13話 温かな日々
朝。晴れて澄んだ冷気が流れる時間。
森の中にある一軒家の庭にて。
白髪の少女、魔術監察官のユロは草むしりをしていた。
「ほら。ユロ! まだそっちの草が残っているよ!」
と、彼女に偉そうに指示を飛ばすのは、半透明で浮いている老婆、幽霊のカリーナだ。
「はいはい。分かっていますよー」
ユロはのんびりと応じる。
カリーナの家に滞在し始めて2週間が経過していた。
なぜ、カリーナの家にいるのか?
経緯はこうだ。
――2週間前。ユロは事の次第を魔術監察官の本部に報告した。
連絡が取れなかった魔術師カリーナは死に、幽霊になっていたことを。
そして次のような指令が下された。
『幽霊となったカリーナが社会に害をなす存在ではないか、監視すること』
ユロはカリーナの家に暫く滞在することになった。
事情を聞いたカリーナは
「どうせ暇だろう? ただで家に泊まらせてやるわけだから家のことを手伝ってもらおうかねぇ」
と言ってきた。
――そういうわけでユロは草むしりをしていた。
別に悪い気はしていなかった。
(……長閑な時間だなぁ)
ふぅと息を吐く。冷えた朝の空気が心地よかった。
『……悪くない時間だナー』
とユロの肩に乗っかる、トカゲのドラも言う。
ちなみに彼は草刈りをしていない。
「ドラも働きなよ」
『俺の非力な腕デ、草刈りできるわけないだロ』
「だよね」
と会話しながら草刈りを続ける。
暫く草刈りに専念していると、カリーナがフワフワと浮きながら近づいてきた。
……幽霊は死んだ場所から離れることはできないが、ある程度は移動できるようだ。
老婆は庭の様子を眺めて頷く。
「ま。今日はこんなもんだろ。お疲れさん」
「どうもですー」
ユロは立ち上がり手を擦り合わせる。
意外と冷えてきた。
「ほら。早く家に帰って、温まりな」
カリーナは優しい声でユロを気遣う。
――人嫌いだと聞いていたカリーナは確かに捻くれた性格だったが、優しい人間だということが、2週間一緒に過ごしてきて分かってきた。
「寒かったりしたら早く言いなよ? なにせ、私は幽霊だから寒さとかも感じないからねぇ!」
とカリーナはひゃっはっっはと笑う。
(いや、やっぱり性格は悪いかもしれない)
とユロは思う。
家の中では、メイドの格好をした魔術人形、ティーゼがリビングでお茶を用意してくれていた。
「お疲れ様です。ユロ様。お茶が入りました」
「ありがとうございます。ティーゼさん」
ユロはティーゼにお礼を言ってお茶を受け取る。
温かい紅茶だった。
暖まるな~、と味わいながら飲んでいると、自分に向けられる視線に気づく。
ティーゼがじぃぃっっと見つめてきた。
「あ、あのー。ティーゼさん。そんなに見つめられると気まずいのですけど」
ティーゼは頭を下げる。
「申し訳ございません。少々、昔を思い出していまして」
「昔のこと、ですか?」
「ええ。まだ旦那様も家にいたときのことです。旦那様も奥様は時々、リビングで一緒にお茶を飲むことがありました」
旦那様。
カリーナの夫のことだ。
優秀な時計職人だったらしい。
「旦那様も奥様もお互いに殆ど会話をしませんでした。旦那様は時計、奥様は魔術に夢中でしたから」
ティーゼはカリーナをちらりと見る。
「互いの親の勧めで結婚しただけだったからねぇ。別に好きじゃなかったんだよ」
「ですが、たまにリビングで一緒にお茶を飲んでいました。食事以外の時間に、わざわざリビングまで来ていましたよ」
「……む」
カリーナは黙ってしまう。
照れているのかもしれない、とユロは思った。
「奥様も旦那様も、夫婦と呼ばれる関係性からは離れているように見えて、その実、悪くない関係性にも思えました。二人を見ている時間は私にとっても有意義なものでした」
ティーゼはユロの方に視線を移す。
「ユロ様を見ていると、当時のことを思い出したのです。旦那様がいなくなり、奥様が食事を必要としない体になってから、私がお茶を淹れる機会もなくなってしまったので」
「そうだってんですか……」
ユロはなんだか少し嬉しい気持ちになる。
カリーナがぶすっと黙り込んでいるのもおかしかった。
ユロは老婆を眺めて言う。
「なんですか。カリーナさん。旦那さんのこと、ちゃんと好きだったんじゃないですか?」
「ぐっ。うるさいガキだね」
「私が聞いたときは『つまらない男だったよ』なんて言っていたくせに」
とユロはにやにや笑いながら言う。
カリーナはますます顔をしかめた。
「ええい、鬱陶しい! ティーゼ! あんたもボーッとしないで、そろそろ時計塔の点検の時間だろ! 早く出かけな!」
「承知しました」
とティーゼはお辞儀をする。
