その58
58
翌日、ラルたちと別れた私はエーナエルトさん達と共に神殿へやって来た。
なんでも旅立ちの前には神殿で旅の無事を祈るのがこの国では一般的な事らしいのだけど、それ以上にやっといた方が良い事があるらしい。
「この国は他国と比べていくつかの違いがございます。
まずは冒険者の地位に関してです。
サラ様がSSランクの冒険者である事は存じておりますが、その地位は他国においての位階以上の意味を持つと思ってください」
一緒に朝食を食べている時、エーナエルトさんはあれこれ教えてくれた。
この国に巣食う魔物の質は高くて、その影響で市民のレベルすらも周辺国家より底上げされまくっている。
それは兵士や冒険者なんかも同じ事だけど、それでも中規模国家並の土地の開拓が進んでいないし、人口も増え難い。
そうなると山や川に隔てられた安全だったり肥沃な土地を奪いに他国へ攻め入る事も考えるものだけど、派兵した時に町や村を魔物から守る余裕が無いのでまず無理と言う結論に達しちゃう位に厳しい土地柄。
だからこそ強い魔物を倒せる力を持つ高ランク冒険者の地位は、他国に比べてかなり高い扱いになるのだそうだ。
それこそ下手な貴族よりも権力を握る事が出来るらしい。
それが他国の人であっても、魔物の討伐や危険地帯での採取など自国の益となる存在はそれだけ尊重されるそうで。
「そしてこの国は周辺の国々と比べて偉大なる三柱の神々への強い信仰心があります。
それはまた神々に関わる方々の役割や地位、扱いにも大きく関わってきます。
サラ様が星神様の眷属である事は先日の御神気からして疑いようもございません。
今は抑えていらっしゃいますが、その加護と称号こそが旅をする上で問題になる可能性があるのです」
「神気や称号を隠蔽しているだけでは駄目と言うことですか?」
「はい。隠す事で逆に話が大きくなる可能性があり得ます。
特別な使命を帯びてお忍びで活動なさっているのでしたら、それは神意によるものですから何ら問題はございません。
ですが逆に言いますと何かしらあった際に、特別な使命を持つ使徒様と間違われる可能性があるのです。
そして今隠蔽なさっていたとしても、すでにマルボンの街に住まう多くの民が、冒険者であるサラ様の事を知ってしまいました。
人の噂は瞬く間に広がるものです。
特にこのレイ・ラーサでは神々に関わる事に関する内容は伝播が早く、また噂はその性質上尾鰭が付いてしまします」
あー、隠蔽するのが遅かったという事なのかな。
私の隠蔽を看破できる存在がその辺にゴロゴロしている訳じゃないだろうけど、特殊なギフトを持つ者や神器などの存在は否定出来ない。
そして何より噂は街の人々、特に商人や冒険者などからあっという間に国内へ広がっていく。
伝言ゲームの様に人から人へ伝わる度に少しずつ原型を変えて行きながら。
何か凄く面倒な事になってきたね。
変身すればある程度は誤魔化せるかも知れないけど、結局バレる可能性が高いし。
これも妖精王の狙いなのかも知れない。
大体の妖精って自分が楽しいと感じる事なら相手の迷惑を全く顧みない性質を持ってるからね。
お気に入りの場所に人種が建物を立てたら持ち主や家族を呪ったりとか、苦しむ姿が面白いと疫病を流行らせたりも平気でする厄介な存在だから。
「ですからこの国では、極力問題が起きないよう、神殿が証明証を発行しているのです。
聖職者や聖女や聖人系のギフトを持つ方々、神々の加護が篤い方々には証明証を持ち歩くのが一般的なのです」
こんな例えをすると怒られそうだけど、冒険者ギルドのカードと似たような物なのかな?
