第八十一話「空で笑う奴の元へ」
「命焔開火。限定63秒」
右手と顔半分に赤色の紋様が浮かぶ。
凄まじい熱が腹に集まり赤色に染める。
溢れんばかりの炎が噴き出ると、彼女の周りに渦を巻いた。
近くにいるだけで皮膚がひりつく。
触れただけで燃え尽きそうだった。
しかし、その炎を物ともしないように輝夜が近づく。手を掴まれ、ルプスは柄を無理やり握らされた。
「ちょっ!!」
思わず手を引こうとするが、がっしりと手を掴まれ離れない。
「柄を持て。より魔力を吸える」
返答にムスッとした顔で柄を握りしめる。
渦巻く炎が刀に引き寄せられ、吸収されていく。
「あとはあの二人」
背後を振り向き、目線の先。
カイとダブレス、二人の姿が遠目に映る。
その時、ピピっと輝夜が持っている無線から音がした。ザザザっという音とともにノイズ混じりの声が聞こえた。
「輝夜。構えろ」
ダブレスの声に輝夜は刀を身に引き寄せる。
ルプスの手を柄から無理やり離し、背後を振り向く。
足を地面に押しつけ、静止。体勢を低く取った。
遅れてリスウェルが輝夜に離れないよう止まり、体勢を低くとった。
名無しとルプスは地面に足をつけ輝夜に近づく。
膝を曲げて屈み、ルプスはもう一度柄に触れた。
見上げる輝夜。
頭上は弾丸が嵐のように降りかかっていた。水平線には全くと言っていいほど隔てるものは何もない。
目を瞑り、柄に手を添えた。
「名無し。その的確な状況把握と判断を買って一つ問おう。敵の居場所が罠である可能性はあるか?」
その言葉に驚いた様子で目を見開き、直後苦しげな表情を浮かべる。
輝夜が撃たれ、皆がここで死に絶える最悪の未来の光景が一瞬頭によぎった。
(地下での攻撃をもっと考えるべきだった)
輝夜の胸元にある無線からピピっと音が鳴る。
「カイが到着次第、光線を放つ。その直線状が奴の居場所だ。無論、無線は持て。座標到達までの補助になる」
ダブレスの声を聞き、計算を終えた二人の方を見る。すると、走り迫るカイの姿があった。
足音は聞こえるわけもないほど遠くにいる。
だが、カウントダウンのように足音が聞こえてくる気がした。
「奴の首を狙うべきか狙わないべきか私から見れば五分だ。結論だけでいい。名無し。君の判断に全てかけよう」
そう言い輝夜は柄に力を入れ握る。
地面に足をバネのように押し付けた。
気迫が狩りをする獣の如き鋭さで肌に突き刺さってくる。
目を瞑り、様々なものが頭に浮かぶと思考が駆け巡った。
(最悪の未来は死神があの時、空から撃っていたかも知れないこと)
地下での迫りくる弾丸の光景が頭に浮かぶ。
(もし、そうなら弾道を撃った後に変えられる。つまり、発射地点の偽装が可能)
「罠の可能性は高い。けど」
弾丸を防ぐために魔力を使ってる事実。
このまま狙われ続け市街地に出れば、街を徘徊する魂喰霊に命を狙われるだろう。
魂喰霊の魔力を追う性質、魔力探知の範囲。
厄介ながらも現状魂喰霊に狙われないのは、特殊型と混沌の魔力に奴らが引き寄せられているせいだ。
「それでも死神を狙わなきゃいけない」
重みを感じるその言葉に片目を瞑る輝夜。
空の上のただ一点をまっすぐ見つめた。
「了解した。手を離せ、ルプス」
指示に応え、すぐさま手を離すルプス。
炎が刀にまとわりつきながら弱まり、赤色の紋様が消えていく。
眼前には駆け迫るカイの姿が。到達まで五秒程度だろう。
親指を柄から離し、カチャっと刀が鞘に収まる。
右手で柄を握りしめ、左手で金棒を掴んだ。
不揃いな武器。
その二つを持ちながら、様になっていた。
「背後は任せろ。先に行け」
名無しが横に立つリスウェルに目をやる。
頷くリスウェルの背に乗り、輝夜を残して遠ざかっていった。
「しんがりか」
吹き抜ける嵐の如き風が一瞬凪いだ。
足元に漂わせる月色の魔力が迫りくる風を押しのける。
一瞬の静寂に感覚が研ぎ澄まされていく。
「来たか」
魔力の解放。
それによるものか、デコイへのものとは別に数千の弾丸が自身のもとへ迫りくる。
それをはっきりと目に押さえながら、柄と金棒をギシッと力強く握った。
「だが、もう遅い!!」
目の前に膝を擦り滑り込んで来たカイ。
