第八十話「試される力」
瞬間、弾丸と自分たちを隔てる月色の壁が上から下に降りかかる。目線を上にすると、壁の頂上には刀を半分鞘から出した輝夜の姿が。
素早くありながらゆっくりと感じる所作で刀を鞘にしまった。
一番前を先行するカイと目を合わせ、輝夜は自分たちに近づいた。
「一柳。例の魔術を。弾丸に魔力はない」
「そうすべきみたいだな」
魔導書片手に壁を見て一柳は体に魔力を纏わせた。泥のような魔法陣が自分たちを囲む球体状に展開されていく。
「遅延結界」
輝夜が作り出した壁が粒子状になって消える。
すると、無数の弾丸が奥から飛び出した。
真っすぐ向かってくるのが魔法陣の隙間から見えたが、名無しは目をつむらない。
それら弾丸は魔法陣を通過すると同時、泥に絡め取られる形で下に逸れ、勢いが落ち落下した。
「輝夜。てめぇ焦ったな。魔力全部使ったろ」
辛そうな声で言う東谷の言葉に苦い顔を浮かべ、輝夜は頷く。
「あぁ、その通りだ」
返答を聞き、東谷は輝夜の前に拳を突き出した。
すると、血みどろのその手に金棒が虚空から現れた。
「受け取れ。物量の弾丸が通じねぇんだ。次、本命が来んぞ」
目と目が合う。
東谷の目には殺意に満ちた戦いの目と信頼し託す光に満ちた目の両方があった。
「恩に着る」
「いらねぇよそんな言葉。やれんだろ?鬼に金棒だかんなぁ」
その言葉に輝夜は小さく笑う。
「全くもって、その通りだ」
その言葉を聞いて、安心したように東谷は気を失った。
一柳に目をやり、弾丸が来る逆から結界を抜け外に出た。
「あれって」
見上げた名無しの目に結界の隙間から一つの光が映る。
「地上だ」
はっきりと外に出る穴を見たわけじゃない。
だが、この閉塞感から解放するような救いになる光だと名無しは漠然と感じそう言った。
全員が上を向く。
すると、皆が笑みを浮かべた。
より一層濃い魔力の波。
気味が悪い感覚を肌で感じるその魔力は、何種類もの色が混ざり合っていた。
「「混沌」」
確信した様子で皆が言った。
瞬間、弾丸の嵐が止まる。
「さーて、こっからって感じだね」
ルプスが弾丸が来た方を見て汗を浮かべながら言った。
「うん。死神の全力。これを何とかしたら、」
「ってことで、後はリスウェルに乗ってよ」
明るい声でルプスは言うと人差し指を振り、下にいる誰も乗っていないリスウェルが動き出す。
勢いよく体が振りほどかれ、体が宙に浮いた。
前に手を伸ばすが何もつかめない。
「待っ」
「一柳、開けて」
ルプスの言葉に一柳は視線を右往左往させるが、結界を人一人分開けた。
体が落下する浮遊感。
目の前で何も掴めない光景が母に突き放された光景と重なる。
直後、脇を掴まれリスウェルによって宙に浮いた。
「なんで外なんかに!!」
「さぁね。何となくそうするべきだと思っちゃったからかな」
笑顔で言うルプスの目には少し涙が浮かんでいた。
分かっていた。
ルプスを戦わせず、今の瀕死の自分たちに万全の死神と対抗することなんて出来ないことを。
(いいの?このまま、行かせて)
動悸とめまいで体の感覚が不安定になる。
弱々しく右手が前に伸びる。
死んだ母の姿が一瞬頭によぎった。
瞬間、歯を食いしばり右手を強く握りしめた。
(駄目だ!!それだけは絶対に!!)
眼光を強め、ルプスを見る。
当の本人は結界の外に体を半分出し、上を見ていた。
(考えろ!!全員が生きて帰れる道を!!)
