26話 魔術師 対 王国軍
※戦闘開始から決着まで、約5000文字あります。最後の決着のところまで読み飛ばして頂いても大丈夫です。また注釈としてメートル法を用いている箇所があります。
よろしくお願いします。
人気のない廃工場。
突如として襲撃されたユロは、その襲撃犯達と対峙する。
――状況は一時的な膠着状態にあった。
こちらの戦力は2人。
1人は魔術監察官のユロ。白髪の少女。物体を操る干渉魔術を扱える。
もう1人は魔術統括局の職員オグ。眼鏡の男性。魔術師ではない。武器は小型の銃。
またユロの相棒として、『精霊』のドラがいる。トカゲの姿の精霊で戦闘力はない。
彼らは車をバリゲード代わりにして周囲を伺っていた。
ユロが僅かに動くと、バンッという狙撃音が鳴る。
鋭いライフルの弾がドアに当たる。
鈍い音がしてライフルの弾は弾かれた。
ユロは狙撃があった方向に目を向ける。
廃工場を見下ろせる位置にあるビル。
その一室の窓がきらりと光った。
「――ふんっ」
ユロは足下にある砂利を拾い、目の前に投げる。
砂利は干渉魔術によって強化され、散弾銃のような勢いを持って投擲された。
ユロから遠く離れた位置にある別の車両に、砂利がぶつかる。
ユロ達にぶつかってきた車両だ。
車両の走行は砂利によって穴が空き、車は大きくひしゃげる。
車が壊れると同時に、2人分の人影が移動するのが見えた。
ユロが追撃をする前に向こうが更に撃ってくる。
バンッ、バンッ、バンッという連射音。
ユロはそれをまたドアで防ぐ。
相手側の銃声が鳴り終わると、今度はユロの側にいるオグが銃を構えて、音が鳴った方へと撃つ。
相手はまた物陰に隠れて、オグの狙撃をかわす。
オグも狙撃を止めて、車の影に隠れる。
(――攻めてこないな)
先ほどから、こうした攻防を繰り返していた。
ユロは息を整えつつ、状況を整理する。
(――向かいのビルに狙撃手が1人。連射はできない。向かいには2人。武器は普通の銃かな……。分かっている敵の数は合計で3人。けどそれ以上にいるよね……)
敵の数、位置、武装。
分からないことが多く、迂闊には攻められない。
(狙撃の精度を見ても、相手は充分に訓練を受けた人間だ。それに……仮に相手が本当に王国軍の兵士だった場合、武装も充分に用意してきているだろう)
作戦を立てるときに懸念されていたとおり、相手が軍の兵士だった場合。
更に厄介な点もあった。
(私の情報だって持っているはずだ。私の魔術は相手にばれていると思った方が良い。狙撃手が干渉魔術の有効範囲の外にいるのが良い証拠だ)
魔術監察官の情報、能力、魔術については軍にも開示されている。
相手はユロの干渉魔術の能力を知った上で行動を取ることができる。
狙撃地点はユロから離れた位置にある(※約300メートル)。
目視は可能な距離だが、ユロの干渉魔術の有効範囲(※約200メートル)の外
また干渉魔術で物体を操るためには、その物体をユロが視界で捕らえている必要があった。
ユロはちらりと背後に目を向ける。
背後にも(※200メートルほど)離れた場所に高い建物がある。あそこにも兵士が潜んでいるかもしれない。
(相手の狙いは……何だ? 私の魔力切れ?)
ユロ目の前に浮遊する車のドアを見る。
車のドア、車両の装甲を干渉魔術によって盾として使っている。
常に魔術を使い続けているため、魔術の動力源である魔力も消費し続けている。
また狙撃音が鳴り響く
ユロはライフルの弾を盾で防ぐ。
(このまま膠着状態が続けば私の魔力が切れて、私の負けになる……けど相手にだって時間の余裕はないはずだ。いずれ人が集まってくる……人払いをしていたとしても限界がある)
人気が少ない場所であり、事前に人払いもしているのだろう。
ただ派手に暴れれば人が集まってくる。
タイムリミットがあるのは相手も同じ。
(仕掛けてくる。必ず……)
狙撃でユロの気力を削ぎつつ、攻めてくる機会をうかがっているのだ。
ユロは周囲に意識を集中させる。
後ろ、右、左、上と意識を集中させ――
『ユロッ! 下ダッ!!』
ユロのポケットの中から、ドラの叫ぶ
ユロは下に視線を向けた
コロコロと小さな缶が転がっていた。
「――ッ! 義兄さんっ! 目と口、鼻も塞いでッ!!」
ユロは慌ててオグに指示を出す。
と、同時に缶からプシューと大きな音と共に煙が吐き出された。
周囲に大きな白色の煙が立ちこめた。
ユロは僅かにそのガスを吸ってしまう。
たちまち、酷いめまいに襲われた。
そのせいで、盾として使用していたドアへの干渉魔術を解いてしまう。ドアが地面に落ちた音がした。
「……ッ! 何これっ」
唐突なめまいに、視界は涙でにじむ。全身のしびれ。
王国軍には暴徒制圧用に麻痺弾が支給されており、それをガス状にした兵器だ。
(くっそ……体の麻痺なら何とかなるけど……視界も悪い!!)
