24話 陰謀
輝く鳥バルルを保護した後。
魔術統括局 監察課 課長室にて。
ユロは椅子に座り、机を挟んで1人の男性と向かい合っていた。
目の前には銀髪のハンサムな男性が座っている。
監察課の課長シェド。
ユロ達に輝く鳥の保護を命じた張本人でもある。
ユロは再び、課長に呼び出されていた。
姉のリズリアは別件で捜査中であり、相棒のドラはバルルの話し相手になっているので、今日はユロ1人だけだった。
「ユロ君。わざわざ来てくれて悪かったですね」
「いえ。構いませんけど……」
シェドはにこにこ笑っている。
彼はいつも笑顔を絶やしたことがない、魔術統括局では有名である。犯罪者を裁く時も同様に笑顔らしい。
「まずは礼を。君達のおかげで、輝く鳥バルルを保護することができました。感謝しています」
「いえ。私は大したことはしていません。バルルさんを助けられて良かったです」
「謙虚で大変よろしい。リズリア君も鼻が高いでしょう」
彼は「ただ……」と申し訳なさそうな笑顔を浮かべて、続ける。
「素晴らしい仕事をこなしてくれたんです。本来ならば休暇でも与えたいのですけど……実はまた新しい仕事をお願いしたいのですよ」
彼は申し訳なさそうな顔を浮かべてみせる。
どうにもわざとらしい表情だとユロは思った。
「まずは内容を聞かせてください」
シェドは満足げに頷く。
「仕事の内容は至ってシンプルです。輝く鳥バルルさん。彼を研究課の研究所に移送することが決まりました。君には移送の護衛をしてもらいたい」
魔術統括局 研究課。
王国の管理課のもと、魔術についての研究を行う組織だ。
研究の公平性を保つため、研究所は監察官が所属する監察課がある建物から離れた場所にある。
「研究所への移送の護衛ですか。確かに研究所は王国の外れにあって、ここから離れていますけど……。なぜバルルさんを研究所に移送する必要があるのでしょうか?」
「彼について詳しく調べて、彼が本当に精霊だと確証を得るためですね。研究所なら精霊を調べるための装置もそろっていますから」
「確証を?」
ユロはバルルの力を実際に目にしている。
歌うことで人間の感情を動かすことができる『輝く鳥』としての力を。
彼が精霊であることは間違いない筈だった。
シェドもユロの疑問に気がついたようだ。
笑いながら話を続ける。
「確かに、彼が特殊な力を持つ精霊であることは一目瞭然です。でもね、研究所で精査した正式な検査結果が必要になってしまったんですよ」
と彼は事の経緯を説明し始めた。
「バルルさんを保護するための工場の強制捜査には王国軍も同行したでしょう? 強制捜査の名目は『従業員を過剰に働かせる工場の摘発』でしたからね。我々は魔術に対する現象については介入できる権力を持ちますがが、それ以外の事象については弱い。だから軍の協力は不可欠でした」
「ええ。その結果、工場の関係者も逮捕することができました」
シェドは溜息をつく。
「困ったことに情報が漏れてしまったのか、王国軍に輝く鳥の存在がばれてしまいました。彼らは輝く鳥の引き渡しを我々に要求してきています。『重要な証拠品だから』という理由でね」
「ああ……。なるほど」
ユロも事情を理解し始めた。
王国軍と魔術統括局の折り合いは悪い。
王国軍としては、魔術に関わる権利を独占している監察局が面白くはない。
統括局としても、権力を振りかざし、横柄な要求を繰り返す軍を嫌っている。
お互いに縄張り意識があり、至る所で衝突を繰り返しているのが現状だった。
ユロは起きたことを整理する。
「バルルさんは正式に精霊だと証明できていません。精霊だと証明できれば、彼は私たち魔術統括局で保護できますが……彼が精霊だと断定できない今なら、王国軍もバルルさんの身柄を要求できる」
「その通りです。だからバルルさんを研究所に移送して、検査を受けてもらう必要があるのですよ」
