その36
その36
その日、私とラル、リューネさんとアルシェの四人はジャンドゥーヤの町からシルドマン子爵家の領地にあるリントの町へと向かっていた。
厳密に言うとアルシェに3人が乗っているんだけどね。
他の四竜はそれぞれディーア、アーストン、ジャンドゥーヤ、そして私は行ったことがないけど海辺の町インドゥーラを守らせる為にそれぞれ配置してきたんだけど、まぁ詳細は追々と言うことで。
ラルがサブマスターになり神獣ヴァラーハへ進化した事により、亜人王の支配下から逃れる事は出来た。
サブマスター云々はともかく、種族が亜人系であるオークから獣系である神獣へ変わったのでそもそも対象外になった訳だけど、結局の所ラルがサブマスターにならないと進化は起きなかったので、その点は後悔していない。
シルドマン子爵家と言えばアシュリーナさんとパーティーを組んでいるクラリウスさんの実家だ。
辺境伯領の隣にあり、その領土はリントの町とシルドロンの町、そして近隣のいくつかの村なのだそうで、領主の屋敷はシルドロンにあると言う。
ただ普段シルドマン子爵夫婦は辺境伯領の屋敷に暮らしていて、シルドロンにある屋敷には次期家長と決まった次男が領主代行として働いているそうだ。
「町が謎の霧に包まれてから丸一日が経過しているんでしたっけ?」
「行商をしていた商人や護衛依頼中の冒険者からの情報ですから、長ければより長い期間閉ざされている可能性もあります」
「通常こんな霧が出ることはないんですよね?」
「ええ、年に数回霧が出ることはありますが、濃霧が町に留まる事はこの百六十年一度も無いそうです」
「早く町の人達を助けないと」
一度も行った事のない町なので転移は使えず、ディーアからジャンドゥーヤに転移した後、町から少し離れた所でアルシェを竜化させて移動する事にしたのだ。
「むぅ、あれがそうではないか?」
ラルが前方を指差す先には、完全にすっぽりと霧に覆われたリントの町があった。
私達がアーストンからディーアの町に戻って数日間、五竜にはあちこちの森や迷宮で無理のない程度に依頼を受けさせて位階を上げさせる事にして、その間に大きい方の小屋や魔道具の進行具合を確かめたり、ダンジョンコアの部屋へ転移してあれこれ雑務を熟していた。
変更をどう伝えよう?と悩んでいたら、看板でも設置しては?と言う迷宮核の発案で、16階層の開放及び雑な説明を書いた看板をダンジョン入り口に設置したり、無茶のない設定で魔物や宝物の配置や種類を考えたりとそれなりに忙しかったのだ。
なおヒヒイロカネのゴーレムは残存鉱石の量が少ない上に、結構力を消費してしまうそうなので、ダンジョンマスターが決まった今となっては出す必要がなくなった。
そもそも迷宮核の部屋も15階層から30階層へと移動しており、迷宮全体のラスボスもゴーレムじゃなくなったしね。
スタンピードが起きると厄介なのでそれだけはさせないように注意して、30階層へは迷宮核の部屋込で私達以外転移不能領域とした。
ほら、魔王とか来たら面倒だし。
そんな日々を過ごし大きい方の小屋と魔道具も納品され、五竜たちもD級冒険者となった頃、いくつかの事件がほぼ同時に起きたのだった。
そのうちの一つがリントの町が謎の霧に包まれ、内部と連絡が取れなくなったと言うものだった。
この他にも三姉妹と呼ばれる魔女達が魔封じの森から開放されたとか、異常な量のアンデッドが森や町周辺で確認されたとか、別の魔王の封印も解かれたと言う話も出て来て冒険者ギルド内はてんやわんやな状態になっていた。
あ、私もラルやリューネさん、五竜は何もしてないよ?!
