14話 魔術人形について
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『いつか、人間がいらなくなる世界がきてほしい。それだけを願っている』
最初に魔術人形を造った魔術師が残した言葉。
魔術人形。
魔術師の魔力をエネルギー源に自立的に活動する兵器。
魔術人形の元となる材料は、一般的に流通する玩具の人形と同じように磁器が主に用いられる。
しかし、材料は『技師』と呼ばれる集団によって魔術人形の元となる特殊な素材へと変わる。
技師。『人形』魔術を継承した技術者集団。
人形魔術を継承した彼らだけが魔術人形を造ることができた。
魔術人形の性能は様々だった。
単純な命令をこなすだけのものから、複雑な思考回路を持つ人形まで存在する。人と同じように会話をして、食事も出来る人形も。
魔術を組み込み、行使できる人形も存在した。
魔術人形の創始者である魔術師は別の言葉も残している。
『いつか我々の魔術人形が人々の思い上がりを壊す時がやってくる。感情、人格といったものは簡単に模倣できる仕組みでしかないのだと。それが証明された時ようやく我々は救われる』
――夕方。
カリーナの家。庭。
魔術監察官のユロは庭の椅子に座って、空を見上げていた。
空は薄いオレンジ色に染まっている。
遠くでカラスの鳴き声も聞こえていた。
幽霊カリーナの家に滞在して3週間が経過していた。
今のところカリーナの様子は変わりない。
彼女の側で仕えているメイド姿の魔術人形も。
「――ユロ様」
突如、ユロの視界が遮られる。
メイド姿をした魔術人形ティーゼが、ユロの顔を覗き込んでいた。
「テ、ティーゼさんっ……うわっと……!」
ユロは驚いて椅子から落ちそうになる。
なんとか体勢を立て直して、椅子から立ち上がった。
「ユロ様。申し訳ございません。驚かせるつもりはなかったのですが」
と目の前の人形は頭を下げる。
茶色の髪もティーゼの動きに合わせて揺れた。
「いや、大丈夫ですよ。ちょっとびっくりしましたけど」
「…………左様ですか」
というとティーゼはじぃっとユロの顔を見つめる。
表情が読めない人形はユロを監察するような視線を時折投げかけてくる。
「な、なんです?」
「いえ。ユロ様は感情豊かな方だと思いまして」
とティーゼは言う。
彼女――彼女は確かに人形だが、人を模した思考回路が搭載されている。
思考し、自分の考えを口にする。
「ユロ様はよく笑い、よく喜ぶ様子を見せます。ドラ様とお話するときは特に顕著です」
「そうですかね? 自分では特に意識していないですけど」
「奥様も旦那様も偏屈な方でしたので。ユロ様のような素直な感情表現をする方は私にとって新鮮です」
「……自分の主人に容赦ないですね」
とユロは笑う。
ティーゼは表情を変えない。
徐々に夕日が沈み、周囲は暗くなっていく。
目の前のティーゼの姿も黒色に染まる。
「ユロ様。私には分からないことがあるのです」
「分からないこと?」
「感情を持つ、ということは本当に良いことなのでしょうか?」
とティーゼは疑問を口にする。
「私を造った技師は私が人間と変わらない感情を持つことを期待しました。奥様もそうだからこそ、私に『感情変換』魔術を組み込みました。私が感情を持てば、感情を魔力に変えることができ、自分で活動用のエネルギーを確保できます」
ユロはカリーナから聞いた彼女の実験について思い返す。
彼女はティーゼが感情を持つことを期待していた。
感情というものは人形でも持てる程度のものだと、その価値を貶めたかった。
もしティーゼが他者からの魔力の供給なしに活動できれば、感情を持った証明になる。
「しかし私は未だに奥様からの魔力の供給を必要としています。私はまだ感情を持てていません……でも、それで良いのではないかとも思うのです」
「……どうして、そう思うんです?」
「奥様も旦那様もよく苦しんでいましたから」
と魔術人形は答えた。
「孤独や不安といったものに苦しんでいました。ずっと。あの人達には感情がないほうが幸せなのでは、と考えたこともあります」
「…………」
「ユロ様はどう思われます?」
とティーゼはユロに質問を投げかけてきた。
ユロは答えに困った。
彼女の疑問には頷ける箇所もあったからだ。
悲しい、苦しい。
そういった気持ちにはユロもよく悩まされる。
「うん。言いたいことは分かります。私も悲しい時は本当に苦しいです」
「ユロ様も苦しい時はあるのですか?」
「よくありますよ。はい……うん。心なんて自分の思い通りにはならなくて、不意に悲しくなったり苦しくなったりなんてよくあります」
自分の過去の記憶が思い起こされ、それに付随する不快な感情も呼び起こされる。
その度に長い時間、苦しむことになる。
本当にやめてほしい、とユロも思う。
「でも、でもですよ」
とユロは続ける。
「なくても良いかもしれませんけど、あれば、楽しい時もあります」
ドラや家族と話す時。
たまに嬉しいことや楽しいことがあるとき。
過去から遠ざかって、もしかしたら自分は幸せなんじゃないかと思える時もある。
「と私はそう思いますよ」
とユロは笑う。
そう信じられたら、本当に嬉しいのにとも思いながら。
彼女の答えにティーゼも「なるほど」と頷いた。




