第七十五話「会話に隠された小さな弱み」
「いるんでしょ?そこに」
暗がりの中、名無しが問いかける。
機械の駆動音が両隣から鳴り響く中、鉄網の上をコツコツと足音が聞こえる。まるで自分の心臓の鼓動が重なるように。
数秒経ち、足音が消えた。
すると、奥からダブレスの声が反響して伝わってきた。
「わざわざ君の方から来るとは。罠を仕掛けたつもりはないが」
「そりゃあ、狩られるだけの獲物じゃないからね。今は対等だよ」
「対等?先刻、ただの機械に負けた獣人と無力な人間がか?」
「いや、仲間全てとあなたに対して」
ダブレスの姿は見えない。
最低限の明かりしかついていないのか、遠くははっきりとは見ることができない。
見えるのは通路の壁としてある、人の背丈以上の機械とパイプのみ。
ただ、名無しはそこで立ち止まっていた。
まるで誰かにずっと見られているような気味の悪い感覚を感じて。
「つまり君の狙いは交渉か」
「そう」
「そうか、それは残念だ。私は君たちと交渉する気はさらさらない」
「話だけでもお願い。人質以上の価値にはなると思う」
「名無し」
小声で囁くルプスは前に指さす。
それに、頷き一歩ずつ辺りを見渡しながら、ゆっくりと歩いていった。
「………」
問いかけに急に黙りこくるダブレス。
コツコツと今度はそこへ足音を響かせながら歩いていった。
突き当たり、前に何かが見え始める。
見上げるほどに巨大で数多の配線で繋がれた機械は一定のリズムで音を鳴らしていた。
そのせいか、振動で地面が揺れていた。
(そういえば魔力発電所がこの地にあるって)
さらに近づき、はっきりと全容が見え始める。
が、それよりも早く地面に置かれた四角い金属物に二人は気づいた。
「スピーカー」
ザザザっとノイズが入る。
直後、ルプスの狼の耳がピンと立つ。視線を右左に動かした。
「ッ!!」
瞬間、目を見開き、後ろを向こうとするルプス。
パシュンと空気を掠め、目の前のスピーカーが粉々になる。遅れて銃声が耳に入り、ルプスは動きを止めた。
「動くな」
バクバクと心臓が鳴る間もなく、二人の後頭部に硬い金属物が突きつけられる。
苦い顔を浮かべる名無し。
全てが終わったかのように暗い表情を浮かべるルプス。
主導権がどちらに渡ったのかなど一目瞭然だった。
「投降しろ」
「流石に無理かなー、これは。手を上げるしかないや」
そう言いながら、諦めの悪い目で名無しを見て手を上げないルプス。
それを見て、名無しは意外そうに口を開ける。
目を瞑り、重たい口の奥から押し出すように名無しは言葉を発した。
「上げない。人質取るなら万が一抵抗出来るルプスをまず殺すのが合理的。そうしないのには別の理由があるんじゃないの?」
「命乞いさせる人間は多ければ、それだけ心が揺れ動く者も出るだろう。それに、犠牲者の数も一人か二人かで命の天秤が傾きやすい」
「それは本音?」
「ああ」
「なら、私たち連れてさっさと上に行けば?こんな無駄な会話しないで。それで全部終わりだよ」
吐き捨てるように、諦めているかのような顔で後ろを振り向く。
すると、腕とピストル以外が透明で何も見えなかった。
(最初の透明のやつ。ルプスが気づけなかったわけだ)
「私が上に行き犠牲者が出れば、君たちは諦めて輝夜を出す。そうなれば君たちの作戦は叶わず、私の主要施設は崩壊しかねない。やるかやらないかはともかく、可能性がある以上は動く気はない。それに、そんな暇はないな」
作戦という言葉を聞いた瞬間、苦い顔を浮かべるがすぐに頭を切り替えた。
「暇ないって他に何があるの?戦況を楽に変えられる今やるべき事って?」
「言葉数が過ぎるな。人質の自覚はないのか?殺すぞ」
分かりやすい脅し文句。
殺すための覚悟の時間を作るためじゃなく、本当に殺すつもりが無いのだと名無しは察した。
しかし、再生の書で治せる程度には傷をつけてくるだろうということも同時に理解し、歯噛みする。
(逃げる、なんて選択肢はハナからない。最下層への退避をダブレスが拒んだら、上の人たちは特殊型魂喰霊に殺られる。交渉して味方につける以外活路はないんだ。考えろ。一番ダブレスと会話したのが私なんだぞ)
「そういえばさ、うちって君たちと離れた後閉じ込められたじゃん?」
軽快な口調で話し始めるルプス。
しかし、背中に回したその手が震えているのが名無しには見えた。
「ああ」
「多分一番最初でしょ?うちら前進隊チームをダブレスが裏切ったの。じゃあさ普通、隠蔽のために私を殺すよね?何であのまま放置したの?」
「………」
鋭い刃を突き刺すように言葉を放つルプスに突きつけられた銃が僅かだが確かに動いた。
(ッ!!確かに。人の証言しか証拠にならない今の世界で、外に出たルプスが魂喰霊に殺されたって適当に嘘を付けば完全犯罪だ)
「気まぐれだ。放置しても殺しても何ら影響はない。どっちを取ってもおかしくないだろう」
「いや、おかしい。そもそも、教魔団と手を組んでるように見えて、私の魔力を教魔団に渡さないように攫ったり、教魔団との密談が私に聞こえてるのが想定内って言ったり……。ダブレス、あなたは一体どっちの陣営についてるの?」
その問いかけに数秒の沈黙が続く。
だんだんと張り詰めた空気になっていき、二人は息を飲んだ。
「全ての行動に理由があるのか?君は」
「いいや。でも、互いの陣営の命運がかかってる状況で理由なしにした行動とは思えない」
「それでもカバー出来る余裕がこちらにあったとしたら?」
「そしたら私たちを撃っても撃たなくてもどっちでも良くなるね。……殺るなら殺っていい。それが答えだから」
目を瞑り、真っ黒な視界で心臓の音だけがうるさく聞こえた。舌の味が変になるのを感じながら、顔が強張る。
すると、突きつけられていた銃の感触が消えた。
目を開け、顔を背けるダブレスに表情が柔らかくなる。
「どちらにもついていない中立だ。私は。両陣営の行く末は異なる二つの未来だが、私の夢はどちらの未来でも追えてしまう。ならば、犠牲の出ない選択を取るのが最善だろう」
ため息混じりにダブレスは言う。
「それは妻とカイのため?」
「あぁ、恨まれるのが私だけなら別に構わない。が、家族にまで降りかかるのは看過できない」
カチッと音がし、透明化が解ける。
目の前には変わらないアイドル衣装のダブレスが立っていた。
「はぁ、なーんだ!マッドサイエンティストだと思ってたけどただの家族思いのいい奴じゃん。緊張して損し、え?」
眉間に拳銃が突きつけられ、ルプスはそれを見て寄り目になった。
「場合によっては殺す。君らの仲間になったわけではないからな」
ダブレスは銃口を上に向けグリップの先でルプスの額をコツンと叩いた。
ルプスは叩かれた箇所を両手で押さえ、見逃してしまうほど素早く手を元に戻し、直立不動になった。
「先刻言った通り、君らは人質だ。場をわきまえろ」
「かもね。じゃあ、こっから先は人質の戯言。話に乗りたいなら乗ればいい」
「なるほど。なら話せ。勝手にな」




