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魔術監察官ユロ  作者: 脱出
2章 幽霊と人形
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15話 眠れない夜

 

 夜。ユロは夢を見ていた。

 師匠と一緒に暮らしていた時の過去の光景。

 5歳の頃に両親を亡くし、唯一、魔術の弟子として引き取ってくれた師匠。

 彼と過ごしていた時の、実際に起きたことを夢の中で思い返していた。

 つまり、ユロにとってはとびっきりの悪夢だった。

 

 夢の中でのユロもベッドの上で寝ていた。

 いや寝ようとしていたが、目は覚めていた。

 師匠との魔術の訓練のあとは決まって寝付けなかったのだ。

 その日。ユロは師匠に自分の右腕を折られた。

 最初は何が起きているのか分からなかった。魔術の訓練で痛い思いを何度もしてきたけれど、師匠自らの手で傷つけられたのはその日が初めてだった。

 彼はユロの折れた腕を手に取り、言う。


『いけないな。ユロ。君の魔術の上達が遅いから、思わず君の腕を折ってしまった』


 痛い、痛いと言うユロの言葉に師匠は耳を貸さない。


『私の機嫌を損ねる不出来なものはいらないんだよ。分かるね? 私の機嫌を損ねないよう気をつけなさい――干渉魔術(かんしょうまじゅつ)で自分の腕を治すんだ』


 干渉魔術は人間には使えない。

 使える対象はものだけ。

 その日。ユロは干渉魔術で折れた骨をつなぎ合わせた。

 師匠は優しい声でユロに言った。


『よろしい。合格だ――今日は家の中で寝るのを許してあげよう』


 そして夜。ベッドの腕でユロは心の中で必死に念じていた。

 ――私は師匠の期待に応えないといけない。師匠が大好き。魔術も大好き。師匠のためになることしないといけない。師匠のことが大好き。師匠のためになることしないといけない。師匠のことが好きでたまらない。私は役に立てる。役に立たないといけない。居場所をください、ここにいることを許してください。何でもしますから。

 

 毎晩毎晩。師匠の期待に応えたいんだと自分に聞かせていた。

 そう信じないと、とても耐えられなかった。

 見捨てられて、独りになるのが、怖かった。

 ――不思議なもので、言い聞かせている内に、師匠が好きだという感情は本物になっていった。


「――――っ!!!」

 夢から覚めてユロはベッドの上から飛び上がった。


『オイ。大丈夫カ、ユロ?』


 枕元にトカゲのドラが近づいてきた。

 ユロはドラの頭を撫でる。


「…………ああ、うん。大丈夫」


 ドラを撫でる手は震えていた。


『大丈夫じゃなさそうだナ。無理するなヨ』

「ごめん」


 ユロは溜息をつく。

 心臓の当たりが痛くて、胸をかきむしりたくなる。


(……もう7年も前のことなに)


 10歳の時に師匠が死に、今の家族に保護された。

 それから新しい家族から十分な愛情を注いで貰った。

 16歳のときに魔術監査官になり、自立して、お金も稼げるようになった。


(もう乗り越えたと思ったのに。全然ダメだなぁ……)


 彼と過ごしていた時間はもう遠い過去の筈なのに。

 全然、まだ幸せじゃない。

 

 ユロはカーディガンを羽織って、ベッドから這い出た。ドラもユロの肩に乗っかる。 

お水でも頂こうとリビングに向かう。

 

 リビングはまだ明かりが付いていた。


「おん。ユロじゃないか」

「ユロ様。どうかされましたか?」


 リビングには幽霊のカリーナと、時計塔の点検から戻ってきた魔術人形のティーゼがいた。

 ユロは置き時計に目をやる。時刻は深夜の1時だった。

 

