17話 思い通りにならないこと
魔術人形ティーゼの拳によってユロは地面に叩きつけられ、そのまま町の入り口まで吹き飛ばされる。
ユロは素早く体勢を立て直した。
街の外まで来たが、入り口の近くなので、時計塔はまだ見える距離にある。
(――この距離なら干渉魔術で物体を飛ばせば、時計塔の破壊は阻止できる)
ユロは立ち上がり、ティーゼを探す。
「驚きました。骨を砕くつもりで殴ったのですが……」
ティーゼは既にユロの近くにいた。
彼女は次に蹴りを繰り出す。
鋭い蹴りをユロは両腕でなんとか防ぐ。
「……干渉魔術で自分の肉体を強化しているのですか……ユロ様にとって自分の体はものなのですね」
ティーゼは自分の足を引っ込め、直ぐに体勢を整える。
ユロは距離を取ろうと背後に飛ぶ。
しかしティーゼには既に攻撃の準備ができていた。
「ああ。なるほど。これが相手を『哀れ』だと思う気持ちですか」
ティーゼは腰を下ろして、鋭い突きを繰り出す。
「……がぇっ」
ユロの腹にティーゼの拳が突き刺さる。
骨が折れる鈍い音がした。
ユロはまた飛ばされ、地面に這いつくばる。
「まだ動けるようですね。では次に足の骨を折ります」
ティーゼはすぐさまユロに近づく。
しかし突如として現れた壁に阻まれた。
「……ッ」
ユロの側の地面が隆起して壁として立ち塞がったのだ。
「――あまり、私を舐めないでください」
ユロは干渉魔術で地面を操作し、土の壁を作った。
ティーゼは壁から離れて、ユロが見える距離へと――魔術による攻撃を警戒しながら――移動する。
ユロはよろよろと立ち上がり、ティーゼを睨む。
ユロの目を見て、ティーゼは始めて『恐怖』を覚えた。
少女は獲物を冷徹に見据える狼のような目をしていた。
「あなたを倒す為の準備が終わりました。だから、最後の警告です。もうやめてください、ティーゼさん。あなたが止めないと、私はあなたに酷いことをしないといけなくなります。抵抗するのなら拘束ではなく、排除しなければなりません」
「…………できない相談です」
ユロはティーゼを眺めて言う。
「ねぇ、ティーゼさん。あなたがやろうとしていることなんて、意味はありませんよ」
「…………なんですって?」
ティーゼは僅かに声を強ばらせる。
ユロは構わずに話を続ける。
「時計塔を壊せばカリーナさんは確かに悲しむでしょう。幽霊としてより長く存在できるかもしれない――けど」
ユロはティーゼから目を離さず、
「悲しみなんて、いずれなくなります」
そう言った。
「当時どれだけ辛くても――時間が経てば、傷はどうしたって小さくなります。あれだけ苦しんでいたのが腹立たしくなるほどに」
ユロにとってもそうだ。
師匠と過ごした日々は辛く、未だに彼女の傷ではある。
「私だって……昔のことを思い出すことは減ってきましたから」
――それが、彼女にとってはとても腹立たしかった。
いつか過去の傷が癒えるような劇的な出来事があるかもしれない、と願っていたが、そんなことは起きなかった。
なのに、時間と共に傷は過去のものになっていく。
傷は癒えていないのに、思い出すことは減っていく。
残るのは醜い憎悪だけ。
あのとき、泣いていた自分はなんだったんだ、と怒りがわく。
ユロが話す口調にも次第に熱がこもっていった。
「時計塔を失っても、カリーナさんはいずれ立ち直りますよ。その時あなたはどうするんです? また別の何かを、カリーナさんが大切にしていたものを壊すんですか!?」
「…………それは」
「カリーナさんが大事にしている家具を壊します!? 庭をメチャクチャにします!? 家ごと燃やしますか!?」
「――――もういいです」
