1話 白と黒、邂逅す
大陸の西に広がるエマカロト山脈。多種多様な生態系と豊富な魔力に満ちる山を駆け下りる者がいる。
白銀の髪を風になびかせ左側の額から生える黒い角で空を切りながら、その少年は希望に満ちた顔をしていた。
「軍事国家セレシェイラ…まさか人間の軍に入る事になるとはな」
「だがこれは俺にとって大きなチャンス。前途有望な俺を侮る奴らを見返し、父上もご満悦の鬼人として名を馳せてやる…!」
少年――――シレンは鬼族である。といってもただの鬼ではなかった。
まず、シレンの父はこの山を統べる一族の当主である。それだけなら別に珍しい話ではない。問題は、彼が”半人”であることだ。
この世界において異なる種族の子はどちらかの血統に偏る事が多く、二つの血が調和した混血は珍しい。そして珍しい存在はいつの世も畏怖か差別を受けるもの。長の一族となれば尚更だ。
親や兄はシレンを正しく扱ってくれた。しかし傘下の者達にとってシレンはどちらともつかぬ存在として敬遠された。
「ハッ、なーにが半人では当主に相応しくないだ。陰口しかできないくせに」
敬遠されてもシレンはへこたれなかった。それは鬼の好戦的で誇り高き血が騒ぐせいか単純に負けず嫌いなだけか…。
そんなシレンに父は修行として、閉じた里で素質を腐らせないため、古くから友誼のある人間の国で鍛えるよう命じた。それは当主候補でありつつも兄姉がいてある程度自由が利くシレンだからこその判断だった。
――――かつて世話になった、人と魔が混在する国がある。その国で功績と経験を積め。若人は閉じた世界にとらわれてはならない。
「父上が折角くれた機会だ……お前らがひっくり返るような偉業を魅せてやっからな!!!」
そう高々に宣言してシレンは里を飛び出した。
獣道を通って時短し山の麓までたどり着くと、魔物に慣れてない人間も多くなるので角を隠す。正直、見返す云々を抜きにしても、山の外という未知の領域に興味津々だった。
「やっぱ里とは違う賑わいだよなぁ。友人の一人は二人できるかな」
そして、数時間後。
「――――ハ、ハハ…マジでどうしよう」
俺は道に迷っていた。古風な里と大勢の住民がいる街では規模が違うと悟った時にはもう迷っていた。
「言語と通貨だけだ通じるの…適当に走り抜けるわけにもいかないし」
呆然と立ち尽くす。これから軍人になろうっていうのに道に迷っている場合ではない。
しかしどうしろってんだよ、と頭を抱えているその時だった。視界に黒が通り過ぎたのは。
(なんだろ、今の――――)
魂から生成される魔力は生物によって色や形状が異なる。
今まで同族でも山の魔物でも見たことが無い。欠片だけでもどこまでも深く、濁ったわけでもない純粋な黒い魔力なんて。
迷っている現状を打破したいのもあって、咄嗟に俺は声を張る。
「おい、お前!」
「……ん?」
振り向いた少年は、年の頃は恐らくシレンとほぼ同じ。しかし髪も瞳もカラスのように黒かった。右半分を覆うほどの眼帯を着けて無表情に多少の怪訝さを含んで俺を見ている。
「あんたは誰だ」
「お、俺はシレン!ついさっき人里に降りてきた!お前は?」
「…シェオル。シェオル=ファタールだ。それで、俺に何の用だ」
「い、いやー、ちょっとこの街に慣れてなくてさ、ハハハ…」
「道に迷ったんだな?」
「はいそうです」
黒髪の少年シェオルはため息をつくと、手を差し伸べた。
「いいよ、暇潰しに付き合ってやる」
「それじゃあ頼んだ!」
そうして、俺は相棒となるシェオルと邂逅するのだった。
「金は持ってるな?」
「流石に父上からもらってる。どこかの店で食うのか?」
「いや、露店で十分だ」
俺達はとりあえず軽食を頬張っている。
セレシェイラの近くの小さな(里よりかは大きい)街。その飲食店の通りで売っていたパンと串焼き。シェオルは器用にナイフでパンに切れ目を入れ串焼きの肉を挟んでサンドを作って見せた。焼きたてでジューシーな肉とパンが最高に合ってる。
今まで綺麗に盛った御膳が多かったもので、こんな気軽な飯は初めてだ。外で食べているためか新鮮な気分。
里は閉じられているとよく父上が言っていたが本当に違うもんだな。
「何これ安いのに美味い!!」
出来立てホヤホヤだからか?外で食べているからか?
