まっとった。進化への衝動。まだ遠いけど、確実にくすぶっとる炎。
ガゼンが拠点の広間で、ワイとルリハを前に座った。
「浅層は終わりじゃ。明日から中層に降りる」
ワイの角がぴくりと反応した。
中層。E級からD級のモンスターがおる領域。
F級のワイにとっては、格上との戦い。ルリハも同じF級。ガゼンがおるとはいえ、中層のD級相手にガゼンが毎回助けてくれるわけやない。
「中層では、お前が判断を間違えれば死ぬ。浅層とは覚悟が違うと心得ろ」
ガゼンの蟲音が重い。
でも、ワイの中に恐怖はなかった。
あるのは、期待だけ。
「……上等や」
ルリハの翅が一瞬だけ赤紫に瞬いて、すぐに瑠璃色に戻った。
緊張。でも、覚悟はできとる。
明日、中層に降りる。
その先に何がおるのか。どんな敵がおるのか。
そして――人間がおるのか。
ガゼンが言うとった。この迷宮には人間も来る、と。
中層に降りれば、いよいよ人間と遭遇する可能性がある。
ワイはまだ人間を知らん。
でも、もうすぐ知ることになる。
次回「第14話:素材と呼ばれて」
――中層で、グロウは初めて人間の冒険者と出会う。その出会いは、想像よりもずっと残酷だった。