「どれだけなくして、悲しんだとしても――ずっと悲しんでいられるわけないじゃないですか。人間なんですから……!」
「―――――黙れッ!!」
ティーゼは叫び、ユロに飛びかかろうとする。
しかし、できなかった。
ティーゼの足下の地面が突如として陥没して、足がとられたのだ。
そのまま大きな落とし穴が空く。
「――――ッ」
ティーゼはなんとか動き、落とし穴に落ちることは防いだ。
ゴウッと大きな音がなる。
ティーゼは頭上を見上げる。
自分に目がけて大量の木々が落ちてきた。
「なっ…………」
ユロは既に周囲に干渉魔術を発動させていた。
今の彼女は周囲の地面や森を自由自在に操ることができる。
強化された木の枝が重なり、ティーゼを押しつぶす。
「がっ!!」
更に細い木の枝が組み重なり、あっという間にティーゼを拘束する檻ができあがった。
「――終わりです。ティーゼさん」
ユロは彼女の元まで降りてきて、告げる。
しかしティーゼは諦めようとしなかった。
「終わりなものか……! まだ!!」
頭上の木々を押しのけようと腕を上げる。
しかし別の木の枝がティーゼの腕に絡みつき、自由を更に奪う。
ティーゼは檻から出ようともがく。
がんっ、がんっ、とティーゼが暴れる音が鳴り響く。
「終わりですっ もう、やめてください……」
ユロの声は次第に小さくなっていった。
「私はまだ戦えますっ。何も諦めていないっ」
「……やめてくれないと、本当にあなたを倒さないといけないんですよ……」
ティーゼは暴れながら叫ぶ。
「なら、そうしなさい!! 私を止めたければ私を排除すればいい!」
ティーゼの叫びに対して、
ユロの返答は本当にか細いものだった。
「――私はそんなことしたくありません」
か細い声だったが確かにティーゼには聞こえた。
ティーゼは暴れるのを止めて、顔を上げる。
そして目の前の少女の異変に気づいた。
目の前の少女は泣いていた。
「……私に、そんなこと、させないでください」
ユロは顔をぐしゃぐしゃに歪めて泣く。
子供みたいだ、とティーゼは思う。
――そして、目の前の少女はまだ子供だったと気づく。
「せっかく仲良くなれて――、私は――ティーゼさんを殺したくなんかありません」
ただの泣き落とし。
子供の我が儘。
彼女は本当になんなんだろう、とティーゼは考えた。
自分のことはものだとしか認識できないのに、目の前の相手を傷つけたくないと泣いてしまう。
――本当に、哀れだと思った。
ただ最初に抱いた感情とは少しだけ違っていて、
泣いている少女を慰めてあげたい、安心させてあげたい、といった想いも一緒に引っ付いてくるような感情だった。
ユロのことを敵だと認識していたかったというのに。
感情が邪魔してくるのだ。
手に入れた心というものは。
まるで思い通りにならなかった。
「――分かりましたよ。止めます」
ティーゼはユロにそう言った。
――――
そして、夜が明ける。
夜が明けるまでの間、ユロ達は森の中にいた。
ユロは精霊のドラによって治療してもらった。彼は契約者であるユロの傷を癒すことができた。しかし治療中はユロも身動きが取れないため、移動する訳にもいかなかったのだ。
ティーゼは檻から出た後、じっとユロの治療が終わるのを待った
夜が明けたあと、二人はカリーナの家へと向かった。
どちらからともなく手を繋いで家へと帰る。
家に着くと、カリーナは既に起きていた。
カリーナは帰ってきた二人を見つめる。
二人とも服装はボロボロで、何故か手を繋いでいた。
「なんだい。ケンカでもしてきたのかい?」
とカリーナは笑って言った。
彼女の言葉を聞いて、ユロもつられて笑う。
魔術人形のティーゼも、少しだけ穏やかな表情を浮かべた。
次話で2章完結です。
よろしくお願いします。




