31話 生きることが正解ではなくなる日
魔術監察官ユロと神父ホード。
彼らは狭い部屋で、机を挟んで向かい合う。
ユロの向かいに座るホードは静かに語り始めた。
「――私はずっと『生きること以外の道』を探し続けてきました。生きることは苦しみに満ちている。しかし産まれた以上は生きていくしかない。その苦しみから逃れる方法が欲しかった」
ホードの語りは穏やかで、昼下がりの教会で牧師の講話を聞いているんじゃないかと思えてくる。
「だからこそ私は『幽霊』に注目しました。死んだ後も意識が存続し、存在するのに食事も労働も必要としない。不老不死と言い換えても良いかもしれない」
「――人が死んでも確実に幽霊になれるわけじゃありません」
とユロはホードの言葉を遮る。
幽霊は滅多に現れない。
ユロだってカリーナが初めて見た幽霊だったのだ。
「その通り。幽霊になる条件は未だ解明されていません……でもね、ユロさん。方法はあるのですよ」
思いつくのは一つしかない。
彼の『複写』魔術。
「もし、死んだ後に幽霊になった人間と全く同じ人間になった場合。その人間も死ねば幽霊になるのでしょうか?」
「……なったから、カリーナさんがいるんでしょう……!」
ユロはホードをにらみつける。
彼はにこりと笑う。
「私は多くの人の情報をストックしています――もちろん相手の同意の上ですし、人の情報を軍に流したりはしていませんよ――その中には古い友人でもあるカリーナさんの情報もありました。実はね、ユロさん。私の研究がここまで進めたのはあなたのお陰でもあるのですよ」
「…………」
「あなたが魔術統括局に提出した報告書を私はたまたま目にすることができましてね。そこでカリーナさんが幽霊になったのを知ることができたのです」
ユロは舌打ちをするのを我慢した。
「……あなたは全ての人をカリーナさんにするつもりですか? そうすればみんな死んだ後も幽霊になれますしね。けど、そんなの誰も納得しませんよ」
全ての人間にカリーナの情報を複写し、死んだ後に幽霊になるようにする。
確かに不老不死と呼べるのかもしれないが、大きな問題が一つ。
複写魔術を使えば、残るのはカリーナという人間だ。元々の人格も肉体も消え去る。
「自己の連続性が途絶えてしまう時点で、最初から破綻していますよ、あなたの計画は」
ホードはゆっくりと頷く。
「ええ。全くその通り。その点こそ課題の一つです。カリーナさんの複写する情報を少なくしても、幽霊になれるかどうかも検討したいですね」
ユロは最初に事件を思い出す。
ウィッツという男には、別の人間から複写した人格だけが組み込まれていた。
「肉体だけを複写しても可能か? もしくは情報を半分程度にして複写しても可能なのか? 複写される側の人間の情報をどれだけ残せるのかというのは、まだまだ検討の余地はあります」
例えばカリーナの肉体だが、意識は別の人間――複写される側の意識を保つことが可能なのかもしれない。
(……それでも納得しない人の方がずっと多いだろう)
とユロは思う。
更に問題点もある。
「ホードさん。意識の連続性については一端置いておくとしましょう。他にも問題点はあります」
「おや、何でしょうか?」
「幽霊は不変の存在ではありません。消滅もします。彼らは存在するために『悲しい』という感情が必要になってくる。故に、その悲しみの格となる後悔や無念が消え去ったとき、彼らも消えてしまう」
悲しみはいずれ癒えてしまうとユロは知っている。
だから幽霊となったカリーナは消えてしまったのだ。
ホードはふふふと笑う。
「その問題の解決は容易です。悲しいという感情を用意してあげれば良いのですよ」
ユロは思わず声を出してしまいそうになった。
彼は既にその手段を得ている可能性が高いのだった。
「……『輝く鳥』ですか」
特殊な力を持つ精霊の一種『輝く鳥』。
彼らは人の感情を操る力を持つ。
「輝く鳥の力を使えば、聞いた人間に強制的に『悲しい』という感情を抱かせることができる。幽霊に聞かせれば、定期的に『悲しい』という感情を抱かせることで、彼らが存続するためのエネルギーを供給できる、というわけですか……」
「ええ。実に理想的な循環です。良いですよね、輝く鳥。ぜひとも欲しいものです」
とホードは白々しく言い張る。
行方不明になっていた輝く鳥のもう一羽は、この研究所にいる可能性が高い。
「あなたは既に輝く鳥を手にしているでしょう。行方不明になった輝く鳥はこの研究所にいる、と調べが付いています」
ユロの言葉に対して、ホードは両手を広げてみせる。
「なら好きなだけ調べてみるとよろしい。そんな権限があるのなら」
ユロは唇をかみしめる。
分かっているのは、輝く鳥がこの研究所にいる可能性が高いということだけ。
強制捜査で踏み込むのにも確実な証拠が足りない。
(――まだ、彼を捕まえることはできない)
ホードは穏やかに微笑む。
「ご理解いただけたようですね。あなた達は私を捕まえることはできません。今はまだ」
「……ええ。今は」
「そう睨まないでください。私にできることはもう大してありませんよ……本当ですって……」
ホードはふぅと溜息をつく。
「監察官に本格的に目を付けられて逃げ切れるとは思っていません。貴方たちは私を捕らえるための状況を必ず整える。その時が私の終わりです。そして私に残された時間は少ないでしょう……ふふ。ちょっと調子に乗りすぎましたね」
目の前の男は自分が捕まるというのに、涼しい顔だ。
「随分と余裕ですね。あなたの研究だってまだまだ道半ばでしょう。今の段階では『生きる以外の道』を示すのは難しいと思います」
「ええ。今の方法では自己の連続性は確保できない上に、存在し続けるために無理やり悲しいという感情を抱かないといけない――ですが、貴重な可能性には違いありませんよ」
そこでホードの表情が変わった。
僅かに声が鋭く、冷たくなる。
「生きる以外の道を、その可能性を提示できる。生きていくことだけが正解ではないのだと、言うことができるのです。充分に価値がある試みだと思いませんか?」
「……思いませんよ」
「本当に?」
ホードはユロを射貫くような目で見つめる。
「生きることに疲れ、死を望む者達に、希望を提示できるのです――あなたなら理解できるはずだ。私はあなたのことを少し知っているのですよ。ねぇ、ユロさん」
そして神父は言った。
生きていても仕方がない、と思ったことはありませんか、と。
ユロは答えない。
代わりに神父をにらみつける。
「ここからが本題です。私に残された時間は少ない。だから、ユロさん。あなたに私の研究を引き継いで欲しいのです」