こめかみに爪を食い込ませ、名無しは思考を張り巡らせる。
あの時とは違う、一人じゃないこの状況。
だからこその活路。
時間が引き延ばされたように周囲の光景が緩やかになった。
(死神の本命を対処するために今一番の問題は魔力量。攻撃相殺分の魔力は必要不可欠)
魔力がまだ残っている人間を名無しは目を瞑り思い浮かべる。
暗闇でルプス、リスウェル二人だけが見えた。
不十分。
様子見であろう先の弾丸を思い出し、名無しは苦しい顔を浮かべる。
だが、直後頭に浮かんだ事柄に名無しは目を見開いた。
(違う。逆なんだ!!私たちは魔力を使っているから攻撃されているんだ!!)
超遠方。
約二キロ先から狙撃できる事実。
肉眼でどうこうできるレベルを超えた超視力は、魔力探知に頼っているに他ならない。
相手が特殊な能力ではなく、自分と同じ魔導書系統ならなおさら。そう、名無しは確信した。
(狙撃と魔力探知、魔導書系統。つけ入る隙はこの三つ)
「策がある!!」
目を瞑って出した喉を痛めるような叫びにルプスが止まり、思わず振り向く。
「全員死なせないたった一つの策が」
ルプスが見たその目には一切揺らぎがない。
絶対に成功すると訴えかけるそんな目だ。
唇を噛み、ルプスは結界の外と名無し二つに目を移し目を瞑ると眉間にシワを寄せた。
苦悶の表情を浮かべると、ルプスはため息をついた。小さく笑みを浮かべ、脱力したように名無しに近づく。
「絶対に成功するんだよね?」
目の前まで顔を近づけ、ルプスは肩を掴んで聞いた。痛みを感じる程度に強い力に名無しは、一瞬片目を瞑るが、すぐに開き言葉を発した。
「ここにいる全員の力があれば」
その言葉に、ルプスは救いの光を見るような目で名無しを見る。振り返り背中を名無しに見せた。
「全く覚悟を無下にしちゃってさ。乗って。全員の力が必要なんでしょ?」
その言葉にルプスに乗っかり、腕を首の前に回した。
「ありがとう」
上を見る。
地上が目に見える距離まで迫っていた。
「それで策とは?」
ダブレスの言葉に息を飲み、言葉を発した。
「私たちはこれからデコイを作る!!」
◆ ◆ ◆
数十秒後。
地上への穴から複数人の影が飛び出す。
瞬間、直径八メートルはある鉄球が飛び出した影を水平方向に吹き飛ばした。
衝撃に影たちの骨がひしゃげ、人間らしい形を失う。地面に倒れ、転がる鉄球に押しつぶされた。
しかし直後、穴から配置も数もまったく同じの影が飛び出した。何組も何組も写し鏡のように。
(約二キロの魔力探知。これがもし、スナイパーとして探知できるギリギリの距離なら、対象が何の魔力属性か個々に判別なんて芸当はまず出来ない)
地上への出口から差し込む光へと名無したちは飛び出した。
荒れ狂う風とそれに乗っかる魔力を肌で感じる。
近くには金属物を無理やり丸め込んだような鉄球が転がっていた。
(ルプスの予測通りだ!!魔力探知は形状把握域より属性範囲域の方が範囲が小さい。偽物にまんまと引っ掛かった)
「デコイは成功!!」
「ほんとね。全く、もう魔力からっからだよ。僕」
名無しの手が届く横でリスウェルの肩に乗るぐったりとした様子の天翔は今にも眠りそうな声で呟く。
「ごめん。でも、天翔が必要だったから」
デコイとなったリスウェルの分身。
彼女たちが身につける服や輝夜の身体的特徴の鬼の角。それらが緑色の魔力によって出来ているのを見て名無しが言った。
「おかげで偽装精度が向上した」
天翔の手に触れ、再生魔力を限界まで出し尽くし名無しは言った。
それぞれの組が巻き添えを食らわないよう散開した。その中で、名無したちの組だけが後方に遠ざかる。
「さて、ここからだ。探知が効かないとなると、奴は飽和攻撃をしかけるぞ」