ユロの周囲は白い煙に覆われて、全く周りの様子が悪い。
干渉魔術を使用できる範囲は、基本的にユロの見える範囲までである。視界に映らない場所、例えば背後にも使うことはできるが、精度は明らかに落ちてしまう。
しかも今は涙で視界がにじんでいる。
物体を操るのはとても難しい状況にあった。
干渉魔術の弱点を知った上で、その弱点を相手はついてきた。
『――ユロッ! 来るゾ!!』
足音が近づいてきた。
白い煙の奥に僅かに人影が見える。
煙を破ってきて、敵がやってくる。
防護マスクを身につけた大柄な人間が2人。
動きは素早く、あっという間にユロとの距離を詰めてくる。
手にはナイフ。他にも武器を持っているかもしれない。
「……ッ」
『――前だけじゃなイ! 後ろダッ』
ドラの言う通り、背後からも足音が聞こえる。
人数からして2人分。
ユロの予想通り相手は一気に攻めてきた。
しかもユロはガス攻撃により身体能力は低下している。
これだけ視界が悪いと干渉魔術で物体を操るのは難しい。
先頭の兵士は無駄のない動きで、右腕を突き出してユロを捕らえようとする。
「――なめないで」
カチリと意識が切り替わる。
ユロは干渉魔術によって自分の肉体を強化させたのだ。
運動能力・運動神経共が飛躍的に上昇する。
彼女の干渉魔術は例外的に、彼女自身の体を操ることができる。
ユロは目の前の兵士の突きをかわした。
「くださいっ!」
そのまま相手の腕をひねり、自分の方へと引き寄せる。
引き寄せた相手を盾にして、後ろにいる兵士を牽制する。
後ろにいる兵士が僅かにひるんだ。
「くそっ!」
ユロに拘束されていた兵士が、ユロの腕を解こうともがく。
更には背後から、2人の兵士が迫ってきた。
ユロは聴覚も強化されているので小さな足音も聞き取れる。
ユロに近づいてくる足音は1人分。もう1人はオグの方へと向かっていた。
「義兄さん、1人そっち行く!」
「分かった!」
ユロに拘束されていた兵士は体をひねり、ユロの拘束から抜け出す。
再び攻撃をしかけてきたが、先にユロの拳による突きをくらう。
兵士は鈍い悲鳴を上げて吹っ飛んでいった。
更に屈んで、後ろから迫ってきた兵士のナイフをかわす。
(――銃は使っていない。味方への攻撃を恐れている?)
この煙の中、動き回る敵に対しては銃を使えないらしい。
ユロは屈んだまま、足を払い兵士の態勢を崩す。
そのまま相手の頭を掴んで、地面に叩きつけた。
「がっ」
兵士が悲鳴を上げる。
相当の衝撃を与えたはずだが、寸前に兵士は受け身を取り、体勢を整え、ユロから距離を取る。
徐々に白い煙は晴れていって、周囲の状況が分かるようになった。
「――義兄さんっ」
ユロはオグの方へと目を向ける。
「だい、じょうぶっ!」
見ると、オグは兵士のナイフを奪い取っていた。
更にオグは兵士の腹に蹴りを加える。
オグはどうやらガスを吸わずに済んだようで、動きにキレがあった。
蹴られた兵士は慌ててオグから距離を取る。
今回の作戦の参加者は全員、戦闘訓練を積んだ人間が選ばれている。
オグもまた、軍の兵士と同じように戦闘訓練を積んだ人間だった。
ユロは再び周囲を警戒する。
攻撃をしかけてきた4人の兵士は一時的に距離をとった。
煙も晴れてきていて視界も良好。
だが視界が晴れたのは相手も同じ。
(……ッ。この状況なら、また狙撃がくる……もし別の方向から来たら……ッ)
その時、声が聞こえた。
『――ユロっ。後ろから狙撃がくるっ。左に飛べっ!!』
声が聞こえてユロは指示通りに左に飛ぶ。
ひゅん、と弾丸が服を裂いた。
「……あっぶなかった……」
背後にあるビルから、先程までのライフル射撃とは別方向からの狙撃。
今、この瞬間まで攻撃をせず隠れていた伏兵。
ユロは背後を警戒しつつ、兵士達を見据える。
「最後のチャンスを逃しましたね。残念ですけど、私たちの勝ちです」
しかし兵達は戦闘態勢を解かない。
目の前の1人が口を開く。
「まだ時間はある。お前もそろそろ魔力切れだろう? ……大人しく投降すれば殺しはしない」
ユロは首を振る。
