20話 近況報告
1年前。
ユロが16歳の頃。
魔術監察官の試験を合格した日の夜。
イリアス家の広間にて。
彼女の姉、リズリアはユロが魔術監察官になるのを最後まで反対していた。
彼女の夫であるオグも反対していたが、彼女が試験を優秀な成績でパスしたので何も言わなくなった。
しかしリズリアは最後までユロが監察官になるのを認めなかった。
理由は簡単で。
「――危険な仕事だ。お前がそんな仕事をする必要はない」
とシンプルな理由だった。
ユロはすぐに自分の意見を言う。
「分かっているよ。危険な魔術師や、未知の魔術と対峙する可能性が常にある仕事だもの。危険はちゃんと分かっている。けど試験は合格できたよ」
リズリアは首を振る。
「分かっていない。危険はそれだけではないんだ。魔術監察官は魔術統括局に属することになる。統括局も結局は国の管理下の組織に過ぎない。国の管理下のもと権力を振るい、誰かを裁く立場になる――その意味をお前は分かっていない」
リズリアの有無を言わせない迫力に、ユロは一瞬だけ言葉につまる。
目の前にいるのはリズリア・イリアスだ。
6年間、自分を不器用ながらも優しく育ててくれた姉ではない。
魔術監察官として多くの事件を解決してきた、凄腕の魔術師。
知識も経験も、自分とは比べにもならないことは分かっていた。
それでも彼女は目の前の姉に反論した。
「……確かに姉さんからみれば、私は何も分かっていない子供なのかもしれない。けど、それで諦めたら、私はずっと子供のままだよ。私は自分にできることをしたいの」
「なら、わざわざ魔術監察官にならなくても良いだろう。他にも道があるはずだ。『あの男』と同じ道を選ぶ必要がどこにある?」
あの男。
ユロがイリアス家の養子になるまで、彼女を育て上げた魔術の師匠のことだ。
彼もまた魔術監察官だった。
そしてユロを虐待同然の扱いをしていた人間でもある。
彼の話題はイリアス家の禁忌だったが、リズリアはつい、彼について言及してしまった。
「あの人のことは関係ないよ。あの人のせいで私は自分の人生を狭めなきゃいけないの? そんなのはイヤだ」
ユロはきっぱりと答える。
リズリアは吐き捨てるように言う。
「そうか……なら。勝手にしろ」
ユロも短く答えた。
「うん。勝手にするよ」
ユロは広間を出て行く。
それから約1年。
ユロとリズベルは殆ど会話をすることはなかった。
たまに電話で会話をする程度で、顔を会わせることはなかったのだった。
――そして現在。
イリアス家の広間にて。
食事を終え、ユロとリズリアは机を挟んで向かい合っていた。
リズベルの横にはオグが、ユロの隣にはドラがそれぞれ心配そうな顔で自分のパートナーを見つめている。
まずユロが口火をきった。
「……姉さん。家に帰るのが遅くなってごめんなさい」
と頭をさげた。
「電話するときも、すぐに会話を切っていたし……。結局、家に帰るのに1年も経ってしまった。ごめん」
リズリアは腕を組み、ユロを見つめる。
「……別に良い。お前は自立して働いているんだ。好きに生きて良い。私も……」
リズリアは暫く考えたあと、頭を下げた。
「ずっと意固地になっていた。お前を見ようとしなかった。すまない」
「姉さん……」
横にいるオグ達は表情を和らげた。
リズリアは話を続ける。
「報告書でお前の仕事振りは知っている。1年間、お前は充分に成果を示しているな。お前の能力を正しく理解できていなかったのは私の方だった。それについても謝罪をさせてほしい」
「ありがとう。でも姉さんの言う通りでもあったよ、私なんてまだまだだもの」
リズリアはそこで「しかし」と言ったので、隣のオグは体を強ばらせた。
「無茶をしすぎた、お前は。事件の度に重傷を負って。ドラがいなければ、どうなっていたか……!」
とリズリアはユロをにらみつける。
は思わず、隣のドラに助けを求めて視線を送るが。
『全くダ。もっと言ってやってくレ』
「ドラァ……」
ドラはリズリアに加勢してしまった。
『俺はユロの傷を癒やせるガ、万能じゃなイ。第一、死んでしまえば俺は何もできないんダ。なのにユロは毎回無茶をすル』
「で、でも……」
『それニ。自分の体を干渉魔術で弄るのも止めなイ』
干渉魔術。
ユロが扱う魔術で、物体に干渉して、操作・強化することができる魔術。
ユロは干渉魔術を自分の肉体に使うことができた。
彼女が彼女自身をものだと認識しているためだ。
リズリアはユロをにらみつける。
「ユロ。自分に干渉するのは控えろと言ったはずだ」
「……ごめん。緊急時以外は避けるよ」
『お前の場合はいつも緊急時ばかりなんだよナァ』
とドラは溜息をついた。
リズベルも溜息をついたあと、話を続ける。
「ユロ。明日から仕事だが……私と一緒に行動することになる」
「えっ、姉さんと!?」
「お前は確かに優秀だが、私はまだお前を一人前と認めていない。それを見極めさせてもらうぞ」
姉と一緒に仕事をするのは初めてだった。
ユロは胸の高まるのを感じていた。
「う、うん。よろしくお願いします」
「ああ。こちらこそ、よろしく」
リズリアは僅かに顔をほころばせる。
「明日は朝から統括局に行く。今日はもう寝なさい」
と優しく言う。
ユロも素直に頷いた。