腕を空へと向ける彼女が横目に映る。
「標的捕捉」
スコープのようなカイの目に空の上の標的と向けた腕のズレが確かに映る。
微細に角度をずらし合わせていき、ピピっと音が鳴った
「完了。光線発射」
放たれた光。
空気を焼き尽くす熱線がただ一点を目指した。
迫りくる弾丸を飲み込み、ドロドロに溶かし、天へと続く光の道が空中に浮かぶ。
その光の傍ら。
輝夜が飛び出した。
糸を縫うかのような繊細な動きで、空中を蹴り弾丸を避ける。
一秒にも満たない僅かな時間。
たったそれだけで光線の射程圏を超えた。
光が途絶え、先に存在を示すものは、いまだ迫りくる弾丸の嵐。
直後、片足を光線に乗せ蹴った。
風を切る勢いで嵐に入ると、弾丸を頬に掠めながら刀を逆手に持つ。
すると、脳天に迫る弾丸を五枚におろした。
顔を逸らし、弾丸を横目になおも加速する。
「単位はメートル。東へ2.0。北へ4.2調整しろ」
「簡単に言う」
眉をひそめ、不満交じりに言いながらも、ダブレスの声に体を傾ける。
ヒュンと耳元で弾丸が通り過ぎる。
雲が近い。
増していく物量に瞼を閉じる暇もない。
「仰角プラス4°。目標までカウント3」
雲に突入。
瞬間、刀を順手に持ち替える。
月色の魔力を全身に覆い、目の前から来る弾丸に対し無理やり突き進む。
腕や腹に受ける弾丸。
打撲のような痛みが滲む。
だが、それら一切を無視する勢いで、意識は雲の上へと向っていた。
「2」
刀から眩い光が溢れ出る。
立ち昇った魔力に視界が揺らぐ。
二つの得物を左脇腹に構えた。
「1」
瞬間、左目に弾丸が迫る。
突然現れたそれに瞬時に顔を背け、目を瞑る。
しかし直後、弾丸は瞼へと皮越しに食い込んだ。
弾丸に左目が押され、閉じかけていた瞼から眼球が飛び出る。
「くッ!!」
上下左右が分からなくなる平衡感覚の欠如と、張り詰めた意識が途切れる感覚が体勢を後ろに背かせる。
歯噛みし、痛みに得物を握る手から力が抜けそうになる。
だが、上を向いていた輝夜の目に確かに雲の上から光が差し込んだ。
「0」
体から離れ、輝夜の目の前で宙を舞う無線からダブレスの声が聞こえた。
感情が乗っていない冷徹で平坦な声。
ふとそう感じ取った瞬間、絶対的な使命感が強くのしかかり、目に強い光が浮かんだ。
勢いよく息を吸い、肺に空気を留める。
張り詰めた緊張が戻り、意識が前のめりになる。
体を前に戻し、手に溢れんばかりの力がにじむ。
「はぁぁぁ!!」
目からの出血を物ともしない気迫と声が無意識に空を蹴っていた。
雲を超える。
刀に魔力を纏い、横に勢いよく振るう。
しかし、得た手応えとともに悔しげな顔を輝夜は浮かべる。
全身を雲から出し360度見渡しても死神の姿などどこにもない。
「固定砲台か」
あるのはただ一つ。
今まさに真っ二つにした、まるでキャンバスに描かれたような笑う不気味なドクロのみ。
だが、何故か嫌な感覚というものが頭から抜け落ちない。
刀を構え、周囲に目を配る。
瞬間、感じた微かな視線。頭上の割れたドクロへ向け刀を抜いた。
放たれた月形の斬撃。
それが豆腐でも切るかのようにドクロの顔右半分を切り裂き、その先にいたなにかをきり裂いた。
「なっ!!」
瞬間、振り上げた腕が数発の弾丸に撃ち込まれる。水平方向、左目を失い狭まった視界からの突然のことだった。
狙撃位置へ輝夜は振り向く。
雲が風によって流され、現れたのは頭上のドクロと同じながらも人一人分サイズの固定砲台。
血が腕を伝う。
唇を噛み、最後の力を振り絞って刀を鞘にしまうと撃たれた右腕をぶら下げる。
「目を狙ったのはこのため」
その時、頭上からポタッと一滴の血が左腕に落ち、目を見開く。
頭上を見るとそこには一人の人間がいた。
「貴様が死神か」
目線の先、灰色のローブを被っている小柄な少年が。血を垂れ流している手でフードを取り、死神は自ら顔を見せた。
「あはは最っ高。まさか僕に一撃与える人間がいるなんて」
灰色に近い銀髪、黒色の瞳を輝かせ幼く笑う少年。
顔に手を添え、空中で座る死神のその両手には灰色の魔導書と、どこにでもあるようなピストルが握られていた。




