19話 家族
今回の話から3章開始です。
よろしくお願いします。
インテグラ王国の中枢。王都オルムスト。
王国の政治経済の中心地。
交通インフラも発展しており、国中を繋ぐ列車の他にも、地方ではまだ珍しい自動車が街中を走っている。
「相変わらず人が一杯だねぇ」
駅前広場にて一人の少女がハァと息を吐く。
真っ白の髪。長身。薄い黒色のコートに身を包み、手には大きな黒い鞄を持っている。
少女の名前はユロ。年齢は17歳。
彼女の職業は魔術監察官。
王国では許可のない魔術の使用は禁止されている。王国内の魔術を管理する組織として【魔術統括局】があり、魔術監察官はこの組織に属している。
魔術が正しく使用されているかを調査・監督するのが魔術監察官の仕事だった。
『そうダナ』
ユロの鞄から1匹の緑色のトカゲが這い出る。
トカゲの名前はドラ。精霊と呼ばれる魔術に関わる生命体。
ユロの使い魔であり相棒。
ユロは魔術監察官として国中を巡っている。
先月まではある田舎にて、行方不明の魔術師を捜索する任務についていた。
しかし今回は仕事ではない。
「うう。気が重い……」
ユロは肩を落とす。
そんな彼女をドラはたしなめる。
『いい加減、腹をくくれヨ。家族に会うだけだろうガ』
「そうなんだけどさー……」
彼女は家族に会うために王都に戻ってきた。
ユロに両親はいない。
彼女が5歳の頃に両親は死別。
そのあと、魔術の師匠に育てられたが、その師匠も彼女が10歳の時に死亡。
10歳の頃に今の家族――イリアス家の養子となった。
「義兄さんに会うのは良いんだけど……姉さんと何て話せば」
『お前が魔術監察官になるときに大げんかしてから、まともに話してねぇからナ』
「うーん……」
ユロが16歳の時、彼女は周囲の反対を押し切って魔術監察官になった。
自分が魔術監察官になるのを一番反対した姉の姿を思い出す。
当時は自分も感情的になりすぎた、と反省している。
「うん。良い機会だから、姉さんとちゃんと話そう」
『それがいいナ』
ユロとドラはお互いに頷きあう。
イリアス家に向かうためにバスを探そうとユロが歩き出すと、ちょうど彼女の側に黒い車が一台止まった。運転席の窓が開いて、見知った顔が出てくる。
「ユロ。こっち、こっち」
ユロは車のドアを開けて、後部座席に座った。
「久しぶり。ユロ。列車は順調だったかい?」
運転席には眼鏡をかけた男性が座っていた。
僅かに青色がかかった髪の色に、穏やかな顔立ち。好青年というイメージがぴったりと会うような男性だった。
ユロは頷く。
「うん。順調だったよ、ありがとう。オグ義兄さん」
青年の名前はオグ・イリアスといった。
彼自身は魔術師ではないが、魔術統括局の事務員として働いている。
イリアス家の婿養子であり、ユロの姉の夫である。
ユロは車内をキョロキョロと見回しながら、言う。
「義兄さん。車、買ったの?」
オグは首を振る。
「いや。監察局の車だよ。ちょっとばかり借りてきたんだ」
「えぇ。勝手に使って良いの?」
「監察官の送迎は業務の範囲内さ……おっと、ドラも久しぶり」
オグはドラにも笑いかける。
『オウ。久しぶリ。安全運転で頼むぜ、オグ』
「はいはい。それじゃ出発するよー」
ユロ達を乗せた車はゆっくりと発進した。
舗装の轍で揺れつつも、オグの運転が上手いのか、快適な乗り心地だった。
ユロは窓にもたれながら王都の景色を眺める。
街中は人で溢れていて、中には集団で集まって話し込んでいる人達もいた。
「……なんだか騒がしいね」
ユロの呟きにオグも応じる。
「そうだねぇ。王都はいつも何かしらの問題で騒がしいけど、最近は特に色々あったからね……。今日の新聞、読むかい?」
車が停止中にオグは左座席に置いてあった新聞をユロに投げてよこした。
