36話 救い
「――実は人間の情報は複写魔術を使う度に劣化してしまうんですよ」
ホードは静かに語る。
彼はユロから距離を取り、ユロの後ろにいるカリーナを見つめている。
「カリーナさんの情報は既に2回複製され、情報は劣化してきている。劣化が進行すれば、もう情報が使えなくなる」
ユロはカリーナの前に立ち、周囲を伺う。
集まった信徒達は呆然とユロ達を見つめていた。
ホードはカリーナを指さして言う。
「そのカリーナさんは貴重なんですよ。渡す訳にはいきませんね――!」
ホードが手を挙げると同時に、信者の集団から数人の人影が飛び出てきた。
数は5人。
ユロの肩に乗っているドラが叫ぶ。
『ユロッ。気をつけロッ。魔術人形ダッ』
それらは人間ではなく、魔力によって動く人形だった。
どこかぎこちない動きの5人の人形が壇上に上がる。
ユロは背後のカリーナに目を向ける。
カリーナは地面にうずくまり、どこか辛そうだった。
(私1人なら無理やりでも脱出できるけど……カリーナさんを安全に連れ出すには、まず障害を排除しなければならない)
カリーナは再び人形達に視線を向ける。
(おそらく戦闘に特化した人形だろうけど、モノであるなら、私の干渉魔術の対象だ……)
干渉魔術。ものに干渉し、自由自在に操ることができる。
ものを強化することも、破壊することもできた。
相手がただの人形ならばユロは負けない。
「――みなさんっ」
ホードは声を張り上げて、集まった信者達を見た。
彼はよく通る声で、両手を広げて語り始めた。
「このままで良いのですかッ!? このままでは私たちの救いが手元から離れてしまいますッ」
ホードの言葉に信者達は顔を上げる。
ユロはホードの演説を止めようとするが、直ぐに人形がユロに襲いかかる。
「私は私たちの救いを知っています! 彼女が幽霊になることを貴方たちは目撃し、そして世間に証言するのですよ! 『生きること以外の道がある』『死んだ後も先がある』と社会に証明することができる――社会の在り方をひっくり返せる絶好の機会なのです!」
ユロはカリーナを庇いながら、ホードに攻撃しようと、足下の木材の破片を飛ばすが、人形に防がれてしまった。
「あなたたちを苦しめてきた社会が変わる! なのに、このままでは救いが遠ざかってしまう! 良いのですか? このまま苦しいままで!」
「――良くねぇ!」
とホードの言葉につられるように、1人の男が壇上に上がってくる。
「よく分からないが、あの婆さんを捕まえれば良いんだろ?」
と男は興奮した様子でまくし立てる。
男に続くように、今度は若い女性も壇上に上がる。彼女は震えた手でユロを指さしてきた。
「邪魔をしているのは、あの子よ! おばあさんも自分が死ぬのは了承していたんでしょう! なのに、あの子が邪魔をしている!」
男と女が一瞬、ホードの方に目配せするのをユロは見た。
彼らも信者に向かって声を張り上げる。
「お前ら! 協力しろ! あんな苦労も知らない子供に俺たちの邪魔をさせてたまるか!!」
チッ、とユロの肩に乗っているドラが舌打ちをした。
『……クソ、ホードの仕込みカッ』
あの2人はホードが雇った人間かもしれない。
とにかく、効果てきめんだった。
彼らに続いて、多くの人が壇上に上がり始めた。
その集団の中に人形は紛れてしまう。
「…………」
ユロは悔しくなって唇をかむ。
相手は人間、しかも民間人だ。
むやみに傷つける訳にはいかない。
信者達は一歩一歩と、ユロ達に近づいてくる。
まだ彼らの顔には迷いがあり、ユロを襲うのを躊躇っているようにみえた。
しかし、何か最後の一押しがあれば爆発してしまうだろう。
(……せめて、ホードさんだけでも拘束する……)
ホードは信者達を壁にして、奥に引っ込んでしまった。
干渉魔術で石や木を操って、ホードにぶつけることもできるが、その場合、確実に他の人も巻き込んでしまう。
(念のために、自分の体は強化しておかないと……)
干渉魔術は人間を対象にできないが、一つの抜け穴がある。
ユロは自分のことは干渉魔術の対象にできた。
自分自身をものだと認識しているからこそできる裏技。
「……あれ?」
しかし、できなかった。
ユロは間抜けな声をあげてしまう。
自分の体を干渉魔術で弄ることができなくなっていた。
「……はっ。何だよ、それ」
ユロは馬鹿馬鹿しくなって笑いたくなった。
涙がでるほど、馬鹿馬鹿しい気分になる。
(なんで、今になって……何が変わっていうんだ?)
自分の答えを口に出した。
やったことといえば、それだけだ。
それだけで、自分をものだと認識できなくなっていた。
『――ユロ。お前は間違ってナイ』
とユロの肩に乗っているドラは、そう言った。
『間違っているもんかヨ。今回だって乗り切れル』
ドラの言葉にユロは頷く。
ユロの視界は、信者の先頭に立つ男をとらえた。
男は叫ぶ。
「――やっちまえ!!」
それが合図になり、信者達は一斉にユロに襲いかかる。
ユロはカリーナを庇うように、彼らの前に立ち塞がる。




