2話 泥棒と半人と魔人と
シェオルと友達になり、ひとまず士官学校の入隊日は先なので宿を探すことにした。
街の構造は歩き回って覚える。街の要所に地図は設置されているが自らの足で学んだ方がいい。セレシェイラの街はこれより広いだろうし地図とにらめっこしながら歩くわけにもいくまい。
「これで迷子になってたらセレシェイラでは遭難するぞ」
「城下町見たことあんの?」
「何度かは。この街も恩恵を受けて発展したから構造は似たようなもんだ」
「くるくる様変わりされたら目が回っちまうよ」
そんな話をしていると、ドン、と人にぶつかった。
「よかったー武器にちゃんと鞘つけてて…そういや長物だけど店の天井とかにぶつかるかな?」
「…おい、荷物はどうした?」
「…あ、しまった!!」
俺としたことがスられた!金も入ってる荷袋を…!
里では窃盗はあまり見なかったから考えてなかった!
「ぶつかった奴か。衛兵に言っても動く頃には荷袋なんざすぐ解体される……追いかけるぞ」
シェオルは一瞬で駆け出す。人の隙間を縫うようにスルスルと走り抜けるのについていく。
路地の一つに消えていったのを見るや否や、シェオルは落ちている木箱やガラクタを飛び越えた。路地の向こうは建物の密集した荒れ放題の通路になっている。
「あ?さっきのガキ共じゃねえか」
「なんだ追いかけてきやがったのか?」
人間の物盗りが数人。見た目で判断するなと言うが、薄汚い見た目で明らかに人相が悪い。
「ああ、成程。人相書きにあったなお前ら」
そのレベルの悪党なの?
「それを今すぐ返せ」
シェオルが淡々と言い睨みつける。怒り狂うでもなく侮蔑する表情に物盗りは苛ついたのか馬鹿にしてるのか鼻で笑う。
「ガキ二人で何ができるってんだ?諦めておうちに帰んな」
「力の差が分かってないんだろうよ」
「へぇ、お前らに無策で挑むとでも?」
悲しいかな無策で走ったわけだが大丈夫。
里で鍛造された偃月刀『両儀』の布と鞘を放り捨てて構える。幸いにもここは長物を振り回せるだけの広さがある。
殺すつもりはないが互いに戦うしかない。そうでないと荷袋どころか命まで無くなってしまう。
「シェオル、武器とか持ってる?」
「一応」
「おいおい殺る気か?世の中無理なこともあんだよ!」
物盗り達もナイフを手にした。これでイーブンだ。
「隙あり!!」
間合いに踏み込んで一回転させ一人の腕をしたたかに打つ。ナイフが衝撃で転がり落ち物盗りは痛みに呻いた。
「う、腕が!?」
「てめぇよくも!……ぐあっ!?」
「先に盗んだのはそっちだろ。というかわざわざ隙ありなんて言う必要あったか?」
横で物盗りが壁へ吹き飛んでいった。
蹴り飛ばした足を下ろすシェオルの姿。え、まさかの格闘で戦うの?ナイフ相手に?と思ったが現に物盗りは壁に埋まっている。魔法か?スキルか?
突進した物盗りにローキックで転ばせる。勢いよく直線移動でガラクタに頭を打っている。
「荷袋の中身は無事か…」
「それはよかっ…危ない!!」
俺の荷物を拾ったシェオルが壁に叩きつけられた。喉元にはナイフが。
「チッ」
「てめぇ散々やってくれやがったな!でもガキが無敵だと思うなよ!」
「てめっ…!」
こんなところで、しかも俺が盗まれたせいでシェオルが傷つくなんてあってたまるか!
