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終末世界で明日を見る  作者: がみれ
第三章「欺瞞の渦と波乱の予感」
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第七十二話「Profile:アリア」

(リスウェルとは同じ高校だった。別に幼馴染でも入学から互いを知っていたわけじゃない。彼女と出会ったのは二年の春、橋の上でだった)


 部活も入らず図書館に入り浸っていた夕暮れ時。 

 風が吹いてたまたまアリアは橋の下を見た。すると、


「おい!!パン買って来いって言ったよなぁ!!なに棒みたいに突っ立ってんだ?ああ?」


「でも、お金がなくて」


「知るかよ!!そういうのはな、親の財布から盗んで来んだよ!!」


「それは」


 見るからに柄の悪い不良たちが群れていた。

 その中で一番図体のでかい男がなよなよとした眼鏡の少年の襟を掴み持ち上げ、今にも殴りかかろうと拳を高く上げていた。


「同じ学ラン…」


 その時、思ったことをアリアは今でも覚えていた。


(このまま止めに行っても橋の上からじゃもう遅いし、ああいうのは関わらない方がいいよね。そのはず。大体部活も入ってない僕なんか行ったところで変わらない。そもそもいつもなら河川敷なんて見てなかったし)


 利己的に知性的に最善だと、その時のアリアは見て見ぬふりする選択を取った。


 自分の行動は間違ってないと頭の中で言い続け、視線を殴られ蹴られ続ける少年に引っ張られながら無理やり頭を前に向かせた。


 苦い顔をし歯を噛みしめ、ただあの少年に共感するだけの傍観者として去ろうとした。


 その時、目の前に彼女が現れた。


「あらま」


 アリアと同じ、ただいつもより風が吹いてたまたま下を見た同じ学ランの女。


 彼女はアリアとは似て非なる存在だった。


 下の光景を見て考える間もなく彼女は柵を乗り越え向こう側に。


 格子を掴み体を支えると、自らの鞄を躊躇もなく放り投げた。

 

 鞄を目で追うと、不良のリーダーの頭に見事に的中し、軽い音が聞こえた。


「てめえ、だれだ!!!」


 少年を地面に放り投げ、血が沸騰したような赤い顔で睨んでくる。


 その恐ろしい目にアリアは顔を背けうずくまった。


(やばいよ!絶対目つけられた!)


 すぐに立ち上がり逃げようと足を踏み込むが、鞄を投げた少女の事を思い出し立ち止まる。


「ああもう!」


 腕を掴み、下を向く少女にはっきりと声を出した。


「誰だか知りませんけど逃げましょう!後で恐ろしいことに、なって」


 けれど、目の前の少女の顔を見上げるとアリアは咄嗟に手を離してしまった。


 自身の考える恐ろしいことなど一ミリたりとも考えない恐怖のないその顔を見て。


「私の眼前でよくも人間ごしゅじんさま候補を。フフッ。教育してさしあげましょう」


 優しい笑顔のまま彼女は下を見続け目を逸らさない。格子を掴む手を離し、彼女は下へ落ちていった。


「まッ」


 離した手をもう一回掴もうと手を伸ばす。

 しかし、手は届かなかった。


(人が落ちていい高さじゃない。いや、待て。あの顔)