勿論迷宮核もね。
結局ギルドはA級冒険者たちを動員する事にした。
まずはリーエン・ダルカ率いるAランクパーティー破魔の青天。
メンバーは四人でリーダーで剣士のリーエン・ダルカ、女聖騎士のラウ・レイ、神官のカイラス、斥候系のナレハの四人パーティーでそれぞれがA級の中でも上位の実力を持っているらしい。
次いでA級に成り立てながら、勇者系のギフトを持つと噂されるトミー・タイラー率いるオリーブの白鳩。
魔法戦士のトミー・タイラー、剣士のレイチェル・スワンソン、魔法遣いのエルフでリーナサトラ、神官戦士のマイラ、そしてC級冒険者で斥候のシェーラード。
5人中4人がA級で一人だけC級と言うちょっと変則的なパーティーで、トミー以外は全員綺麗だったり可愛かったりする女性というので特に男性冒険者たちの間で話題になっているらしい。
現状ディーア、アーストン、ジャンドゥーヤを始めとした辺境伯領内の町や村に残っているA級パーティーはこの2つのみらしい。
非常事態なので変則的に元A級冒険者のギルド長エルナンデスさんと副ギルド長アニスリース、そして実は外部顧問だった現役A級冒険者のヴァールも町の守り、B級冒険者のアシュリーナさんとC級冒険者のクラリウスさんを始めとした全冒険者にもアンデッド討伐などの依頼が出されていた。
で午前10時頃、私はアニスの副ギルド長室に呼び出された。
「サラさん、正直に申しましてかなり不味い状態です。
アンデッドに三姉妹と魔王、そしてリントの町の異変、その全てに現在領内に居るD級以上の冒険者たち、そして領兵や辺境伯軍、騎士団などを動員しても明らかに人手と実力が足りないのです。
特にアンデッドは各町周辺でも目撃情報が相次いでいますし、その数も多いと予想されます」
とやや憔悴した顔で話すアニス。
「誰かが裏で糸を引いている可能性は?」
と案に亜人王との関わりを訪ねてみると、
「不死者や三姉妹は亜人とは関わりの無い存在ですし、魔王同士は原則干渉しない暗黙の了解の様な物があるそうです」
と冷静な声で答えてくれた。
「つまり亜人王が関与している可能性はリントの町が一番高いんだね」
「えぇ、そうなります。霧以外の情報が一切入ってきませんから、こちらも無関係である可能性はありますが他に比べたら可能性は最も高いと言えます」
「ならば私はリントの町へ行こうと思うんだけど」
私がそう言うと依頼であっても無くても動くつもりである事がアニスにちゃんと伝わり、
「助かります。
三姉妹は破魔の青天に、魔王はオリーブの白鳩に調査依頼をそれぞれ出す予定です」
と予想外の返事が来た。
「え?討伐ではなくて調査なの?」
「そうです。魔王にしても三姉妹にしても敵とは限りませんから。
そもそも現在確認されている9体の魔王のうち、人種に敵対的なのは4体のみです。
亜人王、呪王、夜魔王、戦王です。
この内戦王は国同士などの大規模な戦を起こすのが趣味の魔王なので除外して良いでしょう」
傍迷惑な趣味の魔王だね。
残りの5体は趣味なり何なりで忙しくて人種と争う気がそもそもないらしい。
「となると封印されていたのは呪王か夜魔王なの?」
「どちらも可能性がありますね。アンデッドが関係しているならば、その二魔王でしょうけれど。
魔王たちは基本的に陣地の様な物を持ちますが、この辺境伯領はどの陣営にも属していないそうなのでどちらが好きに動いても不思議ではありません」
樹王ユグヌスクさんが簡単に大陸間を移動出来る事を考えれば、他の魔王が出来ても不思議じゃないのも問題だよね。
ただ呪王や夜魔王ってもろにアンデッド使いそうな名前だな。
「流石に大々的な封印以外、我々が知る術は限られています。
今回はたまたまファーティアマ殿が三姉妹と魔王の開放を伝えてくれましたが、どの魔王かまでは分からないそうです」
あの森精霊、ハイエルフに泣きついて来たのか。
まぁ情報をくれるのは悪いことじゃないけれども。
「それに敵対的ではない魔王が寝ていただけと言う可能性もあります。
そうなると討伐依頼をする事で新たな危険を孕む事になり得ますし、そもそもA級パーティーで勝てるかどうかも不明ですから」
現状あれこれ起こっているから色々な可能性があり過ぎる。
だから実力のあるパーティーに調査をさせて、その間実害のある件に関しては他の面子で潰していこうと、そういう事なのだろう。
「分かった。それじゃ出来るだけ早目に動く事にするね」
「サラさん、実はその件でお願いがあるのですよ。
最近急に増えた貴女の仲間、あの時の竜たちですよね?」
リューネさんが伝えた感じでは無いし、昔の私を知っていれば気付く事だろうなぁ。
「うん、そうだよ」
「彼らを町の守護に当たってもらう訳にはいきませんか?周辺の村々には中級冒険者たちや領軍を派遣して近い町へ一時的に避難してもらう形にすると領主様はお考えです」
「魔王にかなり実力のある魔女たち、それに謎の集団アンデッド、どれに襲われても被害は凄い事になりそうだもんね。
分かったよ。
ディーア、アーストン、ジャンドゥーヤに竜たちを配置すればいいんだね?」
「いえ、領内にはもう一つインドゥーラと言う海辺に大きな町がありまして、そこも守って頂きたいのです」
「あー、うん、分かった。
非常時以外は竜体にならなくていいんだよね?
