その51
その51
吹き飛んできた壁や窓の瓦礫を避けたり障壁で防ぎつつ、私達はその原因である何かの出現を待った。
皆それぞれに強化や防御などの魔法を使ったりスキルを発動させている。
埃や土煙の中、とてつもない気配を放つ何かは巨大な植物のようだった。
その高さは30メートル以上あり、トゲトゲでかなり太い茎と言うよりほぼ幹の上に4メートルはある蕾を一つ、2メートルほどの大きさの蕾を2つ掲げ持つかのように乗せ、人の胴体以上の太さが有るだろう数十はある蔦を蔦を振り回している。
根元付近には壁などに伸びていたのと同様の蔦が無数に蠢いて幅百メートル以上はある塊になっていた。
「妖精王の話の通りだとすると、あれが呪王の成れの果てである可能性が高いね」
魔王の種を生み出したユグヌスクさんでも、呪王に弄られた上に亜人王のエッセンスとやらを吸収させた謎物質化した物を呪王に埋め込まれた時の変化など予想も出来ないのだろうね。
「本来持っている資質を開花させるのが主な機能だったけど、もう完璧に別物になり果てているからね」
いつもの飄々とした雰囲気が消え去り、どこか氷の様に冷たい目でユグヌスクさんは植物の魔物と化した呪王を睨みつけた。
「弱点はないのですか?」
ユグヌスクさんの雰囲気など完全に無視してステラがそう問うと、
「火や高熱、聖なるものや光属性には弱い点はヴァンパイアたちが変質した物と同じだね。
水や冷気、地、闇の魔法は吸収されてしまうと思うよ?
許容量もヴァンパイアたちとは多違いだね」
皆に聞こえるようにそう答えるユグヌスクさんだったけど、そんな話をしているうちに2メートルほどある2つの蕾が大きく膨らみ始めた。
「ん?ありゃぁ蕾じゃねぇな?」
「大きな蛹か繭の様な物ではないか?」
ヴィンドゥナガとラルが目を凝らしてそう言った時、蛹のような物が裂けて黒い羽を持つ蝶の様なモノが、そしてもう一つの蛹からは何故か黒い蜘蛛に似た何かが飛び出してきた。
羽を乾燥させる必要もないみたいで、蝶はすぐに羽ばたいて空を舞い、蜘蛛はそのままするすると幹を伝って地面へ降りてカサカサと走り始める。
どちらも頭から尾までは二メートルないみたいだけど、足や羽を入れると結構大きいね。
「ここに入ってから瘴気や蝶を見かけない理由が分かったよ。
呪王は自分で改造した魔王の種に耐えきれていないね。
多分蝶は亜人王の、蜘蛛は瘴気の受け止めきれなかった分を切り離して魔物化させた感じかな」
ユグヌスクさんがざまあ見ろと言いたそうな顔で説明してくれた。
「あの蝶はワシがやる!」
「了解!ラルは蜘蛛の方をお願い」
元々竜人族であるヴィンドゥナガは空を飛べるし丁度よいのでそのまま向かわせ、蜘蛛の魔物はラル任せる事にした。
「うむ、承った」
ラルは仰々しく頷くとオリハルコンの剣を抜き放ち蜘蛛へと向かって行く。
「私達は本体と思われる植物に向かいましょう」
「そうだね。植物なら僕の管轄だしね!」
「任せるのです!」
とステラがふわりと浮かび上がり、
「よし!今日こそは本気で行くからな!」
とルーナがその身を大きな狼へと変じさせる。
何も考えずに変身しようとした影響で鎧や武器、衣類が大変な事になりそうだったけどノクスがササッと収納してどうにか無事だった。
「そうである様に分かれた身ではあるものの、せめて学ぶべき事は学んで欲しいものじゃな」
ノクスはちょっと微妙な視線をルーナに送ると、その身を無数の鴉へと変えた。
彼女の変身は衣類にも影響するらしく、破れたりすること無く自然と消えていく。
まぁ、ルーナ以外の二人は魔力か何かで服や鎧を作り出せるようだしね。
私もふわりと宙に体を浮かせると、ドーム中央に陣取った巨大植物へと向かうと太い蔦も細い蔦も無数の触手の様に蠕き私達へと殺到する。
ある蔦は高速で真っ直ぐに突っ込んで来たし、ある蔦は身をしならせながら鞭の様に打ちかかってくる。
「流星炎!」
ステラが杖を振るうと無数の炎が流星となって天から蔦たちに降り注ぐ。
ノクスとルーナは蔦を避けつつ本体へと向かい、私は羽衣に炎を纏わせて硬度も上げて、次々と細い蔦を焼き切った。
太い蔦は異様な丈夫さを発揮して、切飛ばすことが出来ない上に、付けた傷は素早く再生されてしまう。
そしてユグヌスクさんはフワリと空に浮かび上がると、風魔法で何か小さなものをばら撒いてあちこちの蔦へと雨のように降らせていた。
「小さき種たちよ。花となって咲き誇れ!」
ユグヌスクさんが言霊を放つと蔦にへばりついた種たちがあっという間に根を生やし、蔦の硬い表面すらも突き破って無数の花を開いていく。
色や大きさ、種類そのものすらも異なる無数の花が太さの異なる蔦に咲き誇る。
「花は散り種となれ!