ユロは新聞の見出しに目を通す。
目に付く見出しは以下の通りだった。
『王国軍の特殊部隊の設立? 不透明な資金の行方は?』
『ホード神父による痛烈な教会批判。彼の潜伏先は王都か?』
『労働者の過剰労働。工場責任者は沈黙』
ユロも毎朝できる限り新聞には目を通しているので、知っているニュースは多かった。
ユロは新聞を見ながら呟く。
「軍の特殊部隊かぁ。前も似たような話があったような……」
「あった、あった。前の話は結局、軍の資金を使い込んでいた役人が、それを誤魔化すためにでっち上げた架空の部隊だったけどね。ただ今回のはどうやら本当に設立したって噂だよ。非正規の部隊で、所属している兵士も正式な軍人ではない、とか」
「統括局には何も話が来ていないの?」
「ないねぇ。軍と統括局は仲が悪いから。むしろ、特殊部隊は魔術師に対抗するための部隊だって話も聞くよ」
「……義兄さんはどこから、そういった話を仕入れてくるの?」
「内緒」
と話をしていると、車がとまる。
いつの間にかイリアス家の自宅に到着していた。
車から降りて、ユロは自分の家を見上げる。
王都の住宅街にある、大きい二階建ての家。
小さな庭。時代を感じさせるレンガ作りの屋根。
(帰ってきたんだ……)
「お帰り。ユロ」
とオグも笑う。
『久しぶりの我が家だナー』
とドラも笑った。
「うん」
とユロも頷く。
オグはユロの鞄を受け取り、歩き出す。
「さてと。リズリアは中で待っているよ。行こうか」
姉の名前を出されてユロは一瞬だけびくっとした。
深呼吸をしてから家へと足を踏み入れ、リビングへと向かう。
廊下を進み、扉の前に立つ。
ユロはゆっくりと扉を開いて、リビングの中に足府を踏み入れた。
「リズリア姉さん。ただいま帰りました!」
とユロは元気よく挨拶する。
返事はない。
――リビングの奥側。扉を背にして、一人の女性が椅子に座っていた。
首元で切りそろえた金色の髪。青色の瞳。背は高く、すらっとしている。
その女性はユロには目もくれず、新聞を読んでいた。
「あ、あのー。姉さん……」
ユロが遠慮がちに声をかけるが、女性はわざとらしく無視している。
「ふん。また物価が上昇か……全く、これも軍が無駄金を使うからだ」
などと独り言を呟いている。
ユロの前をオグが通り過ぎ、そのまま女性の方へと近づく。
オグは自分が持っていた新聞を丸めて、女性の頭を叩いた。
「なーにやっているんだよ、リズリア。可愛い妹が帰ってきたのに、その態度はないだろ」
とオグは呆れたように溜息をつく。
金髪の女性、リズリアは気まずそうに目をそらす。
「は? ユロが帰ってくるのは今日だったのか? 知らなかったな」
オグはまた新聞紙でリズリアの頭を叩く。
彼はユロの方を向いて、頭を下げた。
「ごめんよ、ユロ。感じが悪くて。誤解しないで欲しいんだけど、リズリアはずっと君が帰ってくるのを待っていたんだ。もう一週間前から『ユロが帰ってくるのは今日だったか?』ってそわそわしていていてさ」
「……ッ! そわそわなどしていない」
リズリアは顔を赤らめて立ち上がる。
彼女はようやくユロの方を向いた。
目の前にいるユロをみて、リズリアははっとした表情を浮かべる。
「久しぶりだな……少し、背が伸びたか?」
「……どうだろ」
と、ユロは遠慮がちに答えた。
リズリアは咳払いをして、話を続ける。
「あー。悪かった。確かに感じが悪かった……お帰り、ユロ」
とリズリアはぎこちない笑みを浮かべた。
リズリア・イリアス。
魔術師であり、ユロと同じ魔術監察官でもある。
優秀な監察官でもあり、多くの事件を解決している。
そしてユロの姉でもある。
イリアス家に引き取られてから5年の間。ユロに最も愛情を注いだ人間。
「うん。ただいま、姉さん」
少女はこうして家に帰ってきた。




