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魔術監察官ユロ  作者: 脱出
2章 幽霊と人形
16/39

16話 生きるために必要な

 

 町の広場にある時計塔が壊された。

 時計塔の高さはおよそ四階建ての建物と同じ高さ。壊されたのは時計の部分で、頂上近くの外壁に設置されている。

 時計塔の真下には岩の破片が散らばっていて、どうやらそれがぶつかったようだった。

 最初の発見者は酒場の店主。時計塔のすぐ近くに住んでいて、事件にもいち早く気がついた。

 時刻は朝の四時頃。大きな物音が外から聞こえて、店主は飛び起きて、広場の様子を見に行った。

 広場には既に誰もいなく、時計も壊れて動かなくなっていたらしい。

 ただ修理すれば、また元通りになるらしい。


 翌日。朝4時頃。

 白髪の少女、魔術監察官のユロは時計塔近くの家の影に隠れて立っていた。

 まだ陽が昇っていない外はひどく寒くて、少女は肩を震わせている。

 トカゲのドラはユロの肩に乗って、同じように寒さに体を震わせていた。


『――デ。時計塔を壊そうとした犯人は今日も来るのカ?』


 ユロは頷く。


「確証はないけどね。ただ――勘だよ。犯人が彼女なら、確実に時計塔を壊そうとする」


 時計塔を壊そうとした犯人の動機。

 ユロにはその動機に心当たりがあった。

 また時計塔を壊せるような犯人にも。

 

「酒場の店主さんがかけつけた時には犯人の姿はなかった。犯人は岩を時計塔に投げたんだろう。けど重い岩を高い塔に向かって投げて、なおかつ素早く逃げ出すのは……人間には少し難しいんじゃないかな」

『人間にはナ』

「……うん。人間には」


 ユロはふと空を見上げる。

 冬の澄んだ夜空が浮かんでいる。


「寒いな……」


 ユロには確証があった。

 彼女はきっと来る、と。


 ――そして予想通り。彼女は時計塔の広間にやってきた。

 始めて会ったときと同じように、静かに、目的の時計塔を目指して。

 彼女は両手に大きな岩を持っている。

 彼女はそれを振りかぶって、時計塔の時計目がけて投げた。

 

 岩は真っ直ぐに時計へと目がけて飛ぶ。


「…………ッ」


 ユロは干渉魔術を発動させる。

 ものを自在に操り、強化もできる魔術。

 干渉魔術の対象はカリーナの家から拝借してきた木の板。それを魔術で強化させ、岩と時計の間に壁として割り込ませる。

 壁に阻まれ、岩は地面に落ちた。大きな音を立てて、岩と木の板は砕ける。

 ユロは物陰から出て、犯人に近づく。


「――ティーゼさん」


 カリーナのメイド。魔術人形のティーゼ。

 家といるときと同じメイドの格好。

 表情を変えず、彼女もまたユロを見ていた。


「ユロ様でしたか。私に気づいていたのですか?」


 ユロは頷く。

 カリーナはやれやれと言うように首を振った。


「やはり人間は難しいですね。ユロ様が犯人は私だと気づいている可能性に、私は考えつきもしませんでしたから」

「……私だって信じたくなかったんですけどね」


 最初の事件から、今日の夜までの一日。

 ユロはティーゼと一緒にいた。

 時計塔が壊されたと聞き、悲しむカリーナを励ますティーゼを見たのだ。

 

「この時計塔はカリーナさんの旦那さんが大事にしていた時計塔だと聞いています。だからカリーナさんは旦那さんが亡くなった後も、あなたに点検をお願いしていたんでしょう……。どうしてカリーナさんが悲しむようなことをしたんです?」

「ええ。奥様が悲しむことが私の目的ですから」


 ティーゼは犯行の動機を告げる。

 それも、ユロの予想通りだった。


「奥様が今の体を維持するには悲しみが必要です。ですが、今の奥様は満たされつつある。このままでは奥様は消えてしまう」

 

 幽霊となったカリーナ。

 幽霊は自分の後悔や悲しみがなくなれば消滅する。

 

「ティーゼさん……。あなたはちゃんと理解していたんですね。カリーナさんが死んでしまったことを」

「もちろん。私は人間の死は理解しています。奥様は死んでしまったことも、奥様が幽霊になったことも。幽霊が体を維持するために、悲しむことが必要だということも、奥様の部屋にあった研究資料で知りました」


 ただ、とティーゼは続ける。


「死んだから何だというのです? 奥様は今も存在している。私の側にいる。なら、何も問題はないでしょう?」


 ユロはカリーナから聞いた話を思い出した。

 幽霊となったカリーナはティーゼに自分の埋葬を頼んだ。

 愛する人の肉体を埋葬するとき、ティーゼはどんな気持ちだったのだろうか?

 ユロは泣きたい気分になった。


 ユロは気分をまぎわらすために時計塔の時計を見上げる。

 時刻は夜4時を指していた。


「……ティーゼさん。あなたの活動時間は夜の2時までのはずです。なのに、あなたは何故、動けているんです?」

「ユロ様も予想は付いているのではないですか? 現在の私は、活動に必要な魔力を自ら生み出しています――ずっと前から。本当は奥様からの魔力供給は必要なかったんです」


 ティーゼの肉体には感情変換魔術が施されている。

 感情を魔力に変換する魔術。

 彼女は今、魔力を自給自足している。

 その事実が指し示す意味は――


「あなたには感情があるのですか?」


 ユロの問いに対して。

 魔術人形は首をかしげてみせた。


「私には分かりません。ですが、感情変換魔術はそう判断したようですね」


 感情は目に見えるものではない。

 外から見て、判断できるものではない。

 ただ魔術という仕組みは、人形(ティーゼ)の振る舞いに感情があると判定した。


 ユロはふぅと息を吐く。


「……最後に一つだけ聞かせてください。ティーゼさん。あなたはまだ時計塔を壊そうとしますか?」


 ティーゼは頷く。


「もちろんです。それが私の目的ですから。立ち塞がる障害は排除させてでも」


 ユロはティーゼを見据えて言う。


「なら私もあなたを止めないといけません。公共の施設を壊そうとする魔術人形は放っておけませんから……魔術監査官として、あなたを拘束させていただきます」


 ユロは右手をティーゼに向け、干渉魔術を発動させた。

 干渉魔術はものを操作できる魔術。

 

 人形の自由を奪うくらい造作もない。

 前の事件では大量の人形を干渉魔術で片付けた。


 今回も同様にティーゼの身動きを封じられる、はずだった。


 しかし干渉魔術をティーゼに使うことができなかった。


「…………!」


 ユロは目を見開く。

 そしてすぐに原因を理解した。


 だが原因を理解したところで、意味はない。

 ティーゼは一瞬で距離をつめてきた。


「優しいですね。ユロ様」


 ティーゼがユロの耳元で囁く。


「私のことを()()()()思ってくれているのですか?」


 ティーゼの拳がユロの腹をつく。

 

 鈍い痛みと共に、ユロは吹き飛ばされた。


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