33話 ユロとドラ
その日、王都は雨が降っていた。
雨が強く窓を打つ景色を、ユロはベッドに腰掛け窓越しに眺めていた。
しかし次第に飽きたのか、ベッドに倒れ込む。
ドラが気遣うように彼女の手元に寄った。
ユロはドラの顔を軽く撫でる。
「……もう3日か……」
とユロは呟く。
神父ホードと面会してから既に3日経っていた。
当然のようにユロはホードと話した全てを報告した。
しかし監察課は未だ彼を捕らえることはできていない。
シェド課長は「まだ少しだけ時間がかる」と言っていた。
もちろん監察課は何もしていない訳ではない。
ホード神父が潜伏している研究所を警戒して、職員が監視に当たっている。また彼を捕まえるために多くの関係者に掛け合っている最中だ。
今のところ研究所に目立った動きはない。ホードはずっと研究所の中にいるようだ。
ユロはというと、統括局がある建物の仮眠室にいた。シェド課長から「少し休みなさい」と言われたからだ。
しかしベッドに横になっていても、体が休まらない。
『眠れねぇのカ?』
ドラがユロの手の上に乗る。
「……うん」
『眠れねぇなら、話し相手くらいにはなってやるゼ』
「ありがとう。でも……今はいいかな」
『そうカ』
「ごめん」
『構わねぇヨ』
とドラは静かになる。
ユロは目をつぶる。
しかし、眠れない。
ホードと出会ってから、彼の言葉が頭にこびりついて離れない。
(……私は確かに懺悔室に行ったことがある)
あの日。優しくて温かい家の中から、たまらなくなって逃げ出した夜。
ユロは教会の懺悔室で、自分の本性をぶちまけたくなる衝動に感じた。
姉も義理の兄も、滅多に顔を見せない父親も優しかった。
なんで、もっと、早く、優しくしてくれなかったんだ、と思った。
無理な話なのは分かっている。彼らの家に預けられたのは最近の話なのだ。
でも、と思わずにはいられなかった。
じゃあ、酷い目に遭ってきた自分は何だったんだ?
それに彼らに優しくしてくれても、感謝の気持ちを持つこともできなかった。
むしろ目の前のものを否定したい気持ちに駆られた。
とにかく、何でも良い。
価値のあるものを否定したかった。
(……今だって、そう。私はあのときの延長線上にある)
監察官の仕事は自分でもできる程度のものだと、証明したかった。
誰に?
自分を傷つけてきた師匠に?
新しい家族に?
世界に?
それとも自分自身に?
答えは今も分からない。
分かっているのは、自分が酷く醜悪な人間に思えるということだけ。
愛を持たない、何かを否定するしか能がない、人間のくず。
『――ユロ。じゃあ、俺が勝手に話すゾ』
ドラはいつの間にかユロの顔の近くまで移動していた。
緑色のトカゲはユロをじっと見つめる。
『お前があの神父の風上にもおけない、人間性の浅いゲス野郎の言葉を気にしているなら、それは勘違いダ』
「……すごい言うじゃん」
『俺がその場にいなくて残念ダ。ぶっ殺してやったのにヨ』
ユロはドラにもホード神父との会話を全て伝えた。
伝え時は、彼は何も言わずにユロの手のひらに乗っただけだった。
しかし、どうやら滅茶苦茶に怒っているらしい。
『ユロ。俺はお前の相棒としてお前を見てきタ。だから絶対に言えることがあル。それは、お前は頑張ってきたってことダ』
「…………」
『ここ最近の3つの事件にしてもダ。お前はずっと自分のできることを探しテ、必死に頑張ってきタ』
「……上手くいかないことだってあったよ。救えない人達だっていた」
『だから何だヨ。俺がお前を凄い奴だって思うことに、何ら影響しなイ』
ドラは強く言い切る。
『お前が何を考えて、何に苦しんでいるかまでは俺には分からなイ。だが、お前が懸命に生きていることは俺にだって分かル。それだけで充分に凄いんだヨ』
「……ドラ」
『結果が出ないから何だってんダ。別に諦めても良イ。いつ辞めても構わなイ。だが、今まで頑張ってきたことを、俺は知っていル。胸を張レ』
「うん……」
ユロはふと初めて、この相棒と出会ったときのことを思い出した。
彼はもともと、統括局の研究課で保護されている精霊だった。
ユロが監察官になると同時に、彼がユロの補佐官に命じられた。
出会った時、彼は言った。
『人間。お前はどんな人間になりたイ?』
どんな監察官になりたい、とは聞いてこなかった。
ドラも当時のことを思い出したのか、ケケケと笑う。
『全ク。良い暇つぶしだと思って、補佐官の仕事を引き受けたのにヨ……いつの間にか目が離せない程に立派になっタ』
「立派かな、私?」
『生きて、頑張っていル。勲章ものダロ』
「はっ。ほんと、口の減らない……」
ユロは目元を拭い、起き上がる。
「ありがと。ドラ。元気が出た」