「なるほど……。経緯は分かりました」
とユロは言うが、彼女の表情は暗い。
「経緯は分かりましたけど、そもそも王国軍はなぜ輝く鳥バルルさんの身柄を要求してきたのでしょうか?」
「ふむ。何故だと思います?」
シェドはユロを試すように質問を投げ返してきた。
ユロには既に1つの予想がついていた。
非常に暗くて不愉快な予想だ。
「王国軍は輝く鳥の力を欲しがっているのでしょう。事件の証拠品として押収し、バルルさんを手に入れようとしている」
シェドもユロの答えに頷く。
彼は未だに笑っている。
「私も同じ予想ですよ。王国軍も工場の従業員達から聞き込みをして、輝く鳥の力についてはある程度予想が付いているでしょうねぇ。感情を操る力……ふふ、軍人や政治家達がこぞって欲しがりそうです」
人の感情に働きかけ、感情を増幅させる能力を持つ精霊『輝く鳥』。
その力を手に入れて利用したいと考える人間は確かに多いのだろう。
ユロは想像して、非常に不愉快な気持ちになった。
「……確かにバルルさんを守るためには、精霊であるという証明が必要になりますね。彼が精霊だと認められれば、魔術統括局が彼を正式に保護できます」
「その通り。だからユロ君には研究所への移送の護衛をお願いしているのです」
「…………」
「おや、どうしました?」
ユロは目の前の課長をじぃっと見つめる。
「シェド課長は……バルルさんを研究所への移送中に、誰かに襲われると考えています?」
ユロの問いにシェドは「ははは」と笑う。
随分とうさんくさい笑い方だった。
「可能性はもちろんあると思いますよ。彼らがそこまで乱暴な手段は取らないと信じていますけど、ね」
「……ですか」
「ユロ君にも最悪の事態に備えておいてほしいですね」
とシェドは笑う。
どうにもうさんくさいとユロは思った。
シェドは襲撃があると確信しているように見えたからだ。
――しかし監察官として仕事はしなければならない。
だから、1つだけ確認しようとユロは思った。
「シェド課長。何度も質問して申し訳ございません。ただ1つだけ確認させてください」
「どうぞどうぞ」
「最優先すべきはバルルさんの身の安全、ですね?」
バルルの身の安全と尊厳を守ることが最優先。
ユロにとっては譲れない一線だ。
ユロはシェド課長の話を聞いて、1つの物語を想像していた。
(――例えば、今回の移送は襲撃者をおびき寄せるためのものかもしれない。バルルさんを囮にして、襲撃者……王国軍の人達をおびき寄せて捕らえる。そうすれば、軍に優位に立てる)
移送が決まった経緯がどうしてもきな臭く感じて、そう邪推をしてしまう。
(バルルさんの身を守る以外の理由があるのなら、今回の仕事は断ろう。私だけでも彼を守るために動けば良い)
ユロの問いに対して、シェドは変わらず笑みを浮かべながら――ただユロを真っ直ぐに見つめて、答えた。
彼は真っ直ぐユロを見て答える。
「もちろんです。彼はあくまで統括局の保護対象。彼を危険にさらすような真似をすれば、統括局の立場が危うくなってしまう。だから彼のことは絶対に守りたいと私は考えていますよ」
「……随分とまぁ。はっきり言っちゃいますね」
シェドの答えは極めて打算的なものだった。
組織が無事ならバルルのことはどうなっても良いと言っているに等しい。
「ダメですか? 私としては正直に答えたつもりだったんですけどねぇ」
ただ個人の尊厳が踏みつけられるような事態が起きれば、それが組織の存在意義を脅かすことにも繋がるのだと、彼は言っている。
彼の本心なんて分からない。そこまで彼という人間を知っているわけでもない。
ただ彼から、その言葉を引き出せたので、今は充分だと思った。
「いえ。聞けて良かったです」
ユロは仕事を引き受けた。
――そして夜。
輝く鳥バルルの研究所への移送が開始された。