産めよ増やせよ蔦を喰らえ!」
再びユグヌスクさんが言霊を放つと、花々は一気に枯れて再び咲き、
覆う範囲を次々と増やしていく。
花に覆われた蔦は花々に養分を吸われ休息に枯れ始める。
無数の花は樹木や草花に寄生して養分を奪う寄生植物そのものだった。
ユグヌスクさんが改良し、言霊で通常以上の生と死を繰り返す事で宿主を衰弱させ、死へと追いやる呪いの如き術だね、これ。
多分魔王の種に色んな要因が混ざりすぎた影響で、呪王そのものをヴァンパイアたちの様に倒す事は難しいのかも知れない。
一応魔王と言う同列の存在だからかもね。
ユグヌスクさんの攻撃はそれだけでは終わらなかった。
より高く飛び上がると、襲い来る蔦を避けつつ本体付近に無数の種を蒔きまくる。
「芽生えよ育て、絞め殺しの木」
瞬く間にうにょうにょと根を伸ばし木となって蔦や茎を締め付けてゆく。
後で聞いたんだけど、それは一部のイチジク属などの別名で、着生植物と呼ばれる物の一種だそうだ。
元々生えていた木へ鳥が種を運び、そこで根を貼り発芽する。
そして成長するに連れて宿主である木を飲み込み締め付けて殺してしまう木なのだそうだ。
それにちょっと手を加えてみたものなんだよとにこやかに説明してくれたけど、なんかその笑顔がめちゃくちゃ怖かったんだよね。
うぉぉぉぉぉん
声ならぬ声の悲鳴を巨大植物が上げると、天辺にある大きな蕾がムクムクと膨れ上がり、パッと勢い良く花開く。
花びらの中には本来雄しべや雌しべなどがあるはずだけど、何故かそこには黒くてゴツい生き物が居た。
大きな二本の鋏と六本の細い足、長い尾には針のような物がありテラテラと液体で光っている。
黒い甲冑の様な外殻に包まれているけど、額にあたる部分だけ白っぽい何かがポコっと生えてた。
うん、蠍だね。
植物から蝶や蜘蛛、蠍が生まれるとかどんだけだよと思ったけど、魔王相手だし何でもありなのだと思うことにする。
「蠍は私がやる!
三姉妹とユグヌスクさんはそのままあの植物をよろしく!」
そう声をかけると返事も待たず、シャカシャカと足を動かし地面へと移動した大蠍へと向かった。
ついでなのでちらっとラルやヴィンドゥナガへ目を向けるてみる。
ラルは蜘蛛が放つ糸を避けつつ片手剣で斬りつけ、ヴィンドゥナガは巨大な蝶から放たれる無数の小さな蝶を雷で焼き払っていた。
え?鱗粉じゃなくて蝶なの?!と思ったけど気にしたら負けだよね?
気を抜いてるつもりはなかったけど、ちょっと驚いているすきに予想以上の早さで大蠍が私に迫り、尾の先にある針で攻撃してきたので慌てて避ける。
げっ。
大蠍の額部分の白い何か、老人の顔じゃんか!
髪は殆ど抜け落ちていて、僅かに残る長い白髪が頭に張り付き、開かれた口には数本の黄色く変色した歯が見える。
その目は瞬きもせず、死んだ魚の様になっていて表情が全く無い趣味が悪い仮面の様だった。
所々に無精髭も見えるし男性なのだろう。
どう見ても90才は越えていそうなシワだらけの顔に、私は衝撃を受けていた。
呪王って人間だったのか。
老人になってから魔王となったのかも知れないし、魔王の種なんかの影響で急速に老化したのかも知れない。
その辺は他の魔王に後で聞けばいっかと心の中で決めると、私は羽衣で殴り掛かった。
大蠍は軽やかに羽衣を避けると、素早く私に近付いて左右の鋏で腕や足を挟みの込もうとして来るので、時に避け、時に羽衣を硬化させて受け流す。
合間合間に毒針のついた尾も襲ってくるのが地味に面倒くさいけど、一つ分かったことがある。
大蠍は大振りな攻撃が主で、特段特殊な攻撃や技を繰り出してくる訳でもない。
元々呪王は格闘技や武術などの心得もなかったのだろうけど、そもそも蠍の魔物としての戦闘経験すら存在していない。
だからだろう、高い能力値に任せて戦っているだけで、ある一定以上のレベルと技を持つ者には面倒でも脅威とは呼べない程度の魔物と成り下がっていた。
私はタンッと音を立てて飛び上がり、収納からヒヒイロカネの欠片を取り出し射出したけど、それも軽々と避けられてしまった。
「影縛鎖」
老人の顔が嗄れた声でボソッとそう呟く。
ありゃ?!魔法が来る!っと咄嗟に羽衣を防御モードにするけど、特に何も起きなかった。
「…酸霧…闇槍…火矢」
それでも顔は属性魔法を使おうとブツブツと声を出し続ける。
あー、これはもしかして?
