その46
その46
意識を失っていたのは僅かな時間だったらしく、私はラルに抱えられて部屋へ移動する途中だった。
「ラル、もう大丈夫だから下ろして。レベルが急に上がって少し反動が来てただけだから」
私がそう声を掛けると、
「もう問題はないのか?」
と私を静かに見下ろしてラルが訪ねてきた。
「体はともかく他は問題だらけだよね。
でもそうだねぇ、ちゃっちゃと終わらせてしばらくゆっくりしたいかも」
「強がっている訳でもなさそうだな」
ラルはそう言うと優しく私を立たせてくれた。
「ジャンドゥーヤに関してはあまり時間がないと思う。
一旦ディーアの冒険者ギルドに行って話をしてくる」
他の冒険者たちも動いているし、迷宮内に冒険者が取り残された可能性も高い。
私の勝手な判断で封をしちゃったけど、あれを破壊してでも助け出そうとする人や、迷宮に挑もうとする人も出て来るかも知れないし。
アルシェはまだ意識が戻っていない様なので核さんにお任せして、ラルや魔王たち、三姉妹も引き連れてディーアの冒険者ギルドへと転移する事にした。
その前にヴィンドゥナガには一発拳を叩き込んでおいた。
そのまま模擬戦でも始まりそうになったけど、ラルとユグヌスクさんに止められました。
「はぁ、貴女という人は…」
大体の事情を説明すると、アニスが大きなため息をつき、エルナンデスさんが目を白黒させていた。
まぁ、魔王が三人、神獣が一体、天女が一人とか意味不明な構成であれこれ説明されたらそうなるよね。
ユグヌスクさんはアニスから目を逸しまくり、三姉妹は好き勝手にボケーッとしたりしているし、ヴィンドゥナガは話しそのものに興味がないらしく鼻をほじっている。
「そう言う事でジャンドゥーヤ迷宮は大変危険な状態にあります。
下手に入ると物質化した蝶に取り憑かれてアンデッド化してしまうでしょう」
アンデッド化の解除=完全なる死である事は周知の事実なので、憑依されたらお終いだというのも彼らにはきっちり伝わっていた。
ちなみにこの町にしばしの間逗留していたオリーブの白鳩は、先日の件で実力不足を感じたとかで旅立ってしまったそうだ。
破魔の青天は状況がころころと変わる中、文句も言わずにジャンドゥーヤへ向かったらしい。
「封をしてもらえて助かりました。
それにしても、ここまで来ると破魔の青天でも厳しいかも知れませんね」
「あぁ、あちらは2体の魔王、そして無数のアンデッドに謎の蝶。
いくらリーエンたちでも荷が重すぎるな」
アニスとエルナンデスさんが話し合う中、私ははっきりと宣言する事にした。
このままだとギルドや領が主導になりかねないからね。
「今回私は冒険者としてここに来ている訳ではありません。
この魔王たちの主として、私は独自に動かせていただくつもりです」
私の宣言にアニスは再びため息をつき、エルナンデスさんはアワアワしていた。
辺境の地で5体の魔王が戦うと言うのだ。
どんな災害が起こるのか分かったものではないからね。
「村など全ては無理ですが、現在ディーアを含めて4つの主要な町は私の精霊王でもある真竜たちに守護させています。
これは多分私達への挑戦状です。
出来たら避難や防衛に戦力を向けていただけた方が懸命だと思います」
「確かに白鳩のトミーが去った今、現在のディーア冒険者ギルドには魔王への対抗手段はほぼないからな」
そう語るエルナンデスさんの話を聞いていると、
『マスター、緊急事態です!』
と核さんからの緊急通信が入った。
『どうしたの?!』
『現在監禁中の吸血鬼、アルフレッドとクララの体に異変が生じています』
脳裏にパッと迷宮内に作った部屋の様子が映った。
二人はもがき苦しみながら、その胸から何本もの蔦を吐き出している。
クラリウスから生えていた蔦よりもジャンドゥーヤ遺跡のそれに近い、黒くて無数のトゲが生えている物だ。
呪王の仕業だね。
本体とは別に準備されていた復活用の肉体の一部なりに何かをしたのだろう。
一番可能性が高いのは改造した魔王の種を植え付けた辺りだね。
隔離室は物理的魔法的な繋がりは断つようにした作りの部屋だし、種族的に再生力が凄すぎて自殺が難しいのでその辺は心配していなかったんだけど、例えば進化して種族が変化するとか、生命の神秘みたいな現象を超えた事にまでは対応出来ていない。
『このままでは迷宮や核まで侵食されてしまう可能性があります』
それは不味い。
『任せて』
ちょっとステータスウィンドウを脳内で開く。
今は無駄に高い魔力値と空魔法9レベルで疑似結界空間とか作れる気がするよね。
ダンジョンマスターとなったお蔭で異空間的な物に対する感覚もある程度は知ることが出来たし。
ほら、迷宮にありがちな地下や塔の中のはずが巨大な謎空間で海や空があるのと同じで、通常とは違う何処かを単なる探索者としてではなく、主として身近で体感出来ているからイメージをしやすいのだ。
ここではない何処か、世界と世界の間の荒涼とした世界、広さは生活区域と同じくらいでイメージしてみると、そこそこのMPを消費する感覚があった。
よし!