ほら、ギルドカードって単なる身分証なだけじゃなくて、冒険者ギルドその物がその人の実力はこれくらいですって認めている証でもあるし。
そんなこんなで私とエーナエルトさんたち三人組とともに荘厳な雰囲気漂う神殿へ足を踏み入れると、先日ここで会った神官長がにこやかに、
「サラ様、エーナエルト様、レイリア様、ヴィル殿、ようこそマルボン神殿へおいで下さいました。
先日は慌てておりまして名乗っておりませんでしたな。
私の名はハービルと申します。
以降お見知りおきを」
と迎え入れてくれた。
何なら扉の向こうで待ち構えていたんじゃないかと思える勢いだった。
「え、あ、よろしくお願いします?」
なんて押され気味に答えつつも、ハービルさん、エーナエルトさんより私の名前を先に呼んだけど聖女な上に公爵令嬢だよ?平気かい?とちょっと心配したりして。
ほら、王侯貴族ってそういう序列とか煩いイメージがあるし。
エーナエルトさんもレイリアさんも貴族の出な割に気さくな感じだから平気だとは思うけど、ちょっと気になるよね。
そんな私の心配を他所に、エーナエルトさんやレイリアさんを気にする様子もなく、神官長は私を神像の前にある祭壇へと招いた。
「お話はエーナエルト様から伺っております。
ささっ、サラ様はこちらのお席へ。
他の方々はそちらの席へどうぞお掛け下さい」
と三神像の前に設置された祭壇の前に設置された席へ座らされた。
えっ?証明証を貰うだけじゃないの?なんて思っているとハービルさんが神像の前にある祭壇に立ち、厳かな表情で、
「では始めさせて頂きます」
と私に向けて深々と頭を下げた。
ハービル神官長は天を仰ぎ見て両手を掲げ、祈りの言葉である祝詞を唱え出した。
その祈りの言葉に応えるように、三体の神像が光を帯びてキラキラと輝く無数の粒子を放ち始めた。
てか放ちまくっている。
いやいやいや、これないでしょうよ?
金粉銀粉を巻き散らかしたかの様な煌めきが私の体を包み込み、目も眩む勢いの閃光を放った。
「うひょーっ?!」
「「きゃっ!」」
「…」
「おぉ、こっ、これはっ?!」
私が思わず声を上げるのとほぼ同時に、エーナエルトさんとレイリアさんの悲鳴が上がり、神官長が驚愕の声を上げていた。
すぐに光は収束して行き、3つの塊となって祭壇の上へと降りた。
いつも寡黙なヴァルさんは今回も声を出すことなく黙っていたけど、よく見たら白目を向いて椅子に座ったまま気絶していた。
護衛として駄目じゃんよ!
心の中でヴァルさんにそんな突っ込みを入れていると、神官長は「何という事だっ?!」とか、「建国以来初のっ?!」とか、騒いでいるのが耳についた。
「あの、何か良くないことでも?」
確か証明書のようなものを貰う為に来たはずなんですけど?
そんな私の質問に、神官長ハービルさんはダラダラと涙と鼻水を流しながら、高々と何かを掲げ上げていた。
覗き込んでみると、そこには夜の空の様な深い青と煌く星の如き金色が無数にちりばめられたラビスラズリが4センチ角の板状になっており、向かって右に太陽の象徴である黄金色を内から放つ1センチほどの黄金の玉が、左側には黄金と同じサイズ、形の満月の如き月を象徴するムーンストーンの玉が嵌め込まれた物が皺のある手のひらに乗せられていた。
「星の夜に太陽と月が輝く、まさに三大神、三柱の神々より大いなる加護を与えられし御印にございますっ!」
涙と鼻水を拭うことなく掲げ持っていたラピスの小さな石版を、ハービル神官長はグイグイと押し付けるように渡してきた。
鼻水ついてないといいんだけど…そう思いつつも受け取らない訳にもいかず、そっと手を伸ばして受け取ると、キラッとそれぞれの玉と板が自己主張する様に瞬き、
〈称号、星神の眷属が進化し、星神の愛娘となりました。
新たな称号として、太陽神の愛娘と月神の愛娘を得ました〉
と言う天の声が私の脳内に響き渡った。
ないわぁ。
いらねぇ。
すっげぇいらねぇ。
〈…二人が貴女だけの眷属なんてズルいと煩くて…迷宮の神殿が欲しいって騒ぎ立てまして。ごめんなさい〉
私の心の底からの思いに、天の声こと星神様は申し訳無さそうに小さな声で答えてくれた。
貰っちゃったものは仕方ない。
〈ジャンドゥーヤ迷宮最下層に太陽と月と星の神殿と神域が誕生しました〉
〈アーストン迷宮の神域と神殿が太陽と月と星の神殿に進化します〉
そんな声も流れて来たけど、もう放置するしかないよね。
こうしてまた私の迷宮が、謎の成長を遂げたのだった。