 糸目だった彼女の横顔。

 それで思い出した。存在を。学校で有名な彼女がどう呼ばれているかを。


「常に糸目のメイドさん。またの名を」


 柵に身を乗せ、橋の下を覗く。

 そこには倒れたリーダーの背中の上に仁王立ちする彼女の姿があった。


「狂気の虎喰らい”リスウェル”」


 息を飲み、心臓の鼓動がドクンドクンと早くなる。


 それを確かめるため、自身の胸元を掴み、服にしわが出来た。そして、弱さを呪うように自分の爪を服の上から胸のあたりにギュッと食い込ませた。


 砂ぼこりから現れ、ぐるぐるとした両目で睨む彼女に、顔に汗が流れ息をのむ不良たち。


 後ずさり、失神したリーダーの潰れた顔を見て青ざめる。


「橋からおお、落っこちてきたのかぁ?に、人間じゃねぇ」


「わたくしはメイド。メイドはご主人様を守るもの。故に私は人間ごしゅじんさまより強くなくてはならない」


「く、来るな!!逃げるぞ、お前ら!!」


 そそくさと退散する不良たち。

 去って行ったのを眺め、両目を閉じリスウェルは口角を上げ、少年に屈む。


「大丈夫でございますか?」


「あ、ありがとう。大丈夫」


 ポカーンと少年は答える。


「えーっと、その傷は大丈夫とは思えないのですが」


 投げ飛ばされた時に出来た手と足の擦り傷からは血が見えていた。


「あ……いや…別にいいんだ。慣れてるから」


「……我慢は時に毒でございます。どうぞ。消毒してからお使いください」


 ポケットからくまさんの絵柄が入った絆創膏を取り出し、リスウェルは笑顔で少年に渡した。


 アリアはそれを見て立っているような感覚ではいられなくなった。


「状況は僕と同じだった。いや、僕より気づくのが遅かったのに、見た瞬間迷いもなく飛び降りた」


 助けに行くため行動しなかった後悔は拭えないほど心に引っかかる。


 だが、それ以上にアリアは心の底から何かを感じていた。それは、半ばあきらめた非現実的で具体性もない夢見た少年が思う心の源泉。


 自分が犠牲になるなんて考えず、勇猛果敢に敵にぶつかる姿にアリアは、


「かっこいい!」


 そう思わずにはいられない感情を行動で彼女に見せつけられ、高揚感とともに輝く目はずっとリスウェルを追っていた。


 傍観者である「僕」はこの時初めて、彼女の横に立てれるかっこいい「俺」でいようと思えた。


 ◆ ◆ ◆


 後ろに伸ばした女のような髪を切って、学校に登校すると友人には大層驚かれた。


「おー!!随分、イメチェンしたな。お前」


「変か?」


 その問いかけにアリアの友人は目を見開き、椅子から立ち上がった。


 口調の変化によるものだと、アリアも分かっていた。目線を逸らし、不安そうな表情で後ろを向こうとしたが、肩を掴まれ無理やり前を向かされた。


「いーや、今の顔の方がずっといいぜ。男前になったじゃねえか。このこの」


「やめろって」


 笑いながら頭をぐりぐりとするいつもと変わらない友人にアリアも安心し笑った。


 家庭内は少し違ったがそこまで気に留めようとは思わなかった。


 母には怒鳴られ、リモコンをぶつけられたが、ずっと彼女のように笑みを浮かべていたらへっちゃらだった。


 剣術や合気道。

 数えたらきりがないほど、色んなことに挑戦した。当然すべてはうまくはいかなかったがそれでも得た経験は無駄にはならないと思えた。それに自分の向いているものも見つけられた。


