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初めての狩り

プロジェクトヘイルメアリーって面白いですか?

観に行こうか迷ってます

窪地に戻ったワイを、ガゼンの蟲音が迎えた。

 「どこに行っておった」

 低くて重い、叱責の音。やっぱり怒っとる。

 ワイは正直に伝えた。南に行った。雷蜥蜴がおった。弱っとった。ワイの蟲音ではまだ細かいニュアンスは伝えられへんけど、「南」「蜥蜴」「雷」「弱い」を組み合わせて、必死に説明する。

 ガゼンは黙って聞いとった。

 ワイが話し終えると、長い沈黙があった。

 それから、ガゼンの鋏腕がワイの頭に降りてきた。

 ごん、と。

 痛い。硬い。鉄の鋏が幼虫の頭を小突いた。手加減はしとるけど、ワイの体にはかなりの衝撃や。

 「勝手に動くな。死ぬぞ」

 短い。怖い。ガゼンの蟲音が怒気を帯びとる。

 でも、その後に続いた音は、怒りとは違うもんやった。

 「……で、その蜥蜴はまだおるのか」

 ワイは顔を上げた。

 ガゼンの半分潰れた複眼が、ワイをじっと見とる。怒りの奥に、別の光がある。

 興味や。

 ワイが雷蜥蜴に感じた「引き寄せられる感覚」。ワイの体の変化。角の成長。静電気の増大。それら全部を見てきたガゼンが、ワイの話を聞いて何かを察したんやろう。

 ガゼンが低い蟲音で告げた。

 「案内しろ」

    * * *

 三匹で南に向かった。

 ガゼンが先頭。ワイが真ん中。ルリハが上空から偵察。

 ガゼンが歩くと、それだけで周囲の小型モンスターが逃げていく。D級の威圧感。あの錆びた甲殻と巨大な尾を見て立ち向かう奴なんかおらん。

 ワイが半日かけた距離を、ガゼンの歩幅なら半刻もかからん。あっという間に南の岩場が見えてきた。

 ルリハが降りてきて、光の信号を送る。

 「蜥蜴」「まだいる」「動かない」

 まだおる。しかもまだ弱っとる。

 ガゼンが足を止めた。岩場の手前で体を低くし、鉄脚震を発動する。八本の脚が地面を踏み、振動が広がる。

 しばらくして、ガゼンが蟲音を出した。

 「小さい」「雷」「一匹」「他に蜥蜴が三匹」

 地中の振動から、岩場の配置と生物の分布を読み取ったんや。雷蜥蜴一匹と、普通の小型蜥蜴が三匹。大蜥蜴はまだ北に移動中で、この辺にはおらん。

 ガゼンがワイを見た。

 「お前がやれ」

 ……え?

 「儂とルリハが他の蜥蜴を抑える。雷蜥蜴はお前が仕留めろ」。

 ワイが? 幼虫のワイが、蜥蜴を?

 でもガゼンの目は本気やった。あの目は「試す」目や。ワイに名前をくれた時と同じ、「お前に賭ける」目。

 ワイは体を震わせた。怖い。でも、それ以上に、体の奥のざわつきが叫んどる。

 やれる。やらなあかん。

 「……分かった」

 ワイの蟲音は震えとったけど、意味は伝わったはずや。

    * * *

 作戦はシンプルやった。

 まず、ルリハが上空から光糸を投下して、雷蜥蜴と他の蜥蜴の間に糸の壁を作る。べたつく光糸に蜥蜴が絡まれば足止めになるし、絡まらんでも視覚的な障壁になる。

 次に、ガゼンが正面から岩場に突入して、普通の蜥蜴たちを威圧で追い散らす。D級のガゼンが本気で歩くだけで、G級の蜥蜴なんか一目散に逃げる。

 その混乱に乗じて、ワイが雷蜥蜴に近づく。

 弱っとる個体や。脇腹に傷がある。動きが鈍い。ワイの体表の電気で怯ませて、角の芽で――

 角の芽?

 あのちっぽけな突起で、蜥蜴の鱗を貫けるんか?

