16話 生きるために必要な
町の広場にある時計塔が壊された。
時計塔の高さはおよそ四階建ての建物と同じ高さ。壊されたのは時計の部分で、頂上近くの外壁に設置されている。
時計塔の真下には岩の破片が散らばっていて、どうやらそれがぶつかったようだった。
最初の発見者は酒場の店主。時計塔のすぐ近くに住んでいて、事件にもいち早く気がついた。
時刻は朝の四時頃。大きな物音が外から聞こえて、店主は飛び起きて、広場の様子を見に行った。
広場には既に誰もいなく、時計も壊れて動かなくなっていたらしい。
ただ修理すれば、また元通りになるらしい。
翌日。朝4時頃。
白髪の少女、魔術監察官のユロは時計塔近くの家の影に隠れて立っていた。
まだ陽が昇っていない外はひどく寒くて、少女は肩を震わせている。
トカゲのドラはユロの肩に乗って、同じように寒さに体を震わせていた。
『――デ。時計塔を壊そうとした犯人は今日も来るのカ?』
ユロは頷く。
「確証はないけどね。ただ――勘だよ。犯人が彼女なら、確実に時計塔を壊そうとする」
時計塔を壊そうとした犯人の動機。
ユロにはその動機に心当たりがあった。
また時計塔を壊せるような犯人にも。
「酒場の店主さんがかけつけた時には犯人の姿はなかった。犯人は岩を時計塔に投げたんだろう。けど重い岩を高い塔に向かって投げて、なおかつ素早く逃げ出すのは……人間には少し難しいんじゃないかな」
『人間にはナ』
「……うん。人間には」
ユロはふと空を見上げる。
冬の澄んだ夜空が浮かんでいる。
「寒いな……」
ユロには確証があった。
彼女はきっと来る、と。
――そして予想通り。彼女は時計塔の広間にやってきた。
始めて会ったときと同じように、静かに、目的の時計塔を目指して。
彼女は両手に大きな岩を持っている。
彼女はそれを振りかぶって、時計塔の時計目がけて投げた。
岩は真っ直ぐに時計へと目がけて飛ぶ。
「…………ッ」
ユロは干渉魔術を発動させる。
ものを自在に操り、強化もできる魔術。
干渉魔術の対象はカリーナの家から拝借してきた木の板。それを魔術で強化させ、岩と時計の間に壁として割り込ませる。
壁に阻まれ、岩は地面に落ちた。大きな音を立てて、岩と木の板は砕ける。
ユロは物陰から出て、犯人に近づく。
「――ティーゼさん」
カリーナのメイド。魔術人形のティーゼ。
家といるときと同じメイドの格好。
表情を変えず、彼女もまたユロを見ていた。
「ユロ様でしたか。私に気づいていたのですか?」
ユロは頷く。
カリーナはやれやれと言うように首を振った。
「やはり人間は難しいですね。ユロ様が犯人は私だと気づいている可能性に、私は考えつきもしませんでしたから」
「……私だって信じたくなかったんですけどね」
最初の事件から、今日の夜までの一日。
ユロはティーゼと一緒にいた。
時計塔が壊されたと聞き、悲しむカリーナを励ますティーゼを見たのだ。
「この時計塔はカリーナさんの旦那さんが大事にしていた時計塔だと聞いています。だからカリーナさんは旦那さんが亡くなった後も、あなたに点検をお願いしていたんでしょう……。どうしてカリーナさんが悲しむようなことをしたんです?」
「ええ。奥様が悲しむことが私の目的ですから」
ティーゼは犯行の動機を告げる。
それも、ユロの予想通りだった。
「奥様が今の体を維持するには悲しみが必要です。ですが、今の奥様は満たされつつある。このままでは奥様は消えてしまう」
幽霊となったカリーナ。
幽霊は自分の後悔や悲しみがなくなれば消滅する。
「ティーゼさん……。あなたはちゃんと理解していたんですね。カリーナさんが死んでしまったことを」
「もちろん。私は人間の死は理解しています。奥様は死んでしまったことも、奥様が幽霊になったことも。幽霊が体を維持するために、悲しむことが必要だということも、奥様の部屋にあった研究資料で知りました」
ただ、とティーゼは続ける。
「死んだから何だというのです? 奥様は今も存在している。私の側にいる。なら、何も問題はないでしょう?」
ユロはカリーナから聞いた話を思い出した。
幽霊となったカリーナはティーゼに自分の埋葬を頼んだ。
愛する人の肉体を埋葬するとき、ティーゼはどんな気持ちだったのだろうか?
ユロは泣きたい気分になった。
ユロは気分をまぎわらすために時計塔の時計を見上げる。
時刻は夜4時を指していた。
「……ティーゼさん。あなたの活動時間は夜の2時までのはずです。なのに、あなたは何故、動けているんです?」
「ユロ様も予想は付いているのではないですか? 現在の私は、活動に必要な魔力を自ら生み出しています――ずっと前から。本当は奥様からの魔力供給は必要なかったんです」
ティーゼの肉体には感情変換魔術が施されている。
感情を魔力に変換する魔術。
彼女は今、魔力を自給自足している。
その事実が指し示す意味は――
「あなたには感情があるのですか?」
ユロの問いに対して。
魔術人形は首をかしげてみせた。
「私には分かりません。ですが、感情変換魔術はそう判断したようですね」
感情は目に見えるものではない。
外から見て、判断できるものではない。
ただ魔術という仕組みは、人形の振る舞いに感情があると判定した。
ユロはふぅと息を吐く。
「……最後に一つだけ聞かせてください。ティーゼさん。あなたはまだ時計塔を壊そうとしますか?」
ティーゼは頷く。
「もちろんです。それが私の目的ですから。立ち塞がる障害は排除させてでも」
ユロはティーゼを見据えて言う。
「なら私もあなたを止めないといけません。公共の施設を壊そうとする魔術人形は放っておけませんから……魔術監査官として、あなたを拘束させていただきます」
ユロは右手をティーゼに向け、干渉魔術を発動させた。
干渉魔術はものを操作できる魔術。
人形の自由を奪うくらい造作もない。
前の事件では大量の人形を干渉魔術で片付けた。
今回も同様にティーゼの身動きを封じられる、はずだった。
しかし干渉魔術をティーゼに使うことができなかった。
「…………!」
ユロは目を見開く。
そしてすぐに原因を理解した。
だが原因を理解したところで、意味はない。
ティーゼは一瞬で距離をつめてきた。
「優しいですね。ユロ様」
ティーゼがユロの耳元で囁く。
「私のことを人間だと思ってくれているのですか?」
ティーゼの拳がユロの腹をつく。
鈍い痛みと共に、ユロは吹き飛ばされた。




