11話 尾行
魔術監察官ユロ。
彼女の今回の仕事は連絡がつかない魔術師カリーナの捜索だった。
まずユロはカリーナの住まいを調べることから始めた。
報告書には『カリーナは町外れの森の中の一軒家に住んでいる』という、曖昧な情報しかなかったせいだ。
ユロは町の住民に聞き込みを開始した。
「……カリーナの婆さんのことは俺もよく知らないんだよなぁ」
夜。町にある酒場。
ユロの隣に座る若い男は酒を煽りながら言う。
男は以前、カリーナの旦那と交友があったという。
「爺さん……婆さんの旦那には俺もお世話になったんだよ。優秀な技術屋だったからな。でも婆さんとは殆ど会ったことがない。最後に会ったのは……爺さんの葬儀の時だった気がする。あんときはメイドも一緒だったな」
「メイドというのは、メイドの姿をした女性の魔術人形のことですか? あの人形はいつからいるのでしょうか?」
とユロが質問すると、男は答える。
「あー。もうずっと前から婆さん達と一緒にいると思うぜ。俺は魔術のことよく分からんけど……本当に人間と見た目変わらないんだよな」
「町の皆さんはカリーナさんの人形のことをどう思っているんですか?」
ユロは昼ごとに見た景色を思い出す。
メイド人形は町の通りを普通に歩いていた。住民も人形のことを特に気にするそぶりも見せていなかった。
「ずっといるからな。不気味ではあるんだけど慣れちまったよ。子供とかはふざけてちょっかいかけたりするくらいだ。人形の方は話しかけられても無視するけどな」
男は酒を美味しそうに飲み干した後、言う。
「で、ユロさん。あんた、婆さんの家の場所を知りたいんだっけ? 悪いけど俺も知らないんだよな。つーか誰も知らないと思うぜ」
「えぇ? そんなことあります?」
「あるんだって。婆さんの家は町外れの森の奥地にあるらしいんだが、誰もたどり着けないんだよな。婆さんの家に行こうとしても、道に迷って気がついたら森の入り口に戻っちまうんだ」
「ふむ。何か魔術による仕掛けがあるのかもしれませんね」
ユロは両手を組みながら思案する。
青年はユロをちらちらと眺めながら、話を続ける。
「あー。でも、俺は婆さんの家に行く方法を一つだけ知っているぜ」
「本当ですか?」
ユロは身を乗り出して男に近づく。
男は気を良くしたのか、ふふんと笑う。
「婆さんの家の場所を唯一知っているのは、あの人形だ。婆さんの家に住んでいるからな」
「なるほど」
「人形は毎日、昼時と深夜に町にやってくる。亡くなった爺さんの代わりに時計塔の点検をするためにな。夜、俺は人形をつけたことがあってだな……」
男はそこでもったいぶるように、声を低くした。
ユロは男の顔を覗き込む。
「そ・れ・で。どうなったんです? 早く続き聞きたいな~☆」
ユロの足下で静かに黙っているトカゲのドラは『こいつはさらっとこういうことするんだよナ……』と彼女を眺めていた。
――そして深夜。
メイドの人形は人気のない通りを歩いている。
その姿をユロ達は尾行していた。
酒場で男と別れた後、ユロ達は時計塔付近で張り込みをしていた。
男の情報通りに人形は時計塔の点検に現れた。
そして点検が終わり帰ろうとする人形の後を尾行している。
……人形が点検に来たときに、ユロは試しに話しかけてみたが、酒場の男が言っていた通り無視された。
ならば尾行するしかない、とユロは考えたのだ。
人形が町を外れて森の中へと入っていく。
「行こう。尾行開始だ」
『オウ』
人形は森の中をどんどん歩く。
人形の歩く速度は速く、なおかつ道は曲がりくねっていて、容易く見失いそうになる。これも男の情報通り。男が人形を尾行した時は、すぐ人形を見失ってしまったそうだ。
「ふふん。しかし私には通じない」
干渉魔術。
物体に干渉するユロの魔術。物体に干渉し強化する魔術。
例外的にユロは自分自身の肉体にも干渉魔術を使うことができた。
自分の肉体を強化しているので、体は疲れないし、夜目もきく。
「本当はあの人形さんに干渉して、拘束したいけど。それじゃカリーナさんのお家が分からなくなるしね」
『あの人形がカリーナの家に着くまで尾行するしかないナ……オット。歩く速度が上がったゾ』
ユロのコートのポケットに収まったドラが言う。
ドラの言う通り、人形の歩く速度が速くなった。
「私の尾行に気づいたのかな? でも無駄ですっ」
ユロも歩く速度を速める。
そして何かを踏んだ。
カチリと音がすると、ユロの足下の地面が消え去っていた。
「――うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『オォォォォ!!』
ユロとドラは仲良く落とし穴に落ちる。
落とし穴は深く、ユロは思いっきり叩きつけられた。
更に追い打ちとして、頭上から大きい石が降ってくる。
「ぐえぇ」
ユロの頭上に石がクリーンヒットする。
潰れたカエルみたいな声を出して、ユロはそのまま地面に仰向けに倒れ込んだ。
『……大丈夫カッ! ユロ!!』
「な、なんとかね……」
ドラの無事を確かめた後、ユロは落とし穴から這い出る。
落とし穴から出ると、人形は遙か先を歩いていた。
ユロはすぐさま立ち上がり、体の泥を払い落とす。
「ふっふっふっふ」
とユロは不気味に笑い始める。
『ユ、ユロ……?』
「――上等ッ! 私から逃げ切れると思わないことですね!!」
ユロは叫んで走り出す。
それからの尾行は熾烈を極めた。
殺意すら覚えるトラップの数々。
永遠にも思える道のり。
ユロはトラップに引っかかりながらも、めげずに――いや、少しだけ涙目になりながらも――メイドを追いかけた。
そして尾行は終わりを迎えた。
開けた場所に出ると、小さなレンガ造りの家があった。
窓からは明かりが漏れている。
人形は家の中へと入っていた。
ユロはよろよろになりながら、扉の前に立つ。
体中が泥と草木で汚れていた。
呼吸を整えた後。扉をノックする。
「――開いているよ」
としゃがれた老婆の声が中から聞こえた。
ユロは勢いよく扉を開けた。
「どうも! こんばんは! 夜分に失礼します!! 魔術捜査官のユロ・イリアスと申します!!」
ユロは家の中を見回し、ゆっくりと中へと入る。
扉を開けるとすぐにリビングに続いていた。
「カリーナさん! 今回はあなたの定期連絡が途絶えていたので、様子を見に来たのですが……一言! 一言よろしいでしょうか!? なんですかっ!? あのトラップの数々。普通の人なら死んでますよ!」
「……ふん。普通の人間なら、森の手前で迷って引き返す。あのトラップは森の奥地までやってこられる、普通じゃない人間用のものだよ」
声の主はリビングにいた。
灰色の髪をした老婆が、人形の側にいる。
老婆の姿は微かに透けていて、なおかつフワフワと浮いていた。
「連絡が途絶えていたのは悪かったと思っているよ。なにしろ、あたしは死んじまったもんでね」
とカリーナはひゃひゃひゃと笑う。
魔術師カリーナは幽霊になっていた。
本日の投稿はここまでです。
以降の話は毎日7:00に投稿します。
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