『核さん、仮の空間を作り出したから、そこに吸い込むよ?!私の波動に合わせて!』
『了解しました!』
ダンジョンマスターと化した私には、自分の迷宮のみだけど、やろうと思えばほぼ一体化とも言える位の感覚にまで共感出来る。
そして核さんのサポートもあり、しゅるっともにゅるっとも取れる感覚とともに、2体の吸血鬼を私の世界に引きずり込んだ。
「ごめんなさい。うちの迷宮内で問題が起きたみたいなので一旦戻ります!
それと破魔の青天や他の冒険者たちにも無理なことはしないように通達よろしくお願いします!」
「あぁ、すまないがこちらは防衛や村人の誘導を主体で行動させて貰う」
私はギルドの面々に非常事態が起きた事を告げ、エルナンデスさんからそう返事を貰うと魔王たちを連れて生活区域へと戻った。
「現在監禁している2体のヴァンパイアが魔王の種の亜種と思われる物の影響を受けているみたいなので、私の作った世界閉じ込めました。
ちょっと倒してきます」
そう告げると、
「ならば我も行こう」
「種絡みなら僕も行くしかないね」
ラルとユグヌスクさんがそう言って付いてくる事になった。
「待て待て。ワシも一暴れ…」
とか言ってる竜王は早くアルシェを回復させるように告げておき、私達3人は空間を渡った。
荒涼とした大地、草木の一本もなくただただ強い日差しと乾いた風が吹く世界に、それは居た。
牙や赤く輝く瞳を除けば見た目はほぼ人間だったはずのソレは、全身から無数の蔦を生やしている。
体はオマケ扱いなのか多数の蔦が足代わりになっていて、体はぶらりと吊るされていた。
意識は一応あるのかな?
何かをブツブツと呟いているけど、何を言っているのか聞き取れなかった。
「呪王め、馬鹿だなぁ。
魔王化そのものの解析は無理だったみたいだね。
どうやら種の植物としての面しか弄れなかったみたいだよ」
相当呪王が嫌いなのか、ユグヌスクさんが普段見せない様な皮肉げな表情を浮かべて二人の成れの果てを見つめている。
素体のレベルなども影響しているのか、アルフレッドの変化の方がクララのそれより激しく蔦の数も多くて膨れ上がったサイズもでかい。
ラルは「やはり下だらぬ」と剣を抜き、私は変身を解除して天と竜の血脈を発動させる。
「うん、やはりそうだね。
彼らの分体が何処かに保管されていたのだろう。
それに改悪した種をそれぞれ植え付けた結果、こちらも影響を受けたようだね。
既に種が植え付けられた方が本体化している様だよ」
ユグヌスクさんが魔眼やスキルで調べたのか、二人の状況を説明してくれた。
「聖なるものと光、火に弱いけど水や地、冷気、闇などの力は吸収する作りのようだね。許容限度を超えたら暴発しそうだけどね?」
やっぱり研究系魔王なだけの事はある。
私の鑑定眼もあれくらい凄いと良いのに。
「聖なるものであるか。ふんむっ!」
神獣ヴァラーハへと進化したラルは、もろに神聖な存在ってことになる。
その彼が持つ気は白金色の光をオリハルコンの剣を輝かせ、まるで聖剣の様な威厳を与えていた。
私も祈願魔法で神々の祝福を得て羽衣に聖なる光を付与する中、ユグヌスクさんは特に気負った様子もなくスタスタといつもの軽い足取りで前へ進み出す。
パッと見ごく普通のエルフ男性でしかないユグヌスクさんの行動に、とっさに止めようかとも思ったけど、その余裕ある様と内側から溢れ出る魔力に彼なら平気だと確信した。
アルフレッドの方が先に反応して十数本の蔦がユグヌスクさんへと向かうけど、彼は微風の悪戯を咎めるエルフの様に、ちょっとだけ右手の人差指を動かした。
ただそれだけで蔦は動きを止め、ユグヌスクさんに辿り着く手前でプルプルと震えている。
今度はクララもアルフレッド同様に蔦を振るうけど、左手の人差指をちょっとだけ横に振るうと同じように固まった。
どうやら襲い掛かってきた蔦だけではなく、肉体を除く全ての蔦が動けなくなっているらしい。
「君たち、と言うより呪王の敗因はね?
