35話 彼女の答え
場面転換が3回あります。
場面が変わる箇所には◇◇◇◇をいれています。
よろしくお願いします。
雨が強く降っている。
神父ホードは椅子に座り、雨音に耳を傾けていた。
彼は王都の教会にいた。王都には幾つか教会があるが、彼がいるのはその中でも一番小さい教会だった。
その教会の広間には既に多くの人達が待っていて、彼らはホードが現れるのを待っていた。
彼は広間に隣接した控え室で静かに瞑想していた。
そして彼の隣には、1人の老婆が座っている。
複製魔術によって複製されたカリーナが。
もちろん複写される側にも同意を得ている。
相手側にも同意を得なければ、複写魔術は使えない。
それは彼も同じ。
もう1人の彼は今も研究所にいる。ここにいるのは随分昔に複製された、もう1人のホードだ。最も両者ともどちらがオリジナルなのかは、すっかり忘れ去ってしまったのだが。
研究所にいるホードは内部の協力者を通じて、カリーナの情報を外にいるホードに渡した。
これにより新しいカリーナを複製することができたのだ。
(ここまで、きた……)
彼は目を開けて、隣にいる老婆を眺める。
(私は、彼らの前で、この老婆を殺す)
そうすれば、彼らは幽霊を目撃することになる。
死んだ後にも存在できるという可能性を、彼らは知るのだ。
一つの問いが思い浮かぶ。
それで、何が変わるのか?
何も変わらないかもしれない、と彼は思う。
けど、何かが変わって欲しいとも思う。
(……父さんの葬式も雨が降っていたな)
とホードは自分が子供の頃を思い出す。
彼の父親の葬式のことを。
ホードが幼い頃に父親は死んだ。
自ら首をくくって、死んだ。
彼の葬式の参列者はまばらで、やってきた人達は一様に父の悪口を叩いていた。
無能で、責任感のない。なんで生きていたのか分からない。
葬式の間、ホードは父の悪口をずっと聞いていた。
父はこの世界に不要な人間だったらしい、とホードは理解した。
……その日から。ずっと。
彼の中には醜い衝動だけがある。
生きていることが当たり前の世界を否定したい。
そんなものに価値はないんだと言ってやりたい。
産まれた以上は生きていくしかないと絶望する人達のために。
だから、何でも良い。
とにかく、当たり前の現実を僅かでも傷つけてくれるような、何かが欲しかった。
(……そうでなければ、不幸に死んだ人間があまりにも報われないじゃないか)
彼は立ち上がり、隣のカリーナに声をかける。
「では、カリーナさん。行きましょうか」
◇◇◇◇
頭上には煌びやかなステンドグラスがある。
カリーナはぼんやりと、そのステンドグラスを見ていた。
彼女は教会の広間の壇上に立っていて、集まった多くの人の視線に晒されていた。
彼らの縋るような視線に耐えきれず、彼女は頭上ばかり見ていた。
隣にいるホード神父は演説中だが、耳に入ってこない。
彼女はただ疲れていた。
生きることに疲れていたのだ。
ホードから自分は複写魔術によって複製された存在であることを語られた。
そして、もうすぐ彼の手によって殺されることを。
異論は、なかった。
生前、ホードに複写魔術のための情報を提供した頃の彼女は、ずっと死にたかったのだから。
生きることに疲れていた。
病は苦しかったが、やっと死ねるという安堵もあった。
彼女は社会からはじき出され、生きにくさを感じていた。自分のことを人間社会になじめない異物だと感じていた。魔術の研究にのめり込んだのも、自分が人間でいられる時間がそれくらいしかなかったからだ。
ずっと人間になりたかった。
社会に受け入れられて、ちゃんと生きられる人間になりたかった。
ただ、その能力がなかったのだ。
唯一、自分と同じような男性と一緒になったことは幸せだったかもしれない。感情が読めない人形も側にいたことも幸運だった。
しかし、夫は死に、生きる理由はもうなかった。
ホードが近づいてくる。
どうやって自分を殺すのだろうか?
苦しまない方法が良いな、と思う。
やっと死ねる。
――ふと、自分の肉体の持ち主のことを考える。
カリーナの情報が複写され、元の肉体の持ち主の情報は上書きされている。人格も意識もない。ホードが複写魔術を解除する以外、元の持ち主が戻ってくる方法はない。
それもカリーナが死ねば、元の持ち主も終わりを迎える。
……元の持ち主は全て同意しているらしい。
持ち主は若い女性。
家族はいるが、自分が死んで悲しむ人はいないと語っていたらしい。
ただ死を望んでいる。
なら今の自分と同じか、とカリーナは思う。
ホードはカリーナの目の前に立つ。
カリーナはふと声を聞いた。
やっと終わる、という声。
その声は自分の中からも、周りからも聞こえてきた。
やっと終わる。
そうだ、生きるのに疲れてきたんだ。
やっと終わる。
もう良いだろう。充分に頑張ったんだ。上出来だろう。
やっと終わる。
もう辛いのはイヤだ。もう痛いのはイヤだ。もう惨めなのはイヤだ。
やっと終わる。
辛かったんだ。楽になりたい。もう、終わりが良い。
やっと終わる。
じゃあ、なんで自分は泣いているのだろう?
その時。
ドガァァァンッッッ!
と大きな音がした。
教会の入り口の扉が蹴破られ、誰かが凄い勢いで壇上に駆け上がってくる。
その人影はカリーナとホードの間に立ち塞がる。
背の高い、白髪の少女。
カリーナは初めて見るその少女から目が離せなかった。
何故か、彼女のことを知っている気がしたのだ。
少女はカリーナを見て、にっこりと笑う。
「遅くなりました、カリーナさん」
少女――魔術監察官のユロは言う。
「助けに来ました」
◇◇◇◇
ユロにはずっと欲しかったものがあった。
自分を変えてくれるような、素晴らしい、何か。
経験、出会い、思想。何でも良かった。
過去の自分を救い、自分がまともな人間に変わり、誰かを愛すことができるような、素晴らしい何かが。
ずっと欲しかった。
けどいつまでたっても手に入らない。
自分はどうしようもないまま、自分のままだ。
監察官になり、外側をとりつくって、まともな人間の台詞を吐いても、中身はずっと空虚のままだ。
自分は何も変わらないのかもしれない。
このまま一生、本当の意味で幸福にはなれないのかもしれない。
(――それでも)
教会の中、ユロは目の前の神父と向き合う。
彼女の答えは決まっていた。
「ホードさん。あなたは間違っている。生きていることが無意味なんて――そんなこと、あるもんか」
生きる意味なんて信じていなくても。
価値を全く感じなくても。
それでも言わないといけない。
「あなたが何を信じようと勝手ですけど、それを他の人に当てはめないでください。あなたが身勝手に周りの人を惑わそうとするのなら、私が止めます」
生きている意味はあるのだと、言わないといけない。
彼女は最初からずっと変わっていなかった。
だから彼女の答えも最初から決まっていた。
「何より魔術を用いて、罪のない人を殺そうとするのなら、魔術監察官としてあなたを止めないといけません」
ユロは目の前の男を正面から見据える。
「カリーナさんを連れて、ここから出ます。ホードさん――そこからどいてください」




