戦闘
初めて大勢のゾンビを相手にする。
囲まれたら、物量で押し潰されて終わりだ。
俺は足元にしがみついていたゾンビの頭を踏み砕くと、振り返って体育館の扉を閉めた。
――もしカリンたちが外へ出ていたら。
あいつらだけは、この群れに近づけさせるわけにはいかない。
ハンマーを握り直し、俺は足を狙って振り下ろす。
鈍い音とともに膝が砕け、ゾンビが次々と床へ崩れ落ちる。
倒れたところへ頭を叩き潰し、さらに二、三体を仕留めながら後退した。
だが、倒しても終わらない。
足を失ったゾンビは這いずりながら腕を伸ばし、後ろのゾンビは仲間を踏みつけながらこちらへ押し寄せてくる。
「……減らねぇな」
思わず愚痴が漏れた。
体育館に並べられた長机へ飛び乗り、机から机へと飛び移って距離を稼ぐ。
そのときだった。
バキッ!!
ハンマーの柄が、バレーボールの支柱を差し込む床の金具に激突した。
乾いた音を立て、柄が真っ二つに折れる。
「くそっ……!」
一番頼りになる武器を失った。
俺はすぐさま腰のバールを引き抜き、迫るゾンビを殴り飛ばして時間を稼ぐ。
その瞬間、ステージの上に吊るされた横断幕が目に入った。
「……使えるか?」
俺はステージへ飛び乗り、ナイフで横断幕を切り落とす。
幸い、段差があるおかげでゾンビはすぐには上がって来られない。
俺は布を三人分ほどの長さに切り俺は横断幕を床に広げ、端を握りしめた。
先頭の三体が踏み込んだ瞬間、思い切り引く。
布に足を取られた三体が前のめりに倒れ込み、後ろのゾンビもつられるようによろめいた。
「今だ!」
俺は倒れた一体の頭へバールを叩き込み、返す勢いでもう一体を殴りつける。
この方法ならと思い繰り返したが数が多すぎる。
何度も布を引き続けたせいで腕は鉛のように重くなり、呼吸も荒い。
握力が限界に近づき、横断幕を引く力すら残っていなかった。
「……まずいな。あと五十体はいる。」
俺は仕切りに使われていたプラスチック製のポールを拾い上げ、棒術の要領で振り回した。
何体かをひるませることはできたが、そんな即席の武器が長くもつはずもない。
軽い音とともにポールは真ん中から折れ、床へ転がった。
絶体絶命だった。
息は切れ、腕は鉛のように重い。
それでも、ここで諦めるわけにはいかない。
俺を頼ってくれている二人がいる。
あいつらを残して死ぬなんて、ごめんだった。
必死に距離を取りながら、使えそうな物はないか周囲へ目を走らせる。
そのときだった。
体育館の隅に転がっていた避難者のリュックから、木製の柄が少しだけ飛び出しているのが目に入った。
「……あれだ!」
俺は迫りくるゾンビの間をすり抜け、一気にリュックへ飛びつく。
柄をつかんで引き抜くと、現れたのは一本の手斧だった。
「こんな状況で、こいつはありがたい。」
俺はすぐさま一体目の頭へ振り下ろす。
刃は頭蓋を深く裂き、そのまま引き抜いても刃こぼれする気配はない。
重すぎず、取り回しもいい。
今の俺にはこれ以上ない武器だった。
俺は手斧を握り直し、迫りくる群れをにらみつける。
「よし……来い。」
「まとめて相手してやる!」
――場面は三時間前にさかのぼる。
用務員室では、カリンとエバが固く鍵を閉めたまま、息を潜めていた。
「なんか、こういうときに寝るのも申し訳ないよね……」
カリンがぽつりとつぶやく。
「でも、寝ておかないと明日動けなくなるよ。カリンは先に寝てて。彼が戻ってきたら、そのとき私も寝るから」
エバは少し大人びた口調でそう答えた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
カリンは非常食を少しかじると、そのまま横になり、ほどなく寝息を立て始めた。
エバはカリンの横へ座り込みタツヒデを待っていたが、なかなか戻ってこない。
張り詰めた緊張が限界に達したのか、いつの間にか彼女も眠りに落ちてしまった。
どれほど時間が経っただろうか。
「バキッ!」
木が折れるような音に、カリンは目を覚ました。
続けて金属がぶつかる音。
そして、大勢の何かが床を踏み鳴らす重い足音。
眠い目をこすりながら耳を澄ませるが、恐ろしくて動くことはできない。
その音は十五分ほど続き、やがて静寂が戻った。
コン、コン、コン。
扉がノックされる。
「タツヒデさんだ!」
そう思ったカリンは迷わず鍵を外し、扉を開けた。
次の瞬間――
一体のゾンビが唸り声を上げながら飛び込んできた。
「きゃあっ!」
驚いたカリンは尻もちをつく。
その物音でエバも目を覚まし、一瞬で状況を理解するとカリンのもとへ駆け寄ろうとした。
だが、その前にもう一つの人影が飛び込んでくる。
ゾンビは横から勢いよく叩きつけられ、床に転がった。
間髪入れずに手斧が振り下ろされ、ゾンビは動かなくなる。
「……大丈夫か?」
そこに立っていたのは、全身を返り血で染めたタツヒデだった。
カリンは唖然としながらも差し出された手を握り、ゆっくりと立ち上がる。
エバはすぐに駆け寄り、震えが止まらないカリンの肩を抱いて落ち着かせた。
タツヒデは二人の無事を確認すると、その場に力なく倒れ込み、大の字になって床へ寝転がる。
「タツヒデさん! 何があったの?」
エバが心配そうに問いかける。
タツヒデは荒い息を整えながら、小さく笑った。
「……悪い。少し、疲れた」
それだけ言い残すと、意識が途切れたように深い眠りへ落ちていった。
エバはそれ以上問い詰めることはせず、その言葉の意味を察する。
静かに扉へ向かい、鍵を掛け直した。
そしてカリンを横に座らせると、自分も壁にもたれかかりながら目を閉じた。
三人を包む静寂の中、用務員室には穏やかな寝息だけが響いていた。