 不安がよぎる。でも、考えても答えは出ん。やってみるしかない。

 ガゼンが蟲音を発した。

 「行け」

 三匹が同時に動いた。

    * * *

 ルリハの光糸が空から降り注ぐ。

 瑠璃色に光る細い糸が、岩場の上にカーテンのように広がった。小型の蜥蜴が一匹、糸に触れてぎゃっと暴れる。べたべたの糸が鱗に張りついて、身動きが取れへんくなっとる。

 同時に、ガゼンが岩場に踏み込んだ。

 どん。

 その一歩で地面が揺れた。鉄脚震。岩場全体に振動が走り、残りの蜥蜴たちが弾かれたように飛び退く。ガゼンの巨体を見た瞬間、戦意も何も捨てて全力で逃げていった。

 残ったのは、雷蜥蜴だけ。

 光糸のカーテンの向こう側で、雷蜥蜴がのそりと頭を持ち上げた。弱っとるとはいえ、目はまだ生きとる。ぎらりとした爬虫類の目が、近づいてくるワイを捉えた。

 体に青白い電気が走った。雷蜥蜴の最後の抵抗。

 ワイの体にも電気が走る。ぴりぴり、と。

 ――同じや。

 こいつの電気と、ワイの電気。根っこは同じもんや。

 雷蜥蜴が口を開けた。噛みつこうとしとる。弱っとっても、蜥蜴は蜥蜴。幼虫のワイなんか一噛みで終わりや。

 でも、遅い。

 全盛期ならワイが反応する前に喰われとったやろう。でも今の雷蜥蜴は傷だらけで、動きが鈍い。顎が閉じるまでの時間が、ほんの僅かやけど長い。

 その隙間に体を捻り込んだ。

 蜥蜴の顎が空を噛む。風圧が体を掠める。

 ワイは蜥蜴の顎の下に潜り込んだ。柔らかい喉元。鱗が薄い部分。

 角の芽を突き立てた。

 体全体を使って、上に向かって突き上げる。幼虫の全体重を、あのちっぽけな一点に集中させる。

 ずぶっ、と。

 刺さった。

 角の芽が、蜥蜴の喉の薄い鱗を貫いた。

 同時に、ワイの体表の電気が角を通じて蜥蜴の体内に流れ込んだ。ばちっ、と。意図してやったんやない。体が勝手にやった。角が刺さった瞬間に、体内に溜まっとった電気が一気に放出された。