ダブレスの指摘に名無しは頷く。
「そのために輝夜がいる」
刀身を親指の第一関節分だけ見せる輝夜。
その刀からほんの少しだけゆらゆらとした魔力が漂い全員の体につきまとう。
「そっか。刀で魔力を吸っちゃえば、死神の目から私たちは映らない」
ルプスが感心したように言う。
瞬間、輝夜が後ろを勢いよく振り向く。
「ダブレス。君の言う通り飽和攻撃だ」
輝夜の言葉に顔を後ろに向ける。
その光景に疲労で表情があまり動かない中、ニヤリと名無しは笑みを浮かべた。
先の数百とは桁が違う。
数千、数万はあるかもしれない。
それだけの弾丸が上空から流れ星のように振ってきた。
「ダブレス!!カイ!!」
表情を戻し名無しは言葉を放つ。
瞬間、リスウェルの背に乗っかった二人が向かってくる弾丸に対し左右に別れた。
二人は片目を瞑り、人差し指を目の前に持っていく。向かってくる弾丸一つを指先に合わせた。
「「金属材料を鋼材と仮定。弾丸の直径から質量を算出。空気抵抗計算。二点の仰角、方位角、相対速度を把握。座標算出演算開始」」
名無しはカイとダブレスの二人からデコイの中央に視線を向けた。
そこにはただ一人迫りくる弾丸を前にため息をつく一柳の姿が。
手に持った弱化の魔導書が光る。
「遅延結界」
瞬間、デコイ全ての頭上を覆う泥の魔法陣が展開。
直後、弾丸が魔法陣に到達した。
それらは泥に絡め取られ勢いを無くすと、地面に落っこちる。
「ダブレスたち二人が居場所を割り出すまで、一柳の魔術で時間稼ぎ。だけど…、」
「魔法陣の形は把握される。円形である以上、発動元である中央への狙撃は免れない」
鞘を持つ手に力がかかり、カチャっと音を立てる。
額に汗を浮かべ、打開策を探る名無し。
しかし、直後リスウェルとその上に乗って眠っているアリアが横切る。
「ここはおまかせを」
「え、リスウェル、とアリア?」
静止を無視し、魔法陣の中央に向かうリスウェル。その片目は開かれ前を真っすぐ見つめていた。
「マスター。仲間が死ぬかも知れない。そんなときでもあなたは眠っているのですか?」
その言葉に、アリアの小指がピクッと動く。
リスウェルは足をつけ、自ら駆け出す。
「そんなのカッコよさの欠片もない」
瞼が痙攣したように動き、眉間にシワを寄せる。
「あなたは私に憧れ、私の意志を受け継いだマスター。主従なんて今はいい。その胸に不屈の心があるのなら眠っていようが剣を抜け!」
拳が勢いよく握られる。
「あなたは私のマスターでしょう!!!」
両目が勢いよく開く。
リスウェルの肩を掴み、空を見た。
瞬間、体を支える手が外れ、弾かれるように背中から離れた。
地面に足が着く。
直後、リスウェルを追い越し、魔法陣の中央へと跳んだ。
「全部聞いてたぜ」
頭部へと弾丸が迫る。
瞬間、ポケットから現れた人形のリスウェルが骨を生み出す。
弾丸と骨が激突。
軌道が逸れ、魔法陣の下に落っこちた。
アリアは降ってくる弾丸に目もくれず、なぞるように一柳の魔法陣に触れる。
瞬間、触れた軌跡に赤色の魔法陣が浮かんだ。
形は同一。しかし、それらは一つ一つ大きさが違う。
(あの時掴んだ感覚、イメージ全てを吐き出せ!!)
両手をかざす。
魔法陣がさらに赤く光る。
瞬間、魔法陣が触れていない場所まで伝染するように展開された。
アリアを起点に枝が生え、葉ができ、花が咲くように。一柳の魔法陣の大きさを超え、円と円が何重にも重なる。
「まさか、魔法陣を隠すために魔法陣を使うなんて」
「じゃあ、後は」
ルプスが見た方角。
カイとダブレスに目を向ける。二人は弾丸を目で追っている。
「計算が終わり次第、輝夜、ルプス二人の力で空の上の死神に一撃を叩きこむ」