それじゃぁこんな感じかな?」
と言うことで、ディーアにフラウ、アーストンにニカル、ジャンドゥーヤにシュリン、インドゥーラにアイナを配置することを説明した。
「助かります」
と深々と頭を下げられてしまいちょっと恥ずかしかったけど、ここで変に誤魔化しても仕方ないので、「どういたしまして」とだけ答えておいた。
だってほら、このエルフに下手な事を言うと怖いし。
私がアルシェを同行させる事にしたのは、人間の姿だと彼女が子供に見えるからだ。
武具を身に着けた子供が一人でうろうろしてたら、何かしら問題が起きそうだし。
昔ヴァールと旅していたときも色々あったしなぁ。
「それではリントの町に関してはサラさんラルさん、アルシェさんに調査主体の依頼を出させていただきます。
勿論解決可能ならば解決して下さっても問題はありません。
あぁ、すでにアシュリーナさんとクラリウスさんには向かって貰っていますので、可能ならば向こうで合流して下さい。
リントの町はクラリウスさんの実家であるシルドマン家の領地なので、地の利もありますから」
「あー、クラリウスさんの」
子爵家の長男だって言ってたけど、領地は隣だったのね。
シルドマン家の事や領地の事を簡単に説明を受け、そろそろ五竜に指示を出す為に部屋を後にしようとすると、アニスが再び口を開いた。
「それともう一つあるのですが、リューネさんを連れて行って貰えませんか?」
「え?」
「リントの町にある冒険者ギルドはこのディーア冒険者ギルドの支店に当たるのです」
領地や町の規模などの問題から、支部ではなく最寄りの大きな都市や町の支店となるのはよくある話だもんね。
「町そものもそうですが、職員の安否確認などもしなければなりません。本来なら私かエルナンデスが行くべき所ですが、現状このような状態ですから。
現在居るギルド職員の中でもレベルが高い者の一人がリューネさんなのですよ」
元冒険者の職員は複数いるものの、領内の問題で人手をあまり割けないし、私と冒険をしたことのあるリューネさんが最適と言う事だろう。
彼女と一緒ならほとんど遠慮なく戦えるし、あの弓の力のことも考えればこちらとしては有り難い位だね。
「分かりました」
と言うことでリューネさんを呼び出して、四竜の動き等をいくつか打ち合わせてから出立する事になった。
四竜はグズるかと思ったけど案外素直に動いてくれて、指示を出した後転移可能な所には連れて行き、アイナにはインドゥーラに小型竜モードで飛んでいってもらった。
アルシェが「作戦勝ち」と呟いていたのは、聞かなかった事にしようと思う。
そんな感じで私達一行はリントの町へと向っている訳だけど、町を覆う霧からビシバシと魔力を感じるね。
「アルシェ、あの霧を晴らす事は出来る?」
〈一時的には可能〉
「やっぱり自然現象じゃないって事だよね」
〈そう。強力な魔道具か魔術が使われている〉
「何か特殊な術式が組み込まれているかは分かる?」
〈感知、感覚撹乱、転移妨害〉
「転移は邪魔され、向こうはこちらの動きを感知できるけど、こちらは出来ないって事だね」
〈違う。通常の感覚も狂う〉
「それって町の人達大変な目にあってるじゃん。霧を晴らしちゃって!」
〈分かった〉
アルシェは風と雷の精霊王だ。
手足を動かす様に霧など簡単に晴れていく。
まだ距離があるからはっきりとは分からないけど、人影は見当たらないものの、破壊された痕跡はなさそうだった。
「あ、あそこに居るのはアシュリーナさんとクラリウスさんではないですか?」
リューネさんが町の近くを指差すと、二人の冒険者らしき人たちがこちらを見上げているのが見えた。
ん?なんか構えてるよ。不味いね。
「攻撃される可能性がありますね」
「そうだね、少し離れた所に降りよう」
と言うことである程度距離を置いて私達は地上へと降り立った。
「アシュリーナさん!クラリウスさん!」
敵では無いことを示す為にも手を振りながら大きな声で呼び掛ける。
下手な敵よりこの二人の方が怖いからね。
二人も私達だと気が付いたのか、構えを解いてくれた。
「サラ様、ラル様お久しぶりです。リューネ様もいらっしゃったのですね」
「君たちが来てくれるとは嬉しいね。よろしく頼む」
戦闘時以外は上品な感じのアシュリーナさん、ぶれないね。
クラリウスさんは少し疲れたような様子も見えるけど、普通に声を掛けてきてくれた。
「お久しぶりです。
あ、この子は私の従兄弟って事になってるアルシェです。よろしくお願いします」
アルシェが竜だと気付いたらしいアシュリーナさんは、かなり嬉しそうな目で見つめている。
あ、私やラルの変化にも気付いたのか、一瞬だけど目つきが変わったよ?!怖いよ?!
「アルシェ様ですね。
わたくし、アシュリーナ・フェンネル・アルディーヴァと申します。以後お見知り置きを」
今ここでやり合おうとか言い出すのかと思ったけど、そんな事はなかった。
そんな私の思いに気付いたのか、
「他領とは言え縁ある地の領民の方々の非常時ですもの。その位の分別はありましてよ?」
とにこやかに言い出した。
非常時じゃなきゃ戦いたかったんだろうね。
「町を覆う霧が晴れたが、君たちがやってくれたのか?」
「長くは保たない。急いだ方がいい」
と言うアルシェの言葉に促され、私達は町へと向かう事にしたのだった。




