その30
その30
夢も見ずに朝が来て、私は食事を収納から取り出して行く。
時間停止させてあるから、出来たてほかほかだ。
「本当は料理をしたいのですけど、匂いが魔物を呼び寄せますよね」
と言うリューネさんの言葉通り、食材は購入しているけど何がいるのか分からない所で煮炊きするのは危険だろうね。
サラダやお茶くらいならとササッと準備してくれて、それだけで数段ちゃんとご飯を食べた気分になれた。
それにしても初日から感じていたけど、やっぱり情報が全く無い土地だから飛べないのはキツいね。
あれかなぁ、リューネさんにも正体ばらしちゃおうかな?
そうすれば飛んで様子を見たり出来る分かなり楽な工程になるし。
私の表情からそれを察したのか、ラルが小さく頷いた。
「リューネさん、実はですね、お話したい事がありまして」
「はい、なんでしょう?」
私の目をじっと見て、小さく小首を傾げるリューネさん。
大人の女性ながら妙に似合うな。
そんなリューネさんに私は話を続けた。
「実は私、人種ではありますけど人間じゃないんですよ」
「あら、そうなんですか?」
いや、あまり驚いてないし?
「なんと言いますか、田舎の村から出てきた人間の若者よりも、里から出ていらしたエルフの方やドワーフの方たちと何処と無く似ていらしたので。
他の人種の方々の中には変身などのスキルや能力を持つ方も居ると聞いていますし」
とリューネさんはちょっと困った表情で話してくれた。
「なるほど。それじゃ元の姿に戻りますね」
私はそう言うと変身を解除した。
朝で鎧は着ていなかったので、服の上に羽衣を纏う。
「まぁ、天女…?あ、ごめんなさい。元々お綺麗だとは思っていましたが、キラキラしてて本当に綺麗」
驚きと共にちょっとうっとりとした顔で見つめられて焦ったけど、すぐに元のリューネさんに戻った。
流石は冒険者ギルドの職員さんだ。
「元々リューネさんの事は信頼していましたけど、しばらくご一緒して心から信頼出来る人だとわかりましたし、そろそろ正体を明かそうかと思いまして。
この姿じゃないと使えないスキルもありますし」
私の説明に納得してくれたらしく、にこやかに微笑みながら、
「信頼してくれてありがとうございます。これからも宜しくお願いします。サラさんは私の師匠みたいな方ですから」
と爆弾発言をされてしまった。
「いや、師匠って程のことはしていないですよ。元々の力を無理矢理伸ばしている感じですから」
「それでもです。
レベル22から昨日の地亜竜やワイバーン戦で70レベルに上がりました。この短期間でこれだけ強くなれたのは間違いなくサラさん、いいえ、師匠のお陰です」
そう言うリューネさんにちょっと感動しつつ、私たちは再び山を目指す為に装備や備品などを整えた。
私は羽衣の下に厚手の服を着てウォーハンマーは収納した。
代わりにヒヒイロカネの剣を取り出す。
いわゆる両刃の直剣で、時々使っていたショートソードよりは長いけど、普通の剣よりは少し短い。
天人剣、レベルが5もあるのに全然使わないとか不味っしょ。
と言う事でどの剣を使おうか?と悩んだとき、これが一番しっくり来たのだ。
小屋や魔道具を収納して地面を元に戻し、再び岩場経由で山へと向う。
流石にワイバーンが複数いる様な地域を飛ぶのは、今のレベルだと怖いしね。
適当な大きさの岩を収納しつつ進み、地竜もどきや大蠍を狩っていると、眼の前に幅10メートルほどの川が見えてきた。
源流が山なのか山に近いだけなのか、方角的には間違いないので川沿いに進む。
時々川蟹や水蛇に角と小さな手足を付けた亜竜が出てきたけど、ラルとリューネさんが倒してしまう。
水亜竜は電撃系が効果絶大な様で、最近火魔法メインだったリューネさんだけど今度は雷属性が上がりそうだね。
川べりはほとんど草むらだったり岩場だったりで、所々歩きにくい所があったけど、私が軽く飛んでから羽衣を使って運べば問題はなかった。
二人はちょっと嫌そうな顔してたけども。
こうして川沿いを四時間ほど進むと大きな滝へぶつかった。
高さ十数メートルはある断崖になっていて、大きく回り込まないと登れる所は無さそうだ。
いや、今のレベルならちょっとした足場があればジャンプして登れちゃうかな?
「魔力感知だと特に何も引っ掛からないけど、少しだけ上を見てくるね!」
念の為、私はそう声を掛けてざっと様子を見た。
特に問題はなさそうだ。
滝の横の断崖部分に地魔法で所々に足場を作ると、二人は危うげも無くぴょんぴょん飛び移りつつ登ってきた。
再び川沿いを歩いて山へと近づいて行くと、川が大きく右へと逸れ出した。
「これは山を避ける様にして流れているようですね」
リューネさんの言葉に私は頷き、少しだけ飛んで川の様子を伺うと、やはり山の向こう側が水源なのか山をやや大きく迂回するように流れていた。
「ここからはまた森の中を進むしかないですね」
先頭が私、真ん中がリューネさんで最後尾はラルという順番で歩き始める。
いつも通り所々で地魔法を使い地形を確認しながら進むと、どこからか甘ったるい臭いがしてきた。
初日に戦った芋虫の尾から出た液に何となく似た臭いだ。
ガサガサっと大きな音が背後からして驚きつつ振り返ると、ラルがトロンとした表情で下草を踏み分けながら明後日の方向に歩き出していた。
「ラル?!」
「ラルさん!」
私とリューネさんが慌てて後を追うと、ボケーッと突っ立っているラルに緑の触手が何本も絡みついている。
「この臭いのせい?!」
「火の礫!」
リューネさんの火魔法が触手に見えた蔦を焼き払う。
私は剣を抜いて軽く浮き上がるとラルの向こう側を確認した。
直径5メートルはある巨大な花が地面に直接咲き、その根本から無数の蔦が触手の様にウネウネと蠢いている。
「この先に大きな花と触手の魔物がいます!」
「きっとマンイーター系の亜種ですね」
私の声にリューネさんが間髪入れず答えてボーッと立っているラルの前に進み出た。
「火柱!」
花を中心にリューネさんの魔力が集い、ゴッ!と音を立てて蔦すらも飲み込み炎の柱が立ち上る。
ウネウネと蠢く蔦もすぐに燃え尽き、甘い臭いと焦げた臭いが混じって気分が悪くなりそうだった。
クリーンで綺麗にしつつ風で臭いを吹き飛ばす。
「ラル?大丈夫?」
ある種の毒なのか、それとも魅了なのか分からないので、毒消しポーションをラルの口に突っ込むと咽返って咳き込んだ。
毒が消えたのかそれとも気付けにでもなったのか、ハッとした顔で私とリューネさん、そして燃えかすを見て事情を察した様だった。
「済まぬ。惑わされた」
深々と私に頭を下げるラルに、
「気にしないでいいよ。何事もなかったしね」
と出来るだけ普段通りの感じで声を掛けていると、
「ごめんなさい。
咄嗟に範囲魔法