それから彼女は手早く身支度をすませて。
「では時計塔の点検に行ってまいります」
とユロ達にお辞儀をして出かけていった。
ユロはティ―ゼを見送った後、呟く。
「……ティーゼさんは本当に人間と変わりませんね」
カリーナはユロを興味深そうに見つめる。
「ほう。あんたはそう思うのかい? ティーゼは人間であると。なぜ、そう思う?」
「なぜって……」
問われて答えに詰まる。
人間とは何か、と言われても言語化が難しい。
言葉につまるユロに変わって、カリーナが話す。
「ティーゼには疑似人格と学習機能を搭載している。人間と近い反応も返すことができる、人間らしい感情も見せることもある。しかし結局は造り物に過ぎないのさ。魔術によって予め仕組まれていた反応を私たちに示しているに過ぎない」
「む。そんな酷い言い方はないんじゃないですか?」
「ひゃっはっはっ。事実さ。最も、ティーゼの振る舞いが本物なのか、造り物なのか外から見ても分かりやしない。人間の定義なんて私にも分かりやしないからね。だから、私はあの子で実験をしたんだ」
「…………」
魔術師カリーナの実験。
ユロも彼女が行っていた実験については知っている。
彼女が魔術監察官に提出した報告書には、彼女の研究の詳細が書かれていたからだ。
「カリーナさんは感情に関わる魔術を研究されていたんですよね。人間の感情反応を魔術に転用する方法の研究だと聞いています」
「ああ。私が開発したのは『感情変換』魔術。強い感情を魔力に変換できる魔術の開発さ」
魔力は魔術を発動するための体内エネルギーのことだ。
エネルギー量は個人差があり、魔術により消費される。
消費された魔力は時間経過や休息によって回復する。
「私はね、この感情変換魔術をティーゼの体に組み込んだのさ。あの子が本当に感情を持つことが出来るのなら――あの子は私が魔力を込めなくとも自動的に動くようになるはず」
「でも、まず埋め込んだ感情変換魔術を発動するための魔力が必要になるのでは」
カリーナは頷く。
「あの子には毎日、私が魔力を注ぎ込んでいる――幽霊になっても、魔力操作も魔術も使えたからね――。魔力を注ぎ込んだ時点で、自動的に感情変換魔術も発動する。そして私が注ぎ込んだ魔力量じゃ、ティーゼは深夜2時になると動けなくなるのさ」
「ティーゼさんが深夜2時以降も活動していれば、彼女が自分で魔力を補給していることになる」
「つまりは、あの子が本当に感情を持ったという証明になるんだが――あの子は深夜2時以降はピクリともしないねぇ」
ユロは紅茶をすする。
「あの子の活動限界は深夜2時まで。主な仕事は時計塔の点検作業と家事。他にもやろうとすると魔力量を余計に消費しちまう。どうしたって手の回らない作業がある。例えば庭の清掃とかね。だからユロ。あんたが色々と手伝ってくれていて助かるよ」
「私は構いませんよ。でも例えば、私の魔力をティーゼさんに注ぐことはできないんですか?」
「無理だね。あの子は私の魔力か、自分から生み出された魔力以外を受け付けないよう設定されている」
「なるほど」
他の魔術師に悪用されるのを防ぐためなのだろうか、とユロは納得する。
ユロは外の景色に目をやる。
薄い昼の光が窓から差し込んでいた。
「カリーナさんは……」
「ん?」
「なんで、ティーゼさんを使ってそんな実験をしたんですか?」
と思わず尋ねてしまった。
カリーナは少し考えてから答える。
「なんでだろうねぇ。実験を始めたのは随分と昔だから、もうあんまり覚えていないよ……ただ。私も若かったからね。色んなことに腹が立っていたのさ」
「え?」
「愛とか、そういった感情が素晴らしいものだともてはやす連中が嫌いでね。私がそういう感情を持てないのもイヤでねぇ。だからティーゼを使って証明したくなったのさ。造り物でも同じような感情を持てるんだから、お前達がもてはやす感情なんて大した価値がないんだ! って」
「…………」
「ティーゼも最初から実験のために引き取ったのさ」
とカリーナは呟く。
ユロは暫く考えてから、カリーナの目を見て言う。
「でも。ティーゼさんのことはどう思っているんです?」
「どういう意味だい?」
「彼女の感情は無意味だと思っていますか? 本物ではないから価値がないと思っています?」
カリーナは虚を突かれたように黙る。
彼女は家の中を見回してから、最後に窓へと視線を移した。
「……あの子が示す感情が本物かどうかなんて……いつの間にかどうでもよくなっちまったね」
「そうですか」
カリーナは柔らかく微笑んだ。
ユロもつられて笑う。
それから時間はゆっくりと過ぎていった。