 雷蜥蜴が痙攣した。

 自分の体に流れる電気と、ワイから流れ込んだ電気が干渉して、全身の筋肉が硬直しとる。動けへん。

 ワイは角を押し込んだ。もっと深く。もっと奥に。

 雷蜥蜴の動きが止まった。

 静かになった。

 岩場に、蜥蜴の体が崩れ落ちる音だけが響いた。

    * * *

 ワイは蜥蜴の喉元から角を引き抜いて、その場で動けなくなった。

 全身の力が抜けとる。角の芽の先端に、蜥蜴の体液がべったりついとった。

 ……やった。

 ワイが。幼虫のワイが。蜥蜴を倒した。

 自分でも信じられへん。

 ルリハが降りてきた。翅が瑠璃色に輝いとる。安心の色。ワイの無事を確認して、光が明るくなった。

 ガゼンが歩み寄ってきた。雷蜥蜴の死骸を見下ろし、それからワイを見た。

 短い蟲音。

 「よくやった」

 ガゼンの口から「よくやった」を聞いたのは、これが初めてやった。

 でも、喜びに浸る暇はなかった。

 体の奥底で、何かが暴れ始めたからや。

    * * *

 最初は、腹の辺りが熱くなった。

 雷蜥蜴を倒した時に角から流れ込んだ何か――蜥蜴の生体電気か、魔素か、あるいはその両方が、ワイの体内でぐるぐると渦巻いとる。

 食え。

 本能が叫ぶ。

 あの蜥蜴を食え。あいつの中にあるもんを、全部取り込め。

 ワイは雷蜥蜴の死骸に取りついた。

 食った。

 幼虫の小さな口で、ちっぽけな一口ずつやけど、食った。蜥蜴の肉。鱗。血。そしてその奥に流れる、生体電気を帯びた魔素。

 一口ごとに、体の中の熱が増していく。

 ダムに水が溜まるみたいに、と前に思った。あの閾値が、今まさに限界に達しようとしとる。

 もう止まらん。

 体が震え始めた。静電気やない。もっと深い、体の芯からの振動。細胞の一つ一つが共鳴しとるみたいな。

 ルリハが翅を赤紫に変えた。警戒色。ワイの異変に気づいとる。

 ガゼンが一歩下がった。でも目は逸らさへん。あの半分潰れた複眼が、ワイを見つめとる。

 「見せてみろ」

 あの時の言葉が、頭の中で響いた。

 体表の静電気が爆発した。

 ばちばちばちっ!

 ワイの体から青白い雷が四方八方に弾ける。近くにあった石が帯電して火花を散らす。空気がびりびりと震える。

 痛い。熱い。体が裂けるように痛い。

 でも同時に、気持ちええ。

 体の中を、雷蜥蜴から取り込んだ電気が駆け巡っとる。ワイの魔素と混ざり合って、新しい何かに変わっていく。

 体が変わる。

 乳白色の皮膚がばりばりと剥がれ落ちていく。その下から、硬い何かが姿を現す。深い赤褐色の、滑らかな甲殻。

 体が縮んで、丸まって、そして膨らんだ。

 幼虫の細長い体が圧縮されて、丸い甲虫の体型に組み替えられていく。背中にドーム型の甲殻が盛り上がる。体の側面から、ぱきぱきと音を立てて二対の短い腕と二本の脚が伸びる。

 そして、頭。

 角の芽が、ずるりと伸びた。

 あの米粒から始まった突起が、ぐんぐん成長していく。頭頂から真っ直ぐに伸びる一本角。先端が鋭く尖って、青白い火花がぱちぱちと弾ける。

 雷が走った。

 ワイの体を――新しい体を、一筋の青白い雷が走り抜けた。

 赤褐色の甲殻の上を、稲妻が一瞬だけ走って消える。

    * * *

 痛みが引いた。

 ワイは自分の体を見下ろした。

 見下ろした。

 今まで「見下ろす」なんてできへんかった。幼虫には首がないから。でも今、ワイは頭を動かして、自分の体を見ることができた。

 赤褐色の甲殻。丸みを帯びた、テントウムシみたいなドーム型の背中。短いけど確かな二対の腕と二本の脚。くりっとした大きな目。

 そして、頭から伸びる一本角。

 角に手を――腕を伸ばして触れてみる。硬い。冷たい。そして微かに帯電しとる。

 ワイは二本の脚で立ち上がった。

 立った。

 生まれて初めて、地面の上に立った。

 幼虫の頃には想像もできひんかった視界が広がっとる。地面から60cmほどの高さ。たったそれだけやけど、這うだけやった頃とは世界がまるで違って見える。

 ルリハが目の前に降りてきた。翅が瑠璃色にぱぁっと輝く。安心の色。そしてそれ以上の何か。驚きと、喜び。

 ルリハとほぼ同じ目線の高さ。

 初めて、あいつと同じ高さで目が合った。

 ガゼンが近づいてきた。ワイの新しい体を見下ろして――いや、今までほど見下ろしてへん。ワイが大きくなった分、角度が少しだけ変わった。

 ガゼンが蟲音を発した。

 「変異進化」

 低くて深い、畏敬を込めた音。

 そして、もう一つ。

 「グロウ。お前は、変わったぞ」

 ワイは角を天に向けた。

 赤褐色の甲殻を、一筋の青白い雷が走り抜ける。

 ヴォルトビートル。

 その名前はまだ知らんかったけど、ワイは確かに変わった。

 最弱の幼虫から、角を持つ蟲に。

 這うだけやった蟲から、立ち上がる蟲に。

 これが、始まりやった。

次回「第10話:小さな雷、大きな蜥蜴」

――進化の歓びに浸る間もなく、森の王が牙を剥く。ガゼンが迎撃に向かった隙に、もう一匹の大蜥蜴が窪地に迫る。

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