25話 襲撃
王都オルムスト。深夜。
人気のすくない工業地帯を走る車両が一台。
「――今のところ順調かな」
運転席に座る眼鏡の男性、オグは後ろにちらりと目をやる。
後部座席には白髪の女性、魔術監察官のユロが座り、彼女の隣には黒い布で覆われた鳥かごが置かれていた。
「だね……。姉さん達も無事だと良いけど」
精霊『輝く鳥』バルルを研究所へ移送する作戦。
研究所は王都の外れにあり、バルルをそこまで移送しなければならない。
ユロが乗っている車両には、移送対象のバルルは乗っていない。
彼女の隣に置いてある鳥かごの中は空っぽだ。
『――今回の仕事は『囮』カ。全く、お前の仕事はいつも危ないことばっかりだナ』
ユロの肩にはトカゲの姿をした精霊ドラが口をとがらせる。
ユロはドラの頭をそっと撫でた。
ドラの言う通り、この車には移送対象のバルルは乗っていない。
ユロの隣に置いてある鳥かごの中は空っぽだ。
ユロ達の役目は襲撃者の目を引きつけるための囮。
バルルの護衛はユロの姉であるリズリアが担当している。彼女たちはユロ達にも知らされていない秘密のルートを通り、研究所へ向かう手はずになっていた。
「大丈夫だよ、ドラ。本当に襲われるかどうかは分からないし」
とユロは言いつつも気を抜いていなかった。
オグが運転する車は静かに進んでいく。
車の進行ルートは予め決められていた。ルートの各地には、一般人に変装した魔術統括局の職員が待機している。彼らは魔術師ではないが、特殊な訓練を積んだ戦闘員である。
ユロ達が進むルートは、襲撃の可能性が最も高いとされていたルートだった。
人気が少なく、遮蔽物も多い。
その道をあえて進んでいる。
運転席のオグは、はぁと溜息をつく。
「緊張するねぇ。ユロは怖くないかい?」
ユロは首を振り、にっこりと笑う。
「うん。大丈夫。義兄さんも安心して。何かあっても義兄さんのことは絶対に守るから」
「ははは。僕のことは気にしなくても大丈夫だよ。ユロに何かあったら、僕はリズリアに殺されるからね」
「ええ? 義兄さんに何かあったら、私の方が姉さんに申し訳が立たないよ。第一、私だって魔術監察官なんだから。心配しなくても大丈夫だって」
オグはちらりと後ろのユロを見る。
「君は確かに強いよ。けど、それはそれとして心配するさ」
「……私がまだ子供だから?」
「君が大事だからさ。僕にとってもリズリアにとっても。君が優秀かどうかは関係なく、君が無事かどうか心配してしまう。これはもう、どうしようもない」
『……俺もだゾ』
とドラもオグの言葉に同意を示す。
『お前がどれだけ強くなって、優秀になったとしても……俺たちにとってはあんまり関係ないことダ。俺たちにとってはお前が無事で幸せなら、それでイイ。リズリアもきっと同じ思いの筈ダ』
「むぅ……」
『お前が監察官になるのをリズリアが反対したのだって、お前を嫌っているからじゃなイ。ま、確かに言葉は悪かったガ……』
「うん。分かっているよ」
ユロは外の景色を見つめる。
(……姉さんとは仲直りができたけど……まだ全然、話せていなかったな)
家に帰ってきたが、お互い忙しくて仕事以外にはあまり話せていない。
ユロはふと唐突に、姉に会いたくなる。
「うん。この仕事が終わったら、姉さんと――」
しかし最後まで言うことができなかった。
――ユロの視界は、車両の右手側から大きな影が迫ってくるのを捕らえた。
「義兄さんっ! ハンドルを左に切ってっっ!」
ユロが叫ぶ。
オグは慌ててハンドルを左側に切る。
黒い大きな車が右手の路地から突っ込んできたのだ。
相手側の車両も正面衝突をするつもりはなかったのか、相手も衝突寸前に、僅かに左にそれる。それでもユロ達の乗っている車両にぶつかり衝撃を与えた。
『ウォォォォッ』
「ドラッ、しゃべらないで! 舌かむよ!!」
衝撃で窓ガラスが割れ、車内全体が揺れる。
オグは必死にハンドルを握り、前に進もうとする。
車は車道をそれ、直ぐ側の工場の敷地内へと進入してしまう。
着いた工場は閉鎖されたばかりの建物で、敷地は広く、見通しがあり、人気もすくない。
ユロは目の前のオグの頭を掴んで、頭を下げさせる。
自分の右隣にある鳥かごも足下に潜り込ませ、自分も頭を下げた。
バンッという大きな音がなる。
「じゅ、銃声っ?」
オグが悲鳴を上げる。
ユロも信じられない気持ちだった。
(狙撃に適した場所だと思ったけど……本当に撃ってくるなんて!!)