 ある夕暮れ時の山の中。

 友人が木刀を素振りするアリアに付き合っていた時の事。


「なぁ、そろそろ教えてくれよ。何があって木刀振るうようになったのか。別に身を守るためのものじゃないだろ。それ」


 汗を流しながらひたすら素振りするアリアに岩の上に座りながら友人は聞く。


「憧れを持ったんだ。彼女のようになりたいって」


「誰の事だ?」


「リスウェル」


「お前、、いや、うーん。どういったらいいか。筋肉ついた今のアリアにメイド見習いは無理じゃないか?」


「違うから!!そうじゃない。精神の在り方だ。あの人は迷いもせず人を助けた。自分を勘定にいれず、自分より体の大きい不良たちに立ち向かったんだ」


 目を輝かせ、横に振った木刀が木に当たる。

 どしんと音が響き、葉っぱが散る。木にはまるで重たい石が勢いよくぶつかったように痕が出来ていた。


「かっこいいだろ?」


 友人は岩から降り、ツンとした表情でアリアの頭を思いっきり叩いた。


「痛ったああ。何すんだ」


 アリアは涙目で友人を見上げる。


「馬鹿か。そりゃ、運がよかっただけだ。不良どもが頭のおかしい女にビビった。それだけだろ?しかも、その本人もそれで足折ってるし、何がかっこいいんだか」


「そこだよ !!別に強くあるのが全てじゃないんだ。覚悟だ。あの橋の上から飛び降りる意志に俺は惹かれたんだ」


 前のめりに話すアリアの目には燃え滾る炎が映っていた。


「意味分かんねー」


 昔っからのめりこめば止まらない彼に友人はやれやれと言った様子で笑みを浮かべ空を見上げた。


(え、なんでいんの……怖ッ)


 その時偶然、友人と木々の上から二人を見るリスウェルの目が合う。


 リスウェルは人差し指を口に添え、しーっと人知れず指を立てた。


 ◆ ◆ ◆


 時は過ぎ、アリアは運良く前進隊に拾われ、入隊した。


「では、この核を。いいんですね?前進隊として任務を与えられる以上、安全の二文字は保証されませんよ」


 副隊長の島名は念を押して言うと、核を手に持って目の前に近づけた。


「大丈夫です。覚悟のつるぎはとうの昔に引き継がれてる」


 島名の手から核を受け取り、アリアは飲み込んだ。その瞬間、体全体にきり裂かれるような激痛が走ると痛みに悶えるより前に意識を失った。


 目を覚ます。

 ベッドから体を起こし立ち上がり、下を向くとアリアは目を見開いた。


 細くなった指先と華奢な体。

 重く感じる全身に意識を向ければ、すぐに女になったのだと理解できた。


「……能力の身体的変化。まさか、俺が望んだのか?リスウェルのようにって。……いや、違うな」


 核を喰らい自分が望む能力を得て、肉体が作り変えられたのだとしたら、何故女になったかアリアの頭は結論をつけていた。


 ベッドに座り、俯く。

 体が沈んでいくような重々しさをアリアは感じた。


「いつまでたっても過去か。ったく、やになるぜ」


「過去に引きずられては前に進めないのですか?」


 病室の扉をすり抜けて部屋に入ってきたヴィクトリアンメイド服を着た一人の女性が言う。


 その声にアリアは目を見開き、扉の方を見る。


「リス、ウェル?」


「はい。お久しぶりです。と、言っても実際は面と向かってお話ししたことなどない初対面ではあるのですが」


「生きて、というか知ってたの?自分のこと」


「遠くから見ていましたから」


「昔からか。じゃあ、よく分かったね。こんなかわり果てた姿で」


 両目を閉じ、ため息混じりにアリアは言葉を吐き捨てる。


 それを聞き、リスウェルは音もなく近付くと、アリアの両手を強く掴んだ。


 突然の事にアリアは肩を上げ、心臓の音がはっきり聞こえるほど胸に響いた。


「姿などは自分を表す一要素に過ぎません。わたくしは内側に秘める意志の強さを見ています。あなた様が持つずっと変わらないカッコよさの熱を」


「けど、今まで鍛えた体は」


「研鑽された技量、身を賭す覚悟が残ってる。それに強くなるためだけに修行したのではないでしょう?」


 その言葉にあの日の光景がフラッシュバックする。身を挺して助けた彼女の姿、心の底から揺れ動きカッコいいを目指した原点を。


 ニコっと笑うリスウェルに掴まれ立ち上がる。

 アリアも釣られて笑みを浮かべた。


「確かにそうだった。というかどうでもよかったね。強さとかそういうのは。目指したのは純粋なカッコよさ」


 掴まれた手を握り返し、アリアはリスウェルを引っ張り扉の方へ歩いていく。


「見せてあげるよ」


 振り向き、迷いのない真っすぐな瞳で見つめはっきりと言葉を放った。


「君に、君以上のカッコよさを」

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