3話 真相Ⅰ
日没前 商業都市メーリオル 人目の付かない路地裏。
人目を隠れるように壁に寄りかかる少女が1人いた。
黒色のコートに黒色のブーツ。茶色のハンチング帽子を被り、帽子からは白い髪が飛び出している。
少女――ユロは呟く。
「さてと。魔術師は約束通り取引に来るかな? 他の人をウィッツさんに造り替えている魔術師は」
『さぁナ』と少女の言葉に応える声があった。
彼女の右肩には一匹のトカゲがちょこんと座っている。緑色の体躯、瞳の色は金色のトカゲだ。
そのトカゲが言う。
『捜査を開始してから10日間。そろそろ当たって欲しいもんだナ』
「だね。ドラも頑張って調べてくれたんだし」
とユロは肩に乗っているトカゲを撫でる。
トカゲの名前はドラといった。
『精霊』と呼ばれる特殊な能力を持つ生物の一種であり、ユロの相棒でもある。
――捜査を開始してから10日間。この間ユロ達は軍人の手を借りて、都市で行われている商売を片っ端から調べていた。
ドラはユロの首に寄りかかりながら言う。
『『対象を全く別の人間に変える魔術』――この魔術があると仮定してダガ――この手の魔術は対象の同意が必要なパターンが多イ。今回の場合、魔術師は対象をウィッツ・アルベンに変えているが、その対象から同意を得ないといけないわけダ』
「相手の同意を得ないとなると、無理やり襲ったりして対象をウィッツさんに変えることはできない。相手の同意を得るために一番手っ取り早い方法は……」
『マァ。金だろうナ』
ドラは溜息をついた。
金を積んで、ウィッツの姿に変わってもらう。
一番シンプルな方法だ。
そこでユロ達は都市で行われている様々な商売を調べた。
商業都市とも呼ばれる場所なので、多くの取引が行われており、中には非合法なものも多かった。そういった情報は王国軍にも届くが、数があまりにも多いので対処仕切れていないのが実情だった。
『ガセネタも掴まされることも多かったガ……今回は当たりカ?』
「そんな気がするよ」
ユロは持っているメモを眺める。
都市の繁華街で手に入れた仕事の内容のメモで、内容は以下の通りだった。
『変装して街を目立つように歩いて欲しい。合い言葉は××。時間は日没から夜明けまで。報酬は――』
報酬にはかなりの大金が書かれていた。
(ウィッツさんは実業家だったよな……)
とユロは赤毛の眼鏡の男を思い返す。
チラシに指定された場所にユロは立ち、相手を待っていた。
夕日も沈みかける頃、彼女に近づいてくる足音があった。
「――あんた。××の仕事に来たのか?」
相手は合い言葉を口にする。男の声だった。
ユロは視線を上げて目の前の人物を見る。
痩せた男が立っていた。
随分とボロボロになったコートに身を包んでいる――しかし破けているだけで、よく見ると高級なコートだと分かる。
ユロと同じように帽子を深く被っていて、帽子からは赤い髪の毛がのぞいている。
ユロは帽子を被ったまま答える。
「ええ。はい。今すぐ金が必要なもので。変装して街を出歩くんでしたっけ」
目の前の男は周囲を見回す。
動きには落ち着きがなかった。
「ああ。そうか。なら話は早い。早速だが仕事を頼みたい。頼むぞ――」
「待ってください」
ユロは男の話を手で制止する。
「仕事の内容くらい説明してくださいよ。変装しろ、って言っていましたけど。具体的には誰に変装しろって言うんです? 変装の道具は?」
男は舌打ちをする。
本当に焦っているようだった。
男はコートのポケットから小さい物体を取り出す。
「道具は必要ない。この中に必要なモノは全部入っている」
それは小さくて透明な筒で栓がされている。中には薄い色がかかったガスが渦巻いている。
「あんたには俺の魔術で、俺に変身してもらうんだ――」
と男は言った。
「なるほど。魔術、ですか……」
ユロは壁から離れて、男に一歩だけ近づいた。
「魔術の行使の際は、王国が発行している許可証の携帯が求められているんですが――お見せ頂きます?」
