29話 来たる日に
今回の話から4章になります。
よろしくお願いします。
カルデュラ教。はるか昔に、人々が生きるための世界を創ったとされる神カルデュラを信仰する宗教。王国でも信者の数も多い。
聖典には神カルデュラの御業と言葉が記され、中にはこのような一説がある。
『――あなた方はただ在る(ある)ということが奇蹟であり、あなた方はこの奇蹟を大事にしなければならない』
この言葉の解釈は宗派によって異なる場合もあるが、主に『人間はただ生きているだけでも価値がある』と信徒達には受け入れられている。
人々は生きているだけで、存在するだけでも素晴らしいのだと。
カルデュラの信徒達はその考えを信じて、日々を生きていく。
しかし、その言葉を否定する人間が現れた。
男の名前はホード。カルデュラ教の神父だった。
彼は神父でありながら、自身の教義を否定した。
彼は『生きることに価値はない』と言い放った。
以下は彼の演説の一部である。
『――今の世界は急速に豊かになっている。車と列車により世界の距離は縮まり、無数に並び立つ工場群により物資の大量生産が可能になった。
しかし人々の心は豊かになったのだろうか?
いや、むしろ社会の発展は我々の欺瞞を暴くことになった。
社会の在り方が変わったことで、その変化についていけない人々――社会に含まれない人々は増えていった。
明日のパンすら買えない母親をあなたは知っているだろうか?
能力不足故に仕事を失い、死を求める父親をあなたは知っているのだろうか?
社会の競争についていけないと悟った幼い子供は?
今なお自殺者の数は増えている。
生きることに耐えられなかった人は増えているのだ。
では彼らは間違っているのだろうか?
あえて言おう。彼らは間違っていない。
生きることが正解だという、神の言葉が間違っているのだ。
私は彼らのために別の道を模索している。
生きる以外の、別の方法を彼らに提示する。
その日は近い』
神父ホードの演説は文字に起こされ、印刷され、王国中に広がっていった。
ホードは教会の上層部から『非常に軽率かつ無責任な行動』と非難された。
また一部の信徒に命を狙われることもあったという。
同時に彼には多くの心棒者もいて、彼らの協力を得て、ホードは追っ手から身を隠した。
彼の行方は分からない。
そして現在。
――インテグラ王国。魔術統括局 捜査会議室にて。
魔術統括局に勤める多くの職員が会議室に集まっていた。
その中で銀髪の男性が会議を進める。
「――神父ホード。彼は『複写』魔術の使い手です」
魔術の監督・裁定を担う監察課の課長、シェドはそう言った。
「その情報を私は初めて知りました」
シェドの言葉に反応する1人の少女がいた。
白い髪。長身。金色の瞳。
彼女の名前はユロ。
魔術を監督し、時には違法な魔術師を逮捕する権限を持つ魔術監察官の1人。
王国では許可のない魔術の使用は禁止されている。
全ての魔術師は魔術統括局に、自身の魔術を申請して、魔術の使用許可をもらわなければならない。
当然ホードも例外ではない。
シェドはお手上げというように両手を挙げた。
「私も初めて知りました。ほんの少し前に、ホードの正式な許可証が見つかったのです。10年前以上に申請され、許可されていました。定期審査の合格を示す書類も見つかりました」
「なのに私達は知らなかった」
会議室にそろった職員達はみな、ホードが王国に正式に認可された魔術師であるということを知らなかった。
ユロは顎に手を当てて、うーんと唸る。
「書類が私たちに隠されていたのか、それとも書類が偽装されたか……どちらにしろ、ホード神父の協力者が統括局内にいる可能性が高いですね」
統括局内部で不穏な動きがあるとシェド達は捜査していた。
統括局の権力を利用して、自らの利益を得ようとする者達。
彼らがホードにも協力しているのだろうか?
「……とにかく、彼が複写魔術の使い手である可能性は高い」
そこで、また別の声が上がる。
会議室には場違いなメイドの格好をした女性。
人間ではない、自立する魔術人形ティーゼ。
現在は統括局に身を寄せている。
「私は確かに奥様の姿を――カリーナ様の姿を見ました。私が奥様の姿を見間違う筈がありません」
「ティーゼさん。でもカリーナさんは……」
「ええ。ユロ様。奥様は既に死んでいます」
ユロはカリーナを思い出す。
ユロが出会った時、既にカリーナは死んでいた。
しかし彼女は幽霊になっていたのだ。
彼女が消える僅かの間、ユロは彼女たちと共に過ごした。
ティーゼは机の上に置いてある写真を手に取る。
白黒の写真にはホード神父の姿が映っていた。
「この男は、奥様が亡くなる数日前に訪ねてきたことがあります。私は外に出ていて会話までは聞いていませんが……この男は奥様の情報を手に入れたのかもしれない」
ユロは複製魔術の事件を思い出す。
複製したい人間の肉体・人格・記憶の情報は、ガス状の魔力に保存され、それらを密閉した透明な筒に閉じ込められていた。
複製魔術の使用時には、その筒から情報を取り出し複製を行う。
ユロはティーゼから話を引き継ぐ。
「複製魔術の使い手はホードさんを除けば、ウィッツさん――7人殺しの犯人(※1章の犯人)しか確認できていません。そしてウィッツさんは刑務所にいます。状況から考えると、『複製魔術の使い手であるホードさんがカリーナさんを複製した』可能性は高いです。目的は分かりませんけど……」
そう。目的が分からない。
「……一つ良いか?」
そこで手が上がる。
手を挙げていたのは金髪の女性リズリア。
ユロの姉であり監察官だ。
「数日前の精霊『輝く鳥』の事件について、だ」
ほんの数日前にユロも関わった事件だ。
人の心を動かす力を持つ精霊『輝く鳥』のバルル。
ユロ達は彼を奪おうとする軍と戦うことになった。
「我々が保護した輝く鳥バルルには、離ればなれになってしまった弟がいる。既に報告していた通り、その弟は王国軍に捕まった可能性が高い。王国軍が所有する研究施設に囚われているようだ」
ユロも既に話は聞いていた。
輝く鳥バルルの弟は、王国軍の研究施設に囚われている。
しかも、その研究所には魔術統括局の職員も出入りしているという話だった。
リズリアは顔をしかめながら話を続ける。
「もっとも証拠が充分ではないから、まだ潜伏先に強制捜査を仕掛けることはできないが……。その潜伏先には、ホード神父も身を寄せているという目撃情報もでてきた」
「――!!」
職員達に動揺が広がる。
輝く鳥の事件にも、事件の先にホード神父の姿がある。
自然の会議室の視線がユロに集まっていく。
ユロが関わってきた3つの事件。
それらがホード神父を中心にまとまっていく。
(……いや、私も全然分からないんだけど……)
ユロも皆目見当が付かなかった。
本当に。
(……でも、もし3つの事件に関連性があったとしたら……)
正確には、一つだけ自分なりの予測はあった。
しかし根拠もないし、突拍子もない考えで、まだ口に出せずにいた。
会議は進展を見ることなく修了した。
そして3日後。統括局は真相を知ることになる。
『統括局のみなさんへ。直接お会いして話をしたい』
統括局の監察課に宛の手紙が届いた。
ホード神父の署名。住所は彼の潜伏先の研究所。
『とくに、ユロ・イリアス監察官とは是非お会いしたい』
ユロに名指しで。
ホード神父からの招待状が届いたのだった。




