第八十二話「実績解除:痛み分けと脱出」
互いに視線が交じり合う。
動かず、踏み込みようともしない両者の姿勢。
目を細めて見続けるが、死神は動かない。
(似た者同士か)
だからこそ、虚を突くように輝夜が踏み込み、真上にいる死神へと距離を詰める。
それに笑みを浮かべる死神。
目を閉じ、魔導書を開いた。
「でも、君じゃ不適格かな」
振り上げた金棒を前に死神はピストルを胸の辺りにしまう。
すると、魔力で覆われた片手で金棒を掴み、受け止めた。
「ムッ」
力押しに移行するも、拮抗はしなかった。
軽く金棒を振り回されると、体が吹き飛ばされそうになり、手を離した。
振り回された勢いのまま、真下へと急降下する。
「分かるでしょ?今ので。僕らにとって魔力は」
空を蹴り、再度近づく。
拳に力を入れ、肩を引き拳を放とうとする。
しかし、目の前に金棒を投げられ、咄嗟に握った手を開き金棒を掴んでしまった。
「必要不可欠」
金棒自体を足で蹴られ、衝撃が体にまで伝わり先ほどの比にならない速度で雲の中に沈む。
「くッ…!」
(この速度。無理に止めれば魔力を失うか)
冷たい空気をはねのけ、頬に汗を流す。
その一滴が自分から離れ、上に飛んでいく。
それと同時、禍々しい混沌の魔力が雲の隙間から流れているのが見えた。
(いや、逆だ。止めずに落ち続ければ下は海。唯一上回っている速さを使えば)
「賭け、か」
金棒を放り投げる。
逆手で刀を抜くと、柄を口元へ近づけ、噛んだ。
鞘を引き、刀身全てを現すと柄を再度掴み、顎の力を緩め、刀を手にした。
(彼女たちが遠く離れていることを信じよう)
刀を空中で振るう。瞬間、全方位に揺らめく魔力が荒波となり、激流となって辺りに広がった。
雲を抜ける。
直後、カラスを横目に見た。水を絞り取られたように生気のないその瞳と上を向き脱力した体。
それを見て、目線を逸らし上を向いた。
刀を前に構え、直後真っ黒な魔力が体の周りに渦を巻き始める。
(後悔するな。視野を狭めろ。ただ仲間のために成すべきことを)
「させるとでも?」
直後、糸のような小さな弾丸が胸を貫いた。
吐血し、途端に息が苦しくなる。
(なッ、そこまで)
球体状の魔力に覆われた死神。
魔力を吸い取られながらも、無理やりに渦に入り込まれる。
腕を伸ばしてくる死神。
その延長線上が柄だと目で追って気づき、わざと刀を手放した。
死神の手に柄が収まるように。
だが、銃声とともに刀が弾かれ飛んでいく。
「お返しのつもり?」
真っ黒な液体状の魔力がピストルを覆う。すると、撃った分装填にカチッというリロード音が聞こえた。
「さぁ?」
腹を蹴られ、再び急降下。
地平線とともに海上が見え、次の瞬間体が水の中に沈んでいた。
揺らめく水面の上でピストルを向ける死神が見える。
足に魔力を纏い、水中を蹴ってマグロのように水中を泳いでいく。
その姿を目で追いながら、死神は海面を走り、並走する。そして、言葉を発した。
「不条理で壊れた世界は天への祈りに導かれ、願いは地へと堕ちる」
通る軌跡に荒波を立てながら、引き金を引き、水中にいる輝夜へ弾丸を放つ。
(狙いは刀だろ?つまり物量勝負だ)
何発も何発も走りながら、撃っていく。
「銃怨の書第三章"絢爛機銃"。泥沼に堕ち、愚者と成りて意志を成す怨嗟の悪魔よ。この願いを聞き届け銃怨の力を我が身に」
一筆書きに墨のような魔力で描かれる三脚のない機銃。
実体のないそのものが死神の手に触れる。
すると、触れた引き金から細部が実体となって積み上がり形を成していく。
「上から叩きのめしてあげるよ。海底まで一直線に」
力強く踏み込み、死神は高く跳んだ。
そして、見えた上からの光景。