「あ。ごめんなさい……。少し眠れなくて」

「そうかい。ま、座りなよ」


 カリーナに促されてユロは椅子に座る。

 ティーゼは厨房の奥に引っ込む。


「すみません。カリーナさん。こんな夜遅くに」

「構わないよ。私も暇だったからね。幽霊だと、夜は暇でねぇ」

「……そうなんです?」

「ああ。最も、朝方の――3時くらいから意識が眠っている時間はあるみたいでねぇ。とにかくそれまでは暇なんだ」

「幽霊も大変なんですね」

「なに。生きている人間ほどじゃない」


 カリーナはユロの目元を指さす。

 目元は赤くなっていて、泣いた跡が残っていた。


「あ……。ええっと。これは」


 ユロが言いよどんでいると、厨房からティーゼが出てくる。

 彼女はユロに湯気が立つコップを手渡す。


「ありがとうございます。ティーゼさん」


 お礼を言ってコップに口をつける。

 温かいミルクだった。

 飲むと、一気に体の中が温まる。


 ユロを見て、カリーナも笑った。


「ま。恥ずかしがることもないさ。生きていれば辛いことばっかりだ」

「カリーナさんも……?」

「まぁね。生きている間は本当に辛かった。死ぬ時だって、ずっと後悔していたさ。最悪な人生だった! てね。だから幽霊になったのかもしれない」


 ――ユロはカリーナの家を掃除中に、ある魔術研究の論文を見つけた。

 幽霊についての研究論文だった。

 その論文曰く、幽霊は生前、強い後悔を抱いていた者がなるという。

 そして幽霊である状態を維持するためには、後悔や悲しみといったネガティブな感情が必要だと。

 幽霊が抱いている悲しみが解決したとき、幽霊は消滅する。


 まだカリーナは幽霊のままだ。


「カリーナさんは……まだ悲しいことがあるんですか?」

「あるよ。でかい後悔が一つ」

「……私で良ければ話を聞きますよ」


 ユロは思わずそう言った。

 カリーナは笑う。


「あたしはずっと人間になりたかった」

「…………」

「社会に認められる人間に、ずっとなりたかった。でもなれなかった。80年以上の月日を得てできたのは、できの悪い女が1人だけ。もっとマシな人間になれたはずなのに――近くにいた旦那も気にすることなく、死んでしまった――死んでから後悔しても、もう遅いけどね」


 カリーナは淡々と語る。

 ユロは一層、悲しくなった。


「カリーナさん……」

「なんだい?」

「私。あなたと会ってまだ3週間です。けど、あまり自分のことを酷く言わないで欲しい、って思います」


 ユロは幽霊のカリーナしか知らない。

 生前のカリーナのことなど何一つ知らない。

 けれど、この家には人の匂いが残っていた。

 彼女と話して、人となりを知ることができた。

 彼女が生きていた痕跡がちゃんとあった。


「ごめんなさい。上手いこと言えないですけど……」


 カリーナは首を振った。


「いや、ありがとねぇ。慰めてくれるだけで充分さ。……それに今は別にそこまで、あたしの人生は悪くなかったんじゃなかったと思っているよ」


 ユロは「え?」と首をひねる。

 カリーナは話を続ける。


「何か劇的な出来事があったわけじゃない。ただ死んでから、自分の人生を振り返ってみると……まぁ、別にあれで良かったんじゃないかと思えたわけさ。旦那に会えた。ティーゼに会えた。それで死んでから、気の合う友人にも会えたんだ。あたしの人生にしては上出来すすぎる。だから、ユロ」


 カリーナはユロをまっすぐ見つめる。


「あんたも大丈夫だよ。きっと。いつか辛いことだってなくなる。あんたみたいな良い奴が幸せになれないなんて、そんなバカな話があるかい」

「カリーナさん……」


 ユロの側にティーゼも近づいてきた。

 彼女はユロの手をおもむろに取る。


「ええ? ティーゼさん?」

「ユロ様。私には人間の感情というものはやはりよく分かりません。その器官が体内のどこにあるのかも知りません。直し方も分かりません」


 ティーゼはユロの両手を観察するように、ぎゅっと握りしめる。


「私は以前に――山崩れに巻き込まれ、体をひどく損傷した時があります。体の部位が外れ、復旧が絶望的でした。しかし、旦那様と奥様が協力して私の体を直してくれました。旦那様は『意外となんとかなるもんだ』とおっしゃっていました。だから、ユロ様の損傷している箇所もきっと直ります」

「……ふふっ。何ですか、その言い方……」


 ユロは思わず笑ってしまう。

 テーブルのうえで黙っていて見ているドラもにやりと笑った。

 カリーナもひゃはっはっはと笑う。

 ティーゼだけ不思議そうに首を振る。


 根拠がなくても。

 大丈夫だと、いつか何となると。

 誰かが側で言ってくれるだけで、少しだけ救われる。


「ありがとうございます、皆さん」

 

 ユロを見てカリーナも微笑む。


「どういたしまして……ああ、今日は良い夜だ……私も消える日も、そう遠くない気がするよ」


 と老婆は笑いながら言った。


 その日の夜はユロにとって忘れられない一日になった。


 ――次の日の朝。

 町の時計塔が何者かによって壊された。


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