6話 理由
深夜。白髪の少女、魔術監察官のユロは1人、港の倉庫前に立っている。
トカゲのドラは彼女のコートのポケットの中で待機していた。
ユロは『犯人』を待っていた。
(犯人は私を確実に殺しにくる。私がウィッツさんになろうとしている今、犯人は絶対に私を殺さないといけない)
ウィッツは命を狙われており、自分を守る囮を作るために複写魔術で他人を自分自身に変えていた。
その推理は間違っていたのだと今なら分かる。
犯人がウィッツの囮を殺し回るのには別の理由があったのだ。
現在の彼女は複写魔術にかかっており、ウィッツに変わろうとしていた。彼自身の記憶を見たユロは真相を知ることになった。
「はぁ。嫌な気分」
複写魔術はユロの体内で静かに進行しており、彼女の中身は少しずつウィッツに書き換えられていく。試しに髪の毛を毟ってみたら、白い髪の毛の中に赤毛が混じっていた。
自分の記憶も書き換えられそうなので、ユロは自分の意識を保つためにも彼女は自分の過去を何度も反芻していた。
過去の記憶を思い返すのは彼女にとって難しいことではなかった。
いつだって、何度でも、過去を思い出すからだ。
――ユロは5歳の頃、両親を亡くした。
親族は他におらず、ユロは独りになった。
当時、ユロを引き取ってくれる人間はたった1人だけ。
魔術監査官を務める魔術師の男。
彼は魔術の『師匠』としてユロを預かった。
彼は魔術捜査官の仕事に誇りを持っていた。そしてユロを魔術捜査官とするべく特訓させた。
それは。特訓というには生ぬるい、虐待の日々だった。
死ぬような痛みを何度も与えられ、逆に寝る時間も食事もまともに与えられない。
ユロは人間として尊重されることなく過ごした。
その師匠もユロが10歳の頃に死んでしまった。
再び1人になったユロは別の魔術師に保護されることになった。
保護された家で、ユロは久しぶりに人から愛情を与えられた。
温かい家、温かいご飯。遊ぶ時間。友達。
自分が人間として尊重される世界を知った。
師匠と過ごした時間は異常だったのだと気づいた。
(――気づきたくなかったなぁ)
ユロはそう思う。
師匠の期待に応えようと、彼に見捨てられないようと必死だった日々が異常だと気づいた瞬間、どうしようもない怒りで胸の中が一杯になってしまう。
(……なんで、私は……もっと違う生き方がなかったんだろう?)
あの日々が異常だったのなら
自分は何も頑張らなくても良かったじゃないか。
何一つ報酬がないのに、痛みに耐えた日々が無駄だと気づき、
いつしか心の中で形にならない憎悪が溜まっていった。
16歳のとき。ユロは周囲の反対を押し切り、魔術監査官になった。
『私にできることがあって、助けられる人がいるのなら助けたいと思います。私の目的を果たすのに魔術監察官が一番適していたって話です』
なぜ魔術監察官になったのか? という問いに対する彼女の答え。
嘘ではない。
でも別の、もっと大きな理由がある。
――ユロはゆっくりと目を開ける。
倉庫の周囲から物音が聞こえてきた。
ぎしり、ぎしりと何かが軋む音。
どたどた、と複数の足音も近づいてくる。
「ようやく来ましたか」
ウィッツ・アルベンを狙う犯人。
その犯人が操る魔術人形が港に集まっていた。数は10体ほどだろうか?
中には人形ではなく、生きた人間も10人ほどいた。彼らは仮面をつけて、手には銃も持っている。犯人が雇った兵隊かもしれない。
ユロは手袋をはめ直して、周囲を見回す。
「始めましょう」
ユロが魔術監察官になった理由。
師匠が誇りにしていた職業。
それを自分でも簡単にこなしてみて、その後に「こんなもんなんだ」と下らないものだと否定してやりたかった。
監察官の仕事なんて、自分程度にできる大した仕事ではないと笑ってやりたかった。
師匠を否定してやるために、ユロは魔術監査官になった。
自分の人生を肯定できるものが何もないから。
何かを、価値があると教え込まれたものを否定しないと、立っていられないから。
――魔術人形が一斉にユロに襲いかかる。
ユロは攻撃を回避しようと走る。
しかし体の動きはどうしたって重い。
ウィッツへの変化が進行していて、体に負荷がかかっているのだ。
「――問題なし、です」
ユロが腕を振る。
人形達はユロに近づく前に足が折れ、その場に倒れ込んだ。
干渉魔術。
ユロが師匠から引き継いだ、ものを自在に操る魔術。
「次――おっと」
ユロは再び干渉魔術を放とうと伸した手を引っ込める。
人間の兵士が近づいてきたからだ。
大柄の男は銃を構えている。
『くっくっく。やはり、干渉魔術は人間には使えないのか』
倒れた人形の1体から声が響く。
人形を操る犯人の声。
『そいつらは金で雇った傭兵だ。さぁ、どうする』
男が銃弾を放つ。
「――ふん!」
ユロが手をかざすと、銃弾はユロの到達する前に地面に落ちた。
続いてユロは指をならすと、男が持っていた銃がバラバラに分解された。
「雇われた傭兵さん達。確かに私の魔術は人には使えないですけど、だからといって傷つける手段がないわけじゃありません。雇い主さんに何を言われたか分かりませんけど、いま、引くなら見逃してあげます」
ユロの問いに答える代わりに、傭兵達は新たに武器を取り出して距離をつめてきた。
「仕方ありませんね」
ユロは傭兵達を眺めて、自身の腕を倉庫の方へと向ける。
倉庫の扉がギギギと大きな音を鳴らし、引きちぎられた。
倉庫から外れた大きな扉は、そのまま宙を飛び、ユロの直ぐ近くで止まる。
「少し乱暴します。覚悟してください」
倉庫に銃声が鳴り響く。
しかし今回も銃弾はユロに到達しなかった。
倉庫の扉が彼女の前に立ち塞がり、銃弾を弾いた。
扉が再び宙を舞い、彼女の腕の動きに会わせて旋回する。
勢いよく飛び回り扉は人形と兵士をなぎ倒していった。
ユロもそのまま走り攻撃を躱しながら、一体ずつ魔術人形の足を魔術でへし折っていく。
ユロは干渉魔術で、金属製の扉を操っていた。
また操るだけではなく、干渉魔術で扉の硬度を上げてもいた。
干渉魔術は物体に干渉し、物体を強化することもできた。
ユロが操っている扉の硬度は干渉魔術によって強化されている。
『だが! 魔術捜査官ユロ! お前のソレは魔術で説明できないはずだ!!』
犯人の声が港に響く。
ユロは自分に迫った弾丸を、見て、体をひねってかわして見せた。
人形に囲まれそうになるが、跳躍して回避。
彼女は倉庫へ足を向ける。
建物の角に足をかけながら、何度も跳躍し、あっという間に倉庫の屋上へと上ってしまった。
『お前の身体能力は……一体なんだ? 人間離れしている。干渉魔術で強化しているのか? だが干渉魔術は人間に使えんはずだ!』
「人を化け物みたいに言うのは止めてください。傷つくなぁ」
ユロは屋上から傭兵と人形達を見下ろす。
「うん。よく見えますね」
彼女の周囲には倉庫の扉だけではなく、大量の小さな石が浮いていた。
港に落ちている小さな石ころ。
ただ干渉魔術で強化されている。
「港はできる限り壊したくないですからね……扉はあとでちゃんと直しますので、勘弁してください……っと」
彼女が腕を下に振り下ろす。
同時に無数の石ころが流星のように下に降り注いだ。
強化された石ころは人形の兵器の頭部を砕く。
また傭兵達の頭部にも直撃し、傭兵達は次々と気絶させられていった。
暫くしてユロは倉庫の屋上から飛び降りる。
人形は悉く破壊され、傭兵達は昏倒して倒れ込んでいる中。
ユロ以外にも一人だけ動いている人間がいた。
足を引きずって、逃げようとする一人の人間がいた。
他の傭兵と同様に仮面をつけている。体躯からして男だろう。
壊れた仮面からは赤い髪の毛が覗いていた。
「ようやく会えましたね。犯人さん」
ユロは男に近づいた。
「……ユロ・イリアスッ……!」
男は忌々しそうに舌打ちする。
男の声はユロにも聞き覚えのある声だった。
「いや、私たちは直接会ってもいるんですよね」
「…………」
「私はウィッツ・アルベンさんになっている最中ですから。彼の記憶も覗きました。だからあなたが誰なのかも分かっています」
男の仮面が剥がれ落ちて、素顔が露わになる。
ユロは男の顔に見覚えがあった。
彼の顔は何度も見てきた。見間違えるはずがない。
ユロの目の前には、ウィッツ・アルベンと同じ顔をした人間がいた。
「決着をつけましょうか」




