34話 複写魔術
魔術統括局内、仮眠室。
ユロはベッドに座り、捜査資料を並べていた。彼女の膝元にはトカゲのドラも座り、一緒に資料を眺める。
「……とはいっても、私にできることはもうないけどね。ホードさんを捕まえるための状況を整えるのは課長達の仕事だ。彼が捕まるのも時間の問題だよ」
『だが、まだ何かあると思っているんダロ?』
ユロは頷く。
「彼には残された時間がない。だから、私に自分の研究を継いで欲しいなんて言った。それに嘘はないと思う。でも……」
まだ何かある。
ユロはそう確信していた。
実際、ホードは追い詰められていることに違いはない。
しかし、まだ、最後に何かをしてくるのではないか?
(少なくとも、私なら……どうする?)
ユロは彼が語った思想は――受け入れることは別として――少しだけ理解することもできた。
(私なら、この状況ならどうする……何をしたい?)
ユロはホードの言葉を思い出した。
『私はただ示したいだけなのです。生きていく以外の道がきっとあるのだと』
『生きることに疲れ、死を望む者達に、希望を提示できるのです』
ホードはそう言っていた。
彼の研究はまだ不完全だ。
彼の理想は全ての人間が死んだ後も幽霊になり存在できる世界のはずだ。
しかし現状は彼の理想からほど遠い。
幽霊になるにはカリーナの情報が複写されるため、元の人格と肉体は消え去ってしまう。更には幽霊の状況を維持するために、感情を操作して、悲しまないといけない。
だれが、そんな方法を欲しがる?
(だから彼はあくまでも可能性を提示したいんだ……別の方法があると……)
そこで、ユロは一つの可能性に気づく。
「ねぇ、ドラ。幽霊って珍しいよね」
『ン? アア、そうダ。人が死ねば幽霊になるケースはとても稀ダ』
「私だって初めて見た幽霊はカリーナさんだ。幽霊についての資料だって殆どない。魔術師の中にも幽霊の存在を信じていない人も多いんじゃないかな」
『かもナ。実際、お前が提出した報告書の内容は結構驚かれたって話ダ』
「うん。なら魔術師以外の人達も幽霊の存在なんて信じていない」
『一般人はそうだろうナ。魔術の存在自体よく分からないんダ』
「だったら……」
ホードが言った、彼らに示したいという言葉。
「多くの人達に幽霊の存在を認識させる……それだけでも彼の目的は達成できるんじゃないかな?」
幽霊という存在が確かに存在するということを、人々が認識する。
確実に幽霊になれる方法があるかどうかは、ここでは重要ではない。
死んだ後も存在する方法が現実のものとして存在するのだと、人々が知る。
「重要なのは、生きる以外の道がある、とみんなが知ることだよ」
ドラは首をかしげる。
『アア? そうなるのかネェ。俺には分からねぇケド』
「私にだって何が起きるのかは分からないよ。でも彼の目的は達成できる」
生きる以外の道があるという希望を人々に提示するというホードの目的を。
「ただ多くの人に幽霊を見せれば良い。幽霊になったカリーナさんを見せるだけで良いんだ」
ドラは自分の手でペチペチとユロの手を叩く。
どうやら異議があるらしい。
『幽霊になったカリーナは軍の研究所にいるんだぜ。幽霊は死んだ場所から遠くに離れられない。まさか軍の研究所に市民を呼び込むのか?』
「流石に無理だろうね。でも……方法はある」
考えたくなかったが、一つの方法を思いついてしまう。
「また別のカリーナさんを複写魔術でつくるんだ。カリーナさんの情報は持ち運びもできるからね」
複写魔術で使用する人間の情報は、ガス状の魔力に封じ込まれている。そのガス状の魔力は小さな筒に入れられていた。
ドラも頷く。
『……なるほどナ。あれくらい小さな容れ物なら、外に持ち出すことだってできル』