「雷炎槍!」
私は指向性をほぼ無視して、点ではなく面で攻撃するような感じで火と雷で出来た百近い槍を放った。
「闇の壁、氷壁」
老人の顔はそう呟くけど、蠍の体は素早く槍の多くを避けたり尾ではたき落としたりして、障壁や何かしらの魔法を使うことも無く十本以上の槍が背や足などに当たる。
やっぱりそうだ、元々は魔法主体の存在だったはずなのに障壁を使わないね。
低位のアンデッドの中には昔の習慣に倣った動きを見せるものがいる。
例えばお茶が趣味で毎日3時に入れていたら、空のカップや皿をテーブルの上に並べるとかその程度なんだけど。
眼の前の蠍がアンデッドと言う訳ではないけれど、それに近い状態なのかも知れない。
もしくは新しい体に馴染めていなくて、うまく魔法を構成出来ないだけの可能性もあるけども。
魔法が使える状態になったら多分私は負ける。
やるなら今しかないね!
私は大きく距離を取ると祈念魔法の詠唱を始めた。
『はじめに二柱の神があった。
そして世界が生まれた。
二柱の神は八柱の神々を生み、混沌に満ちた世界に秩序を与えた。
混沌と歪みは神々の手により正され、在るべき形へとなった』
そう、神々は本来の形を生み、作り整えた。
でも目の前に居るアレは違う。
幾多の技術や魔法で歪みに歪んだ存在だ。
魔王と言う神々が作り出した理からも逸脱した異物そのもの。
だからこそ、この世界にとってあってはならぬ物だ。
『故にこそ我は乞い願う!
神々よ。我が前にある大いなる歪み、混沌の始まりである彼の者を清め給え!』
神々への祈りは天へと届き、それは大いなる光となって顕現した。
光の柱に閉じ込められた大蠍は、ヒィィと言う嗄れた声とともに神々によって分解されてその形を失って行く。
「狼牙閃!うわっ、苦っ!」
「禍津声!少しは考える事も必要じゃぞ?」
「火葬陣!爪でやれば良かったのです!」
「全ては枯れ果てよ!」
ふっと周りを見てみると、三姉妹がそれぞれに攻撃して巨大植物を弱まらせ、ユグヌスクさんの言霊で止めを刺している姿が見えた。
他はというと、
「ちまちまと邪魔くせぇのぉ!風炎雷渦掌!」
ヴィンドゥナガが三属性を混ぜ込んだ拳を巨大な蝶の頭に叩き込んで地面へと吹き飛ばし、混合魔法と化した魔力が派手な竜巻となっていたり、
「千手千爪!」
と、謎の技で大蜘蛛を細切れにしているラルを視界の隅に捉える事が出来た。
剣と爪でザクザク切り裂いてたけど、あれ?目の錯覚?
今ラルの腕が六本に増えてなかった?
驚いてラルを再び見て見るけど、腕は左右の二本だけになっていた。
解せぬ。
浄化はかなりしっかりと呪王の痕跡を残さず消滅させ、蜘蛛と蝶、そして謎の植物の残骸は魔法で全部焼き払った。
案外早く全てが終わったね!と思ったら、ドームそのものが脈動するかのように光を点滅させた。
ここは呪王が作った場所ではなくてダンジョンだ。
何が起こるかまったく分からない特殊空間なのを忘れてたよ。
〈試練を受ける者は誰か?〉
頭の中に直接そんな言葉が送り込まれて来た。
核さんかと思ったけど何となく声の感じや雰囲気が違う。
どうしたものかと思っていると、今度は核さんからメッセージが来た。
〈マスター、お願いがあります。どうかジャンドゥーヤ迷宮の主になってやって下さい!〉
うえ?!
〈ジャンドゥーヤの迷宮核がかなり衰弱しています。力のある方が迷宮主にでもならないと、このままでは崩壊してしまいます。
ジャンドゥーヤ迷宮核の声も私経由でどうにかマスターへ伝えている状態なのです〉
あー、そりゃまずいやね。
サティを追うにも情報が足りないし、魔王が迷宮主というのも何か怖がる人が多いだろうし。
〈分かった!私が試練を受ければいいんだね?!〉
核さんにそう答え、私は声に出して宣言する。
「私が新たなる迷宮主となる!」
うっ、「こいつ急に何言ってんだ?」って顔でみんなこっちを見てくるんですけど。
ジャンドゥーヤ迷宮核の声が他の面々に聞こえていないとは言え、何か恥ずかしい過ぎる。
〈良かろう。ならば最下層の主にして当迷宮最強の魔物と戦い勝利を収めるが良い〉
私の都合などお構い無しに急に視界がボヤけると、先程のドームには似ても似つかない場所に私は立っていた。
「やべっ、寒い」
雪と氷で覆われた何処とも知れない場所に、私は一人転送された様だった。