「露店を甘く見るな。店ごとに工夫されている」
「俺こんなお手軽な飯食うの初めて!」
「あんたは箱入りなのか?」
「買い食いなんてするような里じゃなかったからな」
俺はかいつまんで里を出た理由を話した。
シェオルは静かにサンドを齧りながら聞いている。鬼だと言ったら驚いてしまうかと思ったがむしろ反応してほしいくらいに鉄面皮だこいつ。
確かにこの街はちらほら人間以外の住人もいる。とはいえ他の人間国家では見ない景色らしいし、同族はほとんどいないっぽいのに。
「それで士官学校にねぇ」
「驚かないのか?山から下りたばかりの鬼なのに」
「別に。最初から鬼だなと思ってた」
「え」
角が出てたか?と思わず額に手を翳すが擬態が解けている様子はない。
慌てる俺が面白かったのか、シェオルは僅かに笑った。
「角じゃねえよ。魔力の波長が違っただけだ」
「あの初対面の時点で!?」
人ではないとバレるのはまだしも初手で鬼だとまでバレたのはこいつの眼が良いのか俺の妖気のコントロールが甘いのか…そのあたりは今後の課題だな。
「わざわざ言うのも不躾かと思ったからな。まさか混血とまでは考えなかったが」
「里でもどこでも珍しいんだってよ」
「へぇ…確かに習ったな」
「混血は流石にリアクションないの?お前の情緒が心配だよ」
「少し珍しい生まれなだけだろ?種族で人を測るのは愚策だ。それに俺も別に人間ではないし」
「え、そうなのか?確かに魔力がちょっと特殊だったけど」
シェオルは俺を見て少し考え、顔を上げる。
「あんたが教えてくれたから俺も教えてやる。俺は魔人だ」
魔人。
魔力が多く再生能力が高く中身は魔物のそれだが亜人や獣人以上に人間寄りの姿を持つ。一種族というよりは広義の区分でありその基準は明確に決まっていない。
個体ごとに中身が違うし後天的に転じるパターンもあるらしい。
「へぇ、まるで人間にしか見えねぇ」
「だろ?言わない限りバレた試しがない」
よく見ていても少し魔力の多い人間に見える。
サンドの残りを飲み込んでシェオルは考え込むように腕を組んだ。
「それにしても士官学校か…そうか…」
「どうした?」
「いや、俺も士官学校に入る予定だから少し驚いた」
「!お前もなのか」
シェオルが言うには、軍は食っていきやすいかららしい。生存できれば、戦果を挙げられれば大抵は安定するから。
セレシェイラ王国は王族こそ人間だが穏健な異種族も受け入れる異色の軍事国家。創設された時から他国や他勢力との戦いを繰り返し、”帝国”とさえ呼ばれた。現在では同盟国に戦力を派遣して魔物の被害などから防衛する事もあるらしい。
樹人族や土人族のような亜人の国家とも異なる在り方で複雑な評価らしい。助けられた周辺国家には敬意を持たれているが、魔物の被害が少ない国や他国に頼る必要の薄い大国ほど奇妙な国として敬遠する。
「孤児が生きていくにはこの道が一番手っ取り早い。生き延びることができればどうとでもなるからな」
「そうか……」
悲観しているわけではない。むしろ空虚なほど淡白に語るシェオルに俺はふと思いついた。
「なぁ、シェオル。俺と友達にならないか?」
「友達」
「同期になるし、仲良い奴がいた方が頼もしいなと思ってさ。父上も友はいた方がいいって常々言ってた!」
「俺達で軍のエースになってやろうぜ!!」
里では友達とかいなかった。普通に話すことはあったが、混血と長の息子という立場がどことなく同年代すら敬遠させた。
それに、淡白だけど人に偏見を持たないシェオルの態度は見たことのない姿で落ち着く。こいつは俺を敬遠したりしない。
シェオルは唖然としていたが、脳が言葉を理解したのか可笑しそうに笑った。
「おかしな奴。でもまぁ、そうだな。悪くない」
「それでいいか?……そうか。それ位自分で決めた方がいいか」
どこかを見ながらボソリと呟く。自問自答、というには会話しているような挙動に首を傾げているとシェオルは片手を差し出した。
握手しろということらしい。
「その方が面白そうだ。エースになれるかは知らないが、友人になってやるよ」
「!よろしくな、シェオル!」
気恥ずかしいけど、とても楽しくなりそうだという期待に胸を膨らませた。