「ホードさんも軍には監視されている立場だ。自由に外に出入りすることもできない。でも協力してくれる人がいるなら、情報が入った容れ物くらいは外に運び出せる」
協力者。
ホードの軍の協力者を指すのではなく――仮に彼に真の目的が在った場合、それに賛同する者だ。軍の内部にそういった協力者がいてもおかしくはない。
『だがヨ。一番重要な点が抜けているゼ。確かに複写魔術の情報なら外へ持ち出すことはできるガ……肝心の複写魔術の使用者がいなイ』
「うん……そこなんだよね。複写魔術を使えるホードさんは研究所の中で監視下に置かれている。もう1人の使い手であるウィッツさん(※一章の犯人)は牢の中だし……」
ホードがいる研究所の中は軍の監視下にある。
彼は魔術の使用も軍の許可がいるらしい。
物資の運搬くらいなら、協力者がいるのなら可能だろうが、彼自身が外へと出るのは難しい。
「やっぱり、彼にはもう打つ手がない、と思っても良いのかな……だから私に自分の研究を継いで欲しいと……」
(……もう自分には後がないから、別の誰かに後を継いで欲しい……)
――――。
そこで、ユロは、引っかかりを覚えた。
簡単な何かを見落としているような感覚。
(別の……誰かに?)
「――――!!!」
ユロは勢いよくベッドから立ち上がる。
『ウォッ!? どうしタっ!?』
ドラも驚いて飛び上がった。
ユロは自分の頭を抑えて、舌打ちする。
「……なんで、気づかなかった……バカかっ、私はっ!!」
ユロはホードとの会話を再び思い出す。
『私はずっとここにいますから』
と彼は言っていた。
その言葉を思い出して、ユロは舌打ちをする。
(……確かに嘘は言っていないな……!)
「――急ごう、ドラっ!!」
ユロは壁際のコートを羽織り、外へと出かける準備をする。ドラは慌ててユロの腕を這い上がり、彼女のコートのポケットの中に収まる。
『何が分かったんダ、説明してくレ!』
ユロは靴を履き、外へと出て、監察課の課長室へと向かう。
向かう道中でユロは自分が気づいたことを説明する。
自分にも言い聞かせるように。
「ホードさんは既に研究所の外へと出ているっ」
『ハァ? あいつは研究所の外に出ていないんだロ? 監察官達が研究所も監視していて異常はないっテ……』
「そっちのホードさんはね。たぶん、もう1人いる」
ドラも気づいたのか、彼が息をのむのが分かった。
「……おそらくホードさんは軍の研究所に入る前に複製魔術を使って、自分の複製を作ったはずだ。どちらがオリジナルか分からないけど、もう1人はずっと王都に潜伏している」
『なら軍の研究所にいるホードは……』
「囮だよ。私たちの視線を研究所に集めるための」
今では多くの職員が彼を捕まえるために動き、統括局の視線は軍の研究所に注がれている。
輝く鳥が研究所に囚われていることからも、彼が研究所で何をしないかを恐れているのだ。
「現状の統括局は王都全体の監視まで手が回っていない。そこで――人を集めて、多くの人に幽霊を目撃させる。それが彼の目的だとしたら?」
『……根拠はないナ』
「うん」
『でも警戒する必要があル!』
「うんっ」
急いで監察課の課長に掛け合って、人を動員して貰う必要があった。
『ダガ、その前に一つだけ聞いておきたイ』
「――なに?」
ドラははっきりとした声でユロに尋ねてくる。
『お前がこれから行くのはホードを止めるためだナ?』
ユロは歩みを止めない。
彼女の答えもはっきりしていた。
もし事態をこのまま見逃せば。
複製された新しいカリーナが幽霊になるために殺されることになるのだ。
カリーナも、カリーナの情報が複写された元の人間も死んでしまう。
「誰かが犠牲になってしまう……なら、止めるしかない」
ユロは自分の答えを口にした。
答えなんて最初からずっと分かっていたことだ。