植物としての相を強めすぎた事。
そして何より、僕の作品をこんなにも汚したと言う事だね?」
ユグヌスクさんは表情は優しげなまま、そんな事を口にしつつ両手を伸ばして蔦に左右それぞれの指先を向けると、
「命じる
我より生まれし種たちよ
枯れよ 朽ちよ 滅びよ
見えざるその根を伝い
樹王たる我が言の葉を成就せよ」
その言葉はいつも彼が使う呪文とは
異なる力に満ちていた。
それはまるで私が使う言霊の様に、魔力とも異なる力に満ちていた。
ユグヌスクさんの前にある数十の蔦が脆い土塊の様に色を失い、ボロボロと崩れ始める。
それはあっという間に二人へと到達すると、何かを喚く二人の体すらも土とも砂ともつかない何かへと変えて崩れ去った。
ポカンとする私とラルへ、
「よし、1つ、いや2つかな?後始末は出来たよ。
最低限分体、もう本体かも知れないけど、そちらも種ごと滅びたはずさ」
と何でもない事の様に話し掛けてきた。
「流石、樹王と名乗るだけの事はあるのだな」
「いやぁ、何と言うか凄いね?何も出来なかった」
冒険者にしてもそうだけど、この世界はレベルや位階だけでは判断出来ない事が山のようにある。
多分ユグヌスクさんは確実に、単純な戦闘力で言えば竜王や夜魔王には劣るだろう。
レベルも今の私とそうは変わらないと思うけど、それでもやはり敵にしたらマズい存在なのだと分かる。
「僕は植物を司る魔王だからね?
この位は余裕さ。
弄られたとは言え、僕の作った物に大魔王たる主様の手を煩わせる訳にもいかないからね?」
悪戯っ子の様に笑うユグヌスクさんは、ハイエルフなだけあってめっちゃ絵になってた。
「この土はこのまま放置しても問題はないのか?」
ラルのそんな問いにユグヌスクさんは問題ないと説明し、私達は生活区域へと戻った。
勿論あの空間は綺麗に消してく事も忘れてないからね?
ちょっと変身が面倒になってきたので、私は天人姿のままで食堂に集まった面々に何が起きたのかを説明した。
「そうなると後はジャンドゥーヤ迷宮ですかね?
あそこには亜人王と呪王、両方共居る可能性が高いのです」
そうステラがちょっと面倒臭そうに言いう。
「ん?敵が集まっているならドカーンと一発大きいのを落としてやれば終わるんじゃないのか?」
ルーナはいつもの調子で、それを聞いたステラは「やっぱり馬鹿なのです」と頭を抱えていた。
「ルーナよ、流石にそれは不味いと思うぞ?
すぐ近くに町がある上に迷宮内は謎構造だからの。
町に被害が出ない様な生ぬるい攻撃ではどこまで削れるかもわからぬ」
二人のやり取りを見ていたノクスが説明してくれて、ステラがウンウンと頷きルーナがボケーッと聞いている。
「アンデッドや蝶の問題もある。呪王とやらは他にも何か手を打っている可能性も有り得よう。
ならば潜入して魔王たちを叩く者と外部の守りを固める者に分かれて動いた方が良いのではないか?」
「そこなんだよね。
誰が攻め込んで誰が守るか、あとは非常時を考えて遊撃に回ってもらう必要もあるだろうしね」
そこが問題なんだよね。
町には五竜のうち四竜が守護しているから良いとして。
こちらは天女が一人に魔王が3人、神獣までいるし、風の精霊王であるアルシェももうじき戦線復帰可能だろう。
単純な戦力で言えばブッチギリでこちらが高い。
特に三大魔王の2人が何故か眷属になっている状況だし、もう意味が分からなくなって来てる。
ヴァンパイアを倒した今、あちらの戦力は無数の蝶とアンデッド、あとは蔦と魔王が2体だ。
他にもヴァンパイアや何かしらの亜人たちも居るかも知れないけど、こちらの誰か一人分に相当する戦力が複数居るとも思えない。
「そうそう、冒険者たち、特に破魔の青天の動きも気になりますね。
彼等はかなりの実力者ですし、ほぼ全員が生真面目でもありますから、冒険者ギルドから依頼の修正が無事に届いていないと横槍も有り得ます」
SSS級冒険者でもあるユグヌスクさんは破魔の青天の事を知っている様で、その実力も買っているようだった。
「ジャンドゥーヤ迷宮跡に作った封も、リーエンならば破壊するなり出来てしまいますしね」
「確かすでにディーアの町からジャンドゥーヤに向かっていたはずだよね?ちょっと不味いかな?」
アルシェは今意識を失っているし、シュリンと連絡の取りようがないんだよね。
精霊魔法でも使おうかな?
そう言えば眷属魔法のレベルがカンストしていたし、何か良いのが増えているかも知れない。
チロッとステータスを調べてみたら、うん、幾つか増えてるよ。
眷属念話とかもっと早くに欲しかった物だけど仕方ないやね。
普通の魔物を眷属にしてたら会話による意思の伝達って難しいし。
早速シュリンを選択して念話を送ってみる。
核さんとのやり取りのお蔭で要領も得ているしからね!
『もしもーし?シュリン、聞こえますか?』
『ん?おっ?!サラ様じゃねーか。おぉ、丁度良かった!いま浜の青空とか言う連中が騒いでやがるんだよ』
『浜の青空?破魔の青天だね。ある意味タイミング良かったのかも?今そっちへ向かうよ!』
分担はまだ決まっていないけど、取り敢えず全員で向かっとこうかな?
急な転移じゃ驚くし魔法抵抗されても困るので、皆に一声掛けてから私達はジャンドゥーヤ迷宮前に全員で転移するのだった。