海からも空からも魔力を引き寄せる、海底に埋まる刀。
そこを中心に海には巨大な渦が、天からは中心へと雲を飲み込み、渦を巻きながら魔力の光が綺羅びやかに降り注いでいた。
まさに天災。
その中心、渦を抜け刀を掴んだ輝夜と跳んできた死神の目が合う。
「さぁ終わりにしようか!!七英傑、輝夜雫!!」
「あぁ、これで終わりだ。死神、貴様との戦いは」
汗を頬に浮かべ、刀に触れた輝夜の手に亀裂が入る。
その時、両者は感じ取った。
嫌でも無視出来ない二つの莫大な魔力を。
あらゆる魔力が凝縮され起きた魔場の過密。
それにより、大抵の魔力が感じ取れないこの地で。
「まさか…!!」
死神が目を見開く。
「混沌はより混沌とした場所を求め、特殊型はより大きな魔力のある場所を求める」
輝夜の言葉にハッとする死神。
「罠に誘い込まれたのは……」
息を飲んだその時、赤色の髪の狂気的な笑みを浮かべる少年によって首を掴まれていた。
「混沌!!!」
自身の体がポリゴン状になり、視界が左半分真っ黒になり体の感覚が消えていく。
だが、表情一つ変えず掴む手に向け、コンマ数秒で銃を撃ち込んだ。
混沌の手の力が弱まり離れ、体が元に戻る。
死神は後ろに距離を取ろうと、横に跳んだ。
しかし、背後を振り向き巨大な影を見て動きを止めた。
「あはは、これは……まずいかも」
その影がだんだんと大きくなり、姿を現す。
嵐を運ぶその者の触手が一直線に死神と刀へと迫る。
「でも!!危険に見舞われるのは自分だけじゃ」
そう言い、刀の方を見たが輝夜の姿は消えていた。
(なッ、奴はどこに)
直後、渦と特殊型すべてを取り囲む出口のない月色の壁が空から海底にまで降りかかる。
刀をその場に残したまま。
「あーそういう」
手に持った機銃を触手に向け、弾丸を放つ。
目の前の触手を肉片にして、下に落とした。
「目的は逃走。僕たちと違って戦う理由はそこまでないのか。やられたよ、ほんと」
壁に遮られる瞬間、見えた輝夜の背中を見つめ死神は目を瞑った。
「ただ刀はもらっていくよ」
◆ ◆ ◆
リスウェルに乗り、街へと目指す一行。
その時、肌を突き刺す異質な魔力の感覚が無くなった。
「圧が消えた」
「おそらく輝夜の刀の魔力吸収によるものだろう」
ダブレスの言う通り、背後を振り向くとゆらゆらとした魔力が漂っているのが見える。
それと同時、人らしき何かが向かってきているのが見えた。
「あれって、もしかして」
だんだんと姿を大きくし迫りくる、その者の速さに名無しは見覚えがあった。
「輝夜!!」
電光石火の如き素早さで、一行に追いつき輝夜は名無しに目を合わせた。
「勝負は決した。帰るぞ、拠点に」
その言葉に皆の顔が明るくなる。
ただ、名無し一人だけは気づいていた。
腰に据えた刀が無いことに。
「輝夜、刀が」
側に近寄り、輝夜にだけ聞こえるように言った。
「痛み分けだ。安心しろ。人の命と違い、刀はいつでも取り戻せる」
あっさりと言う輝夜に内心まだ納得しきれていない。だが、全員生きて帰れたのだけは最良の結果だ。それだけは疑いようもない事実だと胸に刻み前を向いた。
「分かった。ただその左目だけは私が絶対に治すから」
真剣な名無しの目に輝夜は小さく柔らかな笑みを浮かべる。
「頼もしいな。恩に着る」
カイを先頭に駅のホームを一行は目指していた。
その途中でふと名無しの頭にある事が思い浮かんだ。
「あ、そう言えば混沌って」
「あ」
表情が固まった輝夜はすぅ〜っと息を吸うと、聞き耳を立てたルプスが近づいてきた。
「混沌ちゃんがなんだって?」
顔を近づけ、笑顔で聞いてくるルプスに輝夜は顔を背けた。
「その内戻る」
「雑!!私の混沌ちゃんが……」




