27話 対話
精霊『輝く鳥』を研究所へ無事に移送が完了し、事件は幕を閉じた。
しかしユロ達は事件の後始末に奔走されることになった。
襲撃者達の処遇。戦闘が合った場所での住民への説明。バルルが正式に精霊だと認められるための報告書の作成などなど。
魔術統括局に5日間泊まり込みになった。
ようやく仕事が終わり、久々にイリアス家に帰ってきたのだった。
そしてユロは今。
「…………」
「…………」
ユロは椅子にちょこんと座り、テーブル向かいに座るリズリアを見上げる。
ユロはリズリアの部屋にいた。部屋にいるのは2人だけで、オグとドラはリビングの方に引っ込んでいる。
家に帰ってきた後、ユロがリズリアに「姉さん。あとで話せないかな?」と誘ったのだ。
しかし誘った本人はなかなか何も話せずにいた。
なぜか?
(……どうしよう。話す内容を何も考えてなかった……)
リズリアともう一度ちゃんと話す。
そのことが目的になっていて、話す内容を考えていなかったのだ。
リズリアはテーブルに置いてあるカップを手に取り、口にする。
彼女の様子はいつも通りで、仕事の疲弊を感じさせない。
この5日間、一緒に仕事をしていたのだが、その時の仕事振りも落ち着いていて、自分とは違っていたとユロは思う。
彼女に比べれば、自分は未熟だと。
リズリアはカップを置いて、口を開く。
何を口にするのかと思ったら
「今回の襲撃犯達の正体についてだが……」
事件の話だった。
「彼らは一向に口を割らない。ただ彼らの戦闘能力は国境付近にいる傭兵崩れとは違う。戦闘訓練を積んだ軍の兵士達だと見るのが妥当だが、王国軍の名簿には彼らは載っていなかった」
「……王国軍の非正規部隊」
ユロの言葉にリズリアは頷く。
王国軍に正式に兵士として登録されていない兵士たちのことだ。
「王国軍からは彼らの身柄の引き渡しを要求されている。彼らが魔術師ではない一般人である上、統括局に彼らを拘束する権限がない。輝く鳥を狙っていたという明確な証拠もないからな」
「引き渡されたら、彼らも、命令した人達も無罪放免? そんなのおかしいよ」
一歩間違えれば輝く鳥バルルは拘束され、尊厳を奪われる事態になったのに。
それを企てた人間は裁きを逃れてしまう。
「なんの罰もないということはないだろう。襲撃してきた兵士達は監獄送りになる。王都で銃撃戦が起きた以上、王国軍の連中も責任が追求される……それでも数人の役職者の首が切られるだけで、首謀者まではたどり着かない」
「……なんだか納得がいかない」
「私もだ。だから、このままで済ますつもりもない。身柄を引き渡す前に、調べられることは調べつくす。課長の方にも色々と当てがあるようだからな」
シェド課長の顔が思い浮かぶ。
彼は王国軍が怪しいと最初から警戒をしていた。
「シェド課長は最初から軍を警戒していたよね。それに今回の作戦は……襲撃者だけじゃなく、情報の漏洩も警戒していた。バルルさんを移送するルートは私も知らなかった」
情報の漏洩を警戒する理由。
リズリアがその答えを告げる。
「魔術統括局の内部で、軍に情報を流している一派がある、とシェド課長は疑っている。少し前から上層部の法が少しきな臭いからな」
「そんな……」
「今に始まったことじゃない。統括局の権利を利用して私腹を肥やす人間は昔からいた。全く嫌になる」
リズリアは監察官としてのキャリアも長い。
ユロ以上に、このような事態を目にしているのだろう。
ふとユロは目の前の姉に尋ねてみたくなった。
「……ねぇ、1つ聞いても良いかな?」
「なんだ?」
「姉さんは何で監察官になったの?」
ユロがイリアス家に引き取られた時には、リズリアは既に監察官の職に就いていた。
リズリアの父、つまりはユロの養父も元は監察官の職に就いていた筈だ。
「……なに、簡単な話だ。私は魔術による被害者を1人でも減らしたかった。それを実現させるには、統括局という組織を使うのが一番手っ取り早かった」
「……立派だね」
「別にたいしたことじゃない。ただずっと私は苛立っていただけだ」
「苛立っていた?」
「誰かが犠牲になるのも。それを見ているだけの力のない私に。だから監察官になった」
ユロはリズリアの全てを知っているわけじゃない。
彼女にどんな過去があって、そう思うに至った理由も。
知ることができるのは、彼女が持っている思いだけ。
「もっとも統括局という組織も決して完璧じゃない。組織の在り方も私は変えたい。もし組織の中から変えられないのなら、監察官を辞めて、外からできることを探すさ。場所はどこでもいい」
そこでリズリアはユロを真っ直ぐ見た。
ユロも思わず背筋を伸す。
「……お前にだって言える。場所はどこでも良いんだ。お前が幸せでいられる場所ならどこでも」
「姉さん……」
「あのとき。監察官になるのを反対したのは……お前が無理をしていると思ったからだ。だが、お前が傷ついていないなら何も言わない。すまなかったな」
「ううん。私の方こそごめんなさい。監察官になる理由をちゃんと説明しなくて」
ユロは息を吐いて、言うべき言葉を考えた。
「私は自分にできることをしたかった。誰かの、ためになることを。それには私の能力を活かせる監察官が良いんじゃないかって思った……けど、それだけが理由じゃないんだ」
ユロの師匠。イリアス家に預けられる前まで、ユロは彼に育てられてきた。
彼はユロを魔術監察官にするために鍛え続けた。
ユロの尊厳を犠牲にするやり方で。
「あの人が素晴らしいものだと信じている監察官の仕事は……私にだって簡単にできるものなんだって……全部、大したことじゃないんだって証明したかった」
魔術監察官という仕事。
自分がされてきたことも全て。
大した価値はないのだと。
――けれど。
「だけど、そうじゃないかもって思い始めたんだ。この仕事を続けて、色んな経験をして……上手く言えないけど……監察官の仕事を続けていければ良いなって思う」
自分の力不足を痛感する日も多い。
助けられなかった人もいる。
それでも思うことがある。
「……自分の力で、誰かの助けに、本当に小さくても誰かの力になれると、思える日があるんだ。それって凄いことだと思う。私の人生で、そんなことが思える日が来るなんて想像もしていなかった」
「ああ。凄いことだな」
リズリアも頷く。
「だから姉さん。暫くは監察官の仕事を続けてみようと思う。嫌になったら辞めるよ」
「……そうか」
リズリアはユロの顔をじっと見つめる。
「なに?」
「いや。大きくなったと思ってな。成長したな、ユロ」
「そう? 姉さん達のお陰だよ」
イリアス達に引き取られて、ユロは成長した。
自分の意見を言うことができるようになった。
それはイリアス家に引き取られて、愛情を与えられてからだと、今なら思うことができた。
許可がなくてもベッドの上で寝ても良い。
失敗をしても、ご飯を食べても良い。
欲しいモノがあれば、欲しいと口にしていい。
許可がなくても生きていても良いと、この家で教えてもらった。
いつか、その考えも否定できる日もくるのだろうか、とユロは思った。
次回で3章は完結です。




