12話 幽霊と人形
よろしくお願いします。
幽霊。死んだ人間に稀に引き起こされる現象。
目撃情報は殆どなく、魔術師ではない人間からは都市伝説の一種だと思われている。
魔術に関わる現象と言われているが、どうして幽霊が発生するのかについては未だ解明されていない。
連絡がつかなくなった魔術師カリーナを探しにきた魔術監察官のユロ。
彼女の持ち物であるメイド姿の人形を追跡し、家まで辿り着いた。
そしてカリーナが幽霊になったのを知ったのだった。
「あたしもびっくりしたね。朝、目が覚めたら、ベッドで寝ている自分の肉体を見下ろしているんだから」
魔術師カリーナは宙に浮きながら話す。
背の低い老婆で、厚着のセーターにズボンという格好だ。
髪の色は灰色なのだろうか? なにぶん彼女の肉体は薄らと透けているので、髪の毛や目の色の判別が難しい。
ユロは椅子に座って、老婆を見上げていた。
「注意して見ていると、なんとまぁ、あたしの肉体は息をしていなかった! まさか自分の死体を見ることになるなんて珍しい経験をしたもんだよ。監察官、あんたもそう思うだろ?」
「え、ええ……はい」
ユロは曖昧に頷く。
少女の様子を見て、カリーナはひゃっはっはっはっと笑った。
「ま。あたしは幽霊になっちまったわけだ。幽霊というのは死んだ場所から離れられないみたいでね。あたしは家から出られない。定期連絡なんてできやしない。第一、死んだ人間にも、やらないといけない義務はあるのかい?」
「うぐっ……どうなんでしょう」
ユロは答えにつまった。
カリーナは意地悪そうな笑みを浮かべた。
「悪い、悪い。ちょっと意地悪が過ぎたね」
カリーナは場を取りなすように、今度は優しそうな笑みを浮かべた。
人嫌いだと聞いていたが、どうやらユロの訪問を歓迎しているようにみえた。
(意外と……話し相手が欲しかったのかな?)
とユロは思った。
「――お茶が入りました」
ユロの目の前の机にお茶が置かれる。古いコップに、お湯が注がれている。
側にはメイドの格好に身を包んだ人形が立っていた。
綺麗な茶色の長髪に、透き通るような青い瞳。
机に置かれたお湯を見て、カリーナはメイドを叱った。
「おい。ティーゼ。なんだい、こりゃ。お湯じゃないか。お客様にはちゃんとした飲み物を出しな!」
ティーゼと呼ばれた人形は表情を動かさず、口を動かして答える。
「しかし。奥様。奥様が食事を必要としない体になったため、食品及び嗜好品の類いは補充していません。ゆえに台所にはお茶っ葉も存在しておりませんでした」
カリーナは「そういやそうだったねぇ」と納得する。
ユロは側のティーゼを見上げる。
人形はユロの視線に気づき、首をことんと傾けた。
「お客様。どうかされましたか?」
「い、いえ……」
ユロは言葉につまる。
そんな彼女を見て、また老婆カリーナが笑う。
「ティーゼのことが珍しいのかい? こいつのことは包み隠さず、魔術監察官にも報告していた筈なんだがねぇ。報告書はちゃんと読んだのかい?」
「ええ。読みました。でも、やっぱり驚いてしまいますよ」
カリーナについては報告書には、彼女が所有する魔術人形『ティーゼ』のことも記されていた。
世界に5体も存在しない、完璧な魔術人形。
複雑な思考回路と人間を模倣した人格が搭載されている。
魔力をエネルギーとして、自立した活動が可能。
限りなく人に近づいた人形だと。
カリーナの魔術の研究に関わる存在だということで、王国からも所有を許可されている。もちろん悪事に利用しないという制限付きだ。
老婆と人形は二人で話し始める。
「おい、ティーゼ。あんたも黙ってないで会話を盛り上げな。あたしが上手く人と話せないのを知っているだろう?」
「お言葉ですが、奥様。人との会話には抽象的な表現を用いるため、私も苦手とする分野です。奥様の方がまだ得意かと」
「ケンカ売ってんのかい? ここ1年で人とは全く会話してないよ、あたしは」
「いえ。半年ほど前。奥様が『今の体』になるまえに来客がありましたよ。奥様の古い友人の男性だと……」
「そうだったかい?」
と幽霊のカリーナと人形のティーゼは会話を交わしている。
その会話の中でユロは妙な単語を聞いた。
ティーゼはカリーナの今の状態を『今の体』と表現したのだ。
「すみません。ええっと。ティーゼさん」
「なんでしょう。お客様」
ティーゼは無表情のまま答える。
ユロは少し緊張しながら、疑問を口にする。
「ティーゼさんは今の状況をどう考えているのでしょうか?」
「質問が抽象すぎて理解できません。今の状況とはどういう意味でしょうか?」
「えっと。つまり」
ユロは隣のフワフワ浮いている半透明の幽霊になった老婆を見る。
「カリーナさんがその……いなくなってしまったことについてです」
死、という言葉を口にするのは憚られた。
ユロの質問に対してティーゼは簡潔に答える。
「奥様はいなくなっていません。変わらずにここにいます」
「……え? でも」
「奥様はただ肉体を失っただけです。食事と睡眠を必要としない状態になっただけです」
ユロは言葉につまる。
会話を聞いていたカリーナはくっくっくと笑う。
「お嬢ちゃん。ティーゼは死の概念を理解していないのさ。私が死んだということを理解できていない……ま、確かにあたしはまだ存在していて会話もできるんだから無理もないがね。あたしに命じられて、あたしの肉体を庭に埋葬した後ですら、あたしが死んだことを理解できていない」
「…………!!」
ユロは何も言うことが出来なかった。
その場面を想像してしまったのだ。
人形に命じて自分の肉体を埋葬させるカリーナの姿を。
その様子を眺めている彼女はどんな気持ちだったのだろうか?
カリーナがあんまりにも淡々と語るので、ユロは少しだけ悲しい気分になった。
『フゥン。なかなか興味深い状況ダナ』
いつの間にかテーブルの上に座っていた緑色のトカゲが口を挟む。
ユロの相棒でもある『精霊』ドラ。
カリーナが目を丸くする。
「あんた、精霊かい?」
『アア。お初二。ご婦人。俺はドラ。捜査官のユロの使い魔で相棒だ』
「そうかい。よろしく」
とカリーナとドラは互いに挨拶を交わす。
人形のティーゼも続いて頭を下げる。
幽霊と精霊に人形。
ユロはふいに疎外感に襲われた。