ユロは帽子を取って笑う。
「どうも。こんばんは。魔術監察官のユロといいます」
「――なっ! 魔術監察官っ!?」
男は叫んだ後、すぐに背を向けて逃げようとする。
「させませんっ」
とユロも叫ぶ。
ユロの足下に置いてあった細い2本の縄が蛇のように立ち上がり男に襲いかかる。
「な、なんだこれ、魔術か!?」
2本の縄は男の両手と両足に絡みつき、あっという間に男を拘束した。
男はその場に倒れ込む。
「くっそ。なんだ、この縄……固すぎるだろ」
男は暴れて縄を解こうとするが、細い縄なのに、固くてびくともしなかった。
ユロは男の背中を掴んで、立たせた後、その場に座らせる。
続いて男の帽子を取った。
赤い髪に、眼鏡をした青年だった。
「魔術師の正体はあなただったわけですか。ウィッツ・アルベンさん」
ユロは男の顔を見ながら言う。
7回殺された被害者と全く同じ顔をした人間が目の前にいた。
彼女はしゃがんで男と目線を合わせる。
「あなたは本物のウィッツさんですね? あなたはこれまでの被害者を自分自身に変えていた」
「…………」
黙るウィッツに対してユロは真剣な表情のまま告げる。
「これまでの7人の被害者達をあなた自身に変えていた理由。そして、あなたの魔術について教えてもらいましょうか」
「……チッ。言うわけねぇだろ」
とウィッツはユロから目線をそらす。
ユロは何も言わなかったが、代わりにウィッツを縛っている縄に視線を移す。
とたんにウィッツが悲鳴をあげる。
「がっ! 痛ぇ! 痛い痛い痛い! 縄が……!」
縄が縛る力が急に強くなったのだ。
ユロはにっこりと笑う。
「教えてもらいますね?」
「分かった……分かったから! 縄の力を弱めてくれ!!」
すると途端に縄の力が弱まった。
ウィッツは息を切らしながら言う。
「あ、あいつらを俺に変えていたのは俺の魔術だ。『複写』魔術……。特定の人間の情報を元に、その人間を複製できる魔術だ……他の人間を変えることでな」
ユロも聞いたことのない魔術だった。
『情報というのはこれカイ?』
と下の方で声がする。
トカゲのドラが白い筒を転がしながらやってきた。
先ほどまでウィッツが持っていた白い透明な筒だ。
中には色のついたガスが渦巻いている。
「そ、そうだ。中には俺の情報が詰まっている。その情報を引き出して、他の人間を俺自身に変えることができるんだ」
「……なるほど。で、目的は何ですか?」
ユロの射貫くような視線にウィッツは怯む。
しかしまた縄の力が強まる気配を感じたので答えた。
「……俺は狙われているんだ……このままじゃ殺されちまう!! だから囮が必要だったんだよ」
ユロはまた縄の力を強めたい気分になった。
「今までの7人には大金を渡している……複写魔術の発動には相手の同意も必要なんだ……同意の上だったんだ!」
「あなたが命を狙われていることもちゃんと説明したんですか? 私が聞いた仕事の内容には一つも書いていませんでしたよ」
「そ、それは……だが!!」
とウィッツは更に焦り出す。
「俺はまだ死にたくない……! 早く俺を逃がせ! 奴らがもうすぐ来る!!」
「奴ら……?」
――いつの間にか空は暗くなっていた。
ユロは自分たちに近づく足音を聞いた。
ユロはゆっくりと立ち上がり周囲を見回す。
「なるほど……」
ガチャガチャという音と共にユロ達に近づく人影があった。
全部で5人。
どこか動きが不自然で、カタカタという音もする。
ユロは相手の姿をはっきりと見た。
大人の格好で、全員スーツを着込んでいる。顔立ちは男性や女性と様々だったが、全て表情がぴくりとも動かない。眼球も全く動かない。
肌も陶器のように滑らかだった。
「魔術人形、ですか」
ユロは手袋をはめ直し、ウィッツの前に立つ。
「ウィッツさん。ひとまずは安心してください。あなたのことも今はちゃんと守ってあげますよ……」
ユロは周囲の人形をにらみつける。
「あなたも犯人も――逃がしはしませんけど」