擬態を解いて殺す気で構えた時、シェオルが俺を見て手で制した。
「なんだお仲間を庇ってんのか?」
「…ああ、そうだな…衛兵に引き渡す…」
「なんだ?独り言か?ふざけた態度しやがって…ぶっ殺して身ぐるみ売り払ってやる!」
ブツブツと呟いていたシェオルはよく通る声で呟いた。
「――――殺すなよ」
その瞬間、シェオルの纏う黒い妖気が明らかに増大し、そして目を凝らさずとも見えるほどに具現化した。同時にゴシャッ…と壁が崩れる音がする。
ナイフがカランと音を立てて転がり、物盗りは血を吐いていた。他の倒れていた奴らまで巻き添えで吹き飛んだのか隅に追いやられている。
「お前も言っただろ。無策で挑むわけがないと」
「…な、んだ、これ」
壁にもたれかかるシェオル。その横には黒衣の――――瓜二つのナニカが立っていた。
シェオルよりも髪と背は長く、瞳は紅く眼帯は着けていない。覆われていない右眼には黒い強膜に囲まれた金色の瞳が月のように輝いている。いわゆる金銀妖眼だ。
同じ造形の美形なのに次元違いで美しいと思ったのは強すぎる覇気が垣間見えたからなのだろう。
半透明でそいつ自身には肉体が無いと、シェオルに憑いているのだと一目で理解できた。
《……あのさ、危ないから突っ込むなって言ってるだろ》
「盗みはすぐ追いかけないと捕まえられないだろ?」
《もう少し慎重になっても捕まえられるわこの程度》
ため息をつきながら親のように説教するナニカと何の緊張感もなく叱られてるシェオルを呆然と見ていた俺は我に返った。
「な、なぁシェオル、そいつは…何なんだ?」
「ああ、驚かせて悪い。混乱すると思って説明は後回しにしていた」
こともなげに、それが日常茶飯事であるかのように、シェオルは無表情で答えた。
「俺は”悪魔憑き”だ」
《どーも、ただの悪魔でーす》
あの後、衛兵を呼んで物盗り共は捕縛された。俺が明らかな武器である両儀で叩きのめしたという結論で落ち着く。
一先ずは安全な場所で落ち着こう、とシェオルの拠点に来た。意外にも普通の家。
「……それで、悪魔憑きってどういう事?」
悪魔の存在位は知っている。
世界はあらゆる生き物の住む現世、神や天使の住む天界、精霊の住む星界、そして悪魔の住む冥界の4つに分類され現世以外の世界の住人は肉体を必要としない上位存在と考えられている。
神に敵対し天使と対をなす怪物が悪魔だ。彼らは人の手で召喚することができる。ただし召喚主は願いが叶う代わりに対価として依代や魂を払う事になり惨たらしく死ぬ。
だから、悪魔を召喚した伝承があっても殆どがその場で殺されたと記される。
「――――そんな悪魔が憑いてて、しかも生きてるの?」
「見ての通りにな」
《そりゃあ混乱するよな。だからシェオルも魔人である事以外は言わなかったし》
そりゃ配慮は有難いけど。実際に大混乱だし。
「悪魔憑きは生きながら悪魔に取り憑かれ魔人に転じた場合を指す。死んだ器を被ってるのはただの受肉した悪魔であって悪魔憑きとは呼ばれない」
「普通なら魂を生かす必要が無いからな。歴史上でも殆どいないらしい」
「そりゃそうだ。それに一つの肉体に魂が複数あるのがヤバいって事くらい俺にも分かる」
そんな状態、魂が砕けるか肉体が爆散するかに決まってる。維持できるなんて取り憑いた側が保護でもしてなければ……。
《でもこいつは一般の器と違ってね。見れば分かるだろ?この瓜二つな容姿と魔力》
《こいつは1000年にあるかないかの完璧な器なんだよ。どんな依代よりも、沢山の骸よりもこいつ一人の方が強い》
魔力が同じ黒なのも、顔が似てるのも、悪魔が憑いた影響ではなく元々の特徴らしい。
シェオルは悪魔憑きになるべくして成ったのだと。
《それに、自我があるのに潰してしまったら俺が暇になっちゃうだろ?》
そう軽薄に笑うが、悪魔の態度が暇潰しで生かしてる上位存在の戯れというより可愛がる親か兄のように見えるのは気の所為だろうか。
「因みにいつ取り憑いたの?」
《確か7つだったよな》
「小さ過ぎんだろ!」
《悪魔が憑ける最小年齢なんだよ。7歳までは神の子って言うだろ?実際に7歳以下の魂は誰にも干渉できないようにできてんの》
加護を与える程度ならまだしも、神聖だろうが禍々しかろうが皆憑く事はできないそうだ。
「えっと…シェオルはそれで大丈夫なの?」
「俺には何の不利益も無い。むしろこいつのおかげで死ぬはずだったところを延命された」
「まぁ戦力として使ったのは今回含めて2、3回位だが…疲れるし一々被害がデカいし。ほぼ家政婦みたいなもん」
《不敬〜》
「悪魔を家政婦扱いすんな」
見た感じ悪魔と取り憑かれた器とは思えぬほどのほほんとしている。どんな人生送ったらこうなるんだか。
「魔人にも色々あるって聞いたけどマジかよぉ…」
「まぁ魔人も悪魔憑きも対して変わらない。頭の中で喋ってる奴がいるかどうか程度の話だ」
「程度の話にできるかよ!」
物心ついた頃に憑依されたからか、悪魔憑きが特殊なことは教えられたものの日常的なものとして育ったようだ。
俺、こんなレアケースな奴と友達になったんだ……と複雑な気持ち。
これはもはや、郷に入りては郷に従えというやつだろう。そもそも悪魔とか戦って勝てるわけでもないし。
「……。分かった。理解した」
《飲み込みが早いなぁ》
「それで、さっきの殴り合いも悪魔の力?」
「いや、あれはメインスキルを利用しただけでこいつの力は一瞬しか借りてない。うっかりで首が飛ぶかもしれないからな」
やっぱスキルかあの蹴り。うっかりで殺せるのは流石悪魔といったところか。
《そういうわけで宜しくな、器の御友人♪》
……拝啓、父上。俺の友人と日常はもう珍妙なものになりそうです。