更に銃声が鳴る。
バンッという音と共に、車が大きく揺れた。
タイヤを狙われたのか、車は傾いて動かなくなってしまった。
「義兄さん! 反対側から降りて!」
「わ、分かった!」
ユロはオグに指示を出しながら、自分の魔術を発動させる。
干渉魔術。命を持たない物質に干渉し、自由に操ることができる魔術。干渉した物質を強化することもできる。
ユロは車両のドアを干渉魔術で操作する。ドアの装甲を強化したあと、車から無理やり外す。その強化したドアを盾代わりにして車両から脱出した。ドラはユロのコートのポケットに入り一緒に脱出する。
オグの方もドアの盾に庇われながら、車の外へと出た。
ユロは干渉魔術で鳥かごも操り、自分の側で浮遊させる。
鳥かごの中身は空だが、中にはバルルがいるのだと襲撃犯に思わせるために。
ユロは車から脱出したあと、車両を背にして周りを伺う。
牽制するように再び狙撃の音が鳴る。今度はユロの前、別の方向から飛んできた。
干渉魔術で強度を上げたドアで銃弾を防ぐ。
ユロは銃弾を防ぎながら遠くに視線を送る。
先ほどユロ達の車にぶつかろうとしてきた車は遠くで停止した。
車両の影に隠れてよく見えないが、確実に襲撃者が潜んで機をうかがっているだろう。
『ユロ』
ポケットから這い出てきたドラがユロを見つめてくる。
『やれるのカ?』
「……やるしかないよ」
ユロは状況を飲み込もうとする。
(いくら深夜で人気が少ない場所だとはいえ――街中で銃を撃ってきた。すぐに王国軍がかけつけることくらい、相手だって分かっている筈だ――そのリスクを考慮した上で相手はしかけてきた)
なら考えられる可能性としては。
(――そのリスクが最初から存在していない場合。例えば、今回の襲撃は直ぐにもみ消せられる後ろ盾がある――)
襲撃者が王国軍の誰かではないか、という疑念が確信に変わりつつある。
(けど、いくらもみ消せるといっても限度がある――秘密裏に動かせる兵隊の数にも限りがあるはずだ。兵隊の数に限りがあるのなら、襲撃する場所も絞る必要が出てくるけど――もしかしたら進行ルートが漏れていた?)
相手の正体についてはまだ分からない。
もし情報が相手に漏れていた場合、待機している職員や、バルルが危ないかもしれない。
――作戦の立案者である監察課課長のシェドは情報が漏洩する可能性も考慮して、バルルの移送ルートを秘匿したのかもしれない、と思い至る。
(……でも自分のやることは変わらない。私がここで彼らを引きつければ、それだけでバルルさんが無事に研究所にたどり着く可能性が高くなる)
「――義兄さん。義兄さんは自分のことを最優先に考えて」
とユロがオグに言葉をかけると。
「ユロもね。絶対に死ぬんじゃないぞ」
と、彼も銃を構えながら答えた。
ユロも笑って頷く。
「――さてと」
ユロは手袋をはめ直して、目の前の敵を見据える。
「がんばろ」




