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魔術監察官ユロ  作者: 脱出
4章 死の先へ到達する方法
33/39

33話 ユロとドラ

 

 その日、王都は雨が降っていた。

 雨が強く窓を打つ景色を、ユロはベッドに腰掛け窓越しに眺めていた。

 しかし次第に飽きたのか、ベッドに倒れ込む。

 ドラが気遣うように彼女の手元に寄った。

 ユロはドラの顔を軽く撫でる。


「……もう3日か……」


 とユロは呟く。


 神父ホードと面会してから既に3日経っていた。

 当然のようにユロはホードと話した全てを報告した。

 しかし監察課は未だ彼を捕らえることはできていない。

 シェド課長は「まだ少しだけ時間がかる」と言っていた。


 もちろん監察課は何もしていない訳ではない。

 ホード神父が潜伏している研究所を警戒して、職員が監視に当たっている。また彼を捕まえるために多くの関係者に掛け合っている最中だ。

 今のところ研究所に目立った動きはない。ホードはずっと研究所の中にいるようだ。


 ユロはというと、統括局がある建物の仮眠室にいた。シェド課長から「少し休みなさい」と言われたからだ。

 

 しかしベッドに横になっていても、体が休まらない。


『眠れねぇのカ?』


 ドラがユロの手の上に乗る。


「……うん」

『眠れねぇなら、話し相手くらいにはなってやるゼ』

「ありがとう。でも……今はいいかな」

『そうカ』

「ごめん」

『構わねぇヨ』


 とドラは静かになる。

 ユロは目をつぶる。

 しかし、眠れない。


 ホードと出会ってから、彼の言葉が頭にこびりついて離れない。

 

(……私は確かに懺悔室に行ったことがある)


 あの日。優しくて温かい家の中から、たまらなくなって逃げ出した夜。

 ユロは教会の懺悔室で、自分の本性をぶちまけたくなる衝動に感じた。


 姉も義理の兄も、滅多に顔を見せない父親も優しかった。

 

 なんで、もっと、早く、優しくしてくれなかったんだ、と思った。


 無理な話なのは分かっている。彼らの家に預けられたのは最近の話なのだ。

 でも、と思わずにはいられなかった。


 じゃあ、酷い目に遭ってきた自分は何だったんだ?

 

 それに彼らに優しくしてくれても、感謝の気持ちを持つこともできなかった。

 むしろ目の前のものを否定したい気持ちに駆られた。

 とにかく、何でも良い。

 価値のあるものを否定したかった。


(……今だって、そう。私はあのときの延長線上にある)


 監察官の仕事は自分でもできる程度のものだと、証明したかった。

 誰に?

 自分を傷つけてきた師匠に?

 新しい家族に?

 世界に?

 それとも自分自身に?


 答えは今も分からない。

 分かっているのは、自分が酷く醜悪な人間に思えるということだけ。

 

 愛を持たない、何かを否定するしか能がない、人間のくず。


『――ユロ。じゃあ、俺が勝手に話すゾ』


 ドラはいつの間にかユロの顔の近くまで移動していた。

 緑色のトカゲはユロをじっと見つめる。


『お前があの神父の風上にもおけない、人間性の浅いゲス野郎の言葉を気にしているなら、それは勘違いダ』

「……すごい言うじゃん」

『俺がその場にいなくて残念ダ。ぶっ殺してやったのにヨ』


 ユロはドラにもホード神父との会話を全て伝えた。

 伝え時は、彼は何も言わずにユロの手のひらに乗っただけだった。

 しかし、どうやら滅茶苦茶に怒っているらしい。


『ユロ。俺はお前の相棒としてお前を見てきタ。だから絶対に言えることがあル。それは、お前は頑張ってきたってことダ』

「…………」

『ここ最近の3つの事件にしてもダ。お前はずっと自分のできることを探しテ、必死に頑張ってきタ』

「……上手くいかないことだってあったよ。救えない人達だっていた」

『だから何だヨ。俺がお前を凄い奴だって思うことに、何ら影響しなイ』


 ドラは強く言い切る。

 

『お前が何を考えて、何に苦しんでいるかまでは俺には分からなイ。だが、お前が懸命に生きていることは俺にだって分かル。それだけで充分に凄いんだヨ』

「……ドラ」

『結果が出ないから何だってんダ。別に諦めても良イ。いつ辞めても構わなイ。だが、今まで頑張ってきたことを、俺は知っていル。胸を張レ』

「うん……」

 

 ユロはふと初めて、この相棒と出会ったときのことを思い出した。

 彼はもともと、統括局の研究課で保護されている精霊だった。

 ユロが監察官になると同時に、彼がユロの補佐官に命じられた。

 出会った時、彼は言った。


『人間。お前はどんな人間になりたイ?』


 どんな監察官になりたい、とは聞いてこなかった。


 ドラも当時のことを思い出したのか、ケケケと笑う。


『全ク。良い暇つぶしだと思って、補佐官の仕事を引き受けたのにヨ……いつの間にか目が離せない程に立派になっタ』

「立派かな、私?」

『生きて、頑張っていル。勲章ものダロ』

「はっ。ほんと、口の減らない……」


 ユロは目元を拭い、起き上がる。


「ありがと。ドラ。元気が出た」


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