22話 正しさから離れた場所
インテグラ王国の中枢。王都オルムスト。
西側 工業地帯にある自動車工場にて。
時刻は深夜にもかかわらず、工場には明かりが灯り、中では作業員達が働いていた。
彼らは一様に疲労の色が濃く、今にも倒れそうだった。
彼らの一部は責任者に呼ばれ、入り口付近に集められる。
作業員達は輪になって並び、その輪の中心には一匹の鳥がいた。
銀色に輝く鳥。
鳥かごの中にいれられた、その輝く鳥は突如として歌い出す。
作業員達は輝く鳥の歌に心酔し、目がギラギラと輝き始める。
歌が終わると、彼らは元気よく走り出して作業場へと戻っていった……。
「――今のが、この工場の現状です。この工場では『輝く鳥』の力を利用して、作業員達の心を無理やり奮い立たせて働かせています」
工場の二階にあり、工場を見渡せるように窓が設置された部屋。窓際に立つ1人の女性がそう語る。
眼鏡をかけた、まだ若い女性。栗色の短い髪。同じ色の瞳。
彼女の名前はミェラといった。
「なるほど。よく分かりました。ミェラさん」
彼女の隣には白髪の少女が立っている。
薄い黒色をしたコートに身を纏った長身の女性。
魔術監察官のユロ。
彼女の右肩には黒色のトカゲ、精霊のドラもいる。
――精霊『輝く鳥』。
歌うことで人の感情に働きかけ、感情を増幅させる能力を持つ精霊。
ユロの今回の仕事は輝く鳥の捜索で、その中でミェラと出会った。
ユロはミェラを見ながら言う。
「あなたの協力のお陰で、私は工場の実情を知ることが出来ました。感謝します」
ミュラは首を振る。
「あなたたちは、この工場が怪しいと疑っていたのでしょう。私の手引きがなくても、いずれ真実を突き止めたのではなくて?」
ミェラの言う通り、この工場が怪しいとユロ達は疑っていた。
輝く鳥の目撃情報があった付近であり、従業員の過剰労働が問題になっている。
しかし、あくまで疑わしいというだけだった。
「ミェラさん。確かに怪しいと疑っていましたけど、まだ確証もありませんでした。でも、今はあなたが協力してくれたお陰で確証を得られました。王国軍を動かすには充分です」
「王国軍に? あなたたち魔術監察官ではなくて?」
「『輝く鳥』の確保は私たち魔術監察官の領分ですが、違法な工場を摘発するのは王国軍の領分になりますね」
王国軍。
インテグラ王国の軍隊。
魔術監察官が所属する【魔術統括局】は魔術についての犯罪を取り締まることができるが、それ以外の権限はない。
魔術以外の犯罪を裁くのは王国軍の役割だった。
「あなたの望みは2つでしたね。1つは監禁されている輝く鳥の保護。2つ目は、この工場の摘発――工場長である、あなたの父上を逮捕すること」
ユロの言葉にミェラは頷く。
輝く鳥を捜索しているユロに近づいたミェラは全て白状した。
工場長が輝く鳥を利用して、作業員達を違法に働かせていること。
その工場長が自分の父親であること。
「ええ。私の……願いです。実行するのが遅すぎましたよ」
とミェラは窓にもたれかかる。
目元のクマが酷くて、目に見えて憔悴していた。
「……私は知らなかったんです」
とミェラはぽつぽつと語り始める。
「親に学費を払ってもらって、離れた場所の大学に通っていました……父とも電話でやりとりする程度で……父の仕事を知ろうともしませんでした。久しぶりに家に帰ってきて……工場の噂を聞いて……知りました」
「あなたのせいではありませんよ」
とユロは言うが、ミェラはかぶりを振る。
「父が稼いだお金で学校に通い、食事をして、本も買いました。不自由なんてしたことがありませんし、贅沢だと疑ったこともありません……こんな私に罪がないと言いますか?」
ユロは何も言えずに言葉につまってしまう。
ミェラはゴンと自分の頭を窓にぶつけた。
「私は一度、輝く鳥を逃がそうとしました。でも、輝く鳥は父に再び捕らえられた……、第一、輝く鳥を逃がしただけでは父の罪は裁かれない。全て公の元にしないといけないんです……だって、過労で、死んだ人だって……」
彼女はずるずると、その場に倒れ込んでいく。
ユロは屈んで彼女の肩に手を置いた。
ミェラの体は震えていた。
「わ、私は知らなかった……知らずに、のうのうと生きてきたんです……」
ユロはミェラの体をさする。
どうにか彼女の苦しみが和らいで欲しいと願いながら。
「私は自分のことを立派な人間、とはいかなくても……良識のある人間だと思っていました。学生の時は、慈善活動には頻繁に参加しましたし……恵まれない人のためにできることをしようと思っていました。嘘じゃないんです!」
とミェラは叫ぶ。
ユロは彼女の話に耳を傾けながら、頷く。
「立派なことだと思いますよ」
「……でもね、ユロさん。全然違ったんです。私は、最初から。全部。違ったんですよ。間違いだったんです」
「…………ミェラさん」
「沢山の人が苦しんでいたのに、私は何も気づかなかった。知らないで、毎日を過ごしていたんです。自分が良い人間だと疑うことすらせずに! だから全部間違いだったんです。間違い、間違い、最初から!!」
ユロはミェラの手を取り、両手で握りしめる。
ミェラは目の前の少女の顔を呆然と見上げる。
「ミェラさん……私が何を言っても、あなたの力になれないかもしれません」
「…………」
ユロは息を吸って、言う。
「でも、言います。あなたの全部を否定しないでください」
「…………ユロ、さん」
「あなたは自分のお父さんの悪事を告発することを選んだ……誰にでもできることではありません。それだけでも、あなたは凄いことをしたんです」
ミェラはユロの手を握り返した。
「今は……すごく苦しくて、大変な場所にいるから、自分のことを大事にするのもきっと難しいと思います。でも、あなたがこれまでしてきたことも、今したことだって間違いはありませんでした。私はそう思います」
ユロは少しだけ微笑んだ。
何の救いにもならない、ただの言葉。
でもユロは言わずにはいられなかった。
――ユロが工場の真実を知った三日後。
王国軍と魔術統括局による工場の強制捜査が行われた。
輝く鳥は保護。
工場長を始めとする責任者は逮捕された。
工場の過剰労働問題は新聞でも取り上げられ、国民からの非難の言葉は責任者達の親族まで及んだ。
ミェラは母親を連れて王都から離れることになる。
――更に月日が経ち。
全ての事件が片付いた後。
ユロの元に、ミェラからの手紙が届いた。
彼女は王国の外れにある田舎町に引っ越し、そこで教師として働いているようだった。
手紙には簡潔な近況報告だけで、彼女の気持ちまでは書かれていなかった。
ただ彼女は今も生きている。
幸福なのか、不幸なのか。
正しいのか、間違っているのか。
そこに明確な答えはないが、彼女は確かに生きているのだとユロは知った。