「いえ。言ったでしょう。私たちの勝ちです。最初に時間をかけすぎましたね」
最初の膠着状態はユロの不意を突くためだったのだろうが、兵士達は時間をかけすぎた。
援軍が来るのに十分な時間が。
「――がっ」
1人の兵士が突如として倒れる。
彼の右足には一本の針が刺さっていた。
ダーツのような形状をしていて、兵士の足に浅く刺さっている。
その針は何もない空間から、いきなりパッと現れ、そのまま兵士の足を刺した。
「これはっ」
『よく耐えたな。ユロ。彼は既に安全な所に移送できた。だから私が来たんだ』
声がユロの耳元に届く。
その声の主は、廃工場の屋上に立っていた。
夜でも分かる金色の髪。ユロと同じコートに身を包んだ女性。
「リズリア・イリアスかっ」
兵士の1人がリズリアを見て、銃を構え――しかし撃つのを躊躇ってしまう。
彼はリズリアの魔術も知っていた。
銃弾はおそらく無効化されてしまう。
しかし相手は屋上に陣取っていて為す術もない。
狙撃手の銃撃も何故かこない……もしかしたら、彼女の能力で既にやられてしまったのかもしれない、と予測する。
「――構わん。全員、一斉に撃てッ!!! 物量で押し切れば、奴も対応しきれまいっ!!」
待機していた兵士が一斉に銃を発砲する。
大量の銃弾がリズリアを襲った。
しかし銃弾はリズリアの目の前で突然消えた。
きれいさっぱり、音もなく、消えた。
代わりにユロ達から離れた場所で、大量の銃弾が現れた。
銃弾は発射された勢いのまま、誰もいない壁の方へとぶつかる。
「あ、あれが転送魔術……」
リズリアの魔術は『転送』。
命を持たない物質を任意の場所へと転送することができる。
銃弾はもちろんこと、自分の声も遠くへと転送することができた。ユロが背後からの狙撃に気づけたのは、リズリアの警告が自分に届いたからだった。
リズリアは手元から小さな針を取り出す。
切っ先には魔術によって造られた麻痺毒が塗られている。
ユロはそれらを素早く投擲する。
狙いは別に適当で良い。
針は再び消え、次の瞬間には兵士達の足下に現れた。
兵士達は為す術もなく倒れる。
同様の方法で、既に狙撃手2人も倒されたのだろう。
静かになった。
「……やっぱり凄いな……」
ユロはそう呟いた。
『オイ。敵はもういないようダゾ』
「ん。そうだね」
ユロはいちおう物陰に隠れて、その場に座る。側ではオグが銃を構えて周囲の警戒に当たりつつ、倒れている兵士を拘束する。
ユロの頭にドラがぴょんと乗る。
「頭痛いなぁ……何の薬だろう?」
『さぁナ。取りあえず体の中から消すゾ』
精霊ドラは契約者を治癒する能力を持っていた。
ただし契約者は治療中動くことができない。
ドラはユロの頭に乗って、ユロの体内にある毒を消し去った。
有害な毒やガスの副作用を消すのは、肉体的な治療よりは短くすむ。
「――ユロ。無事だな」
ちょうど、屋上からリズリアが降りてきた。
彼女も周囲を警戒しつつ、腰を下ろしてユロと視線を合わせる。
「うん。みんなのお陰で。姉さんもありがとう」
ユロはお礼を言う。
実際、リズリアの来なければ危うかった。
「礼を言う必要はない。仕事だからな。助け合うのは当たり前だ」
「そう、かな」
リズリアはユロの肩に手を置く。
「今回の作戦が上手くいったのはお前のお陰だ。お前が目立ったお陰で、襲撃者達はお前を狙ってきた。お陰でバルルは無事に研究所まで輸送できた」
「うん」
「あとお前のお陰で、敵全員の位置が分かったんだ。位置が分からなければ、私の転送魔術でもどうしようもない」
「うん……狙撃手も姉さんが倒したの?」
リズリアは小さな缶を取り出してみせる。
兵士達が使っていたのと似ているガス缶。
これを狙撃手が隠れている位置に転送したようだった。
「お前は充分によくやったよ。けどな、私にとって一番重要なのは……」
「姉さん?」
リズリアの手はかすかに震えていた。
「お前が無事で、良かった」
ユロは何も言えなかった。
――その後。
兵士達を全員拘束し、監察局の応援部隊とともにユロ達も現場を後にした。
バルルは無事に研究所へ移送し、事件は幕を閉じることになる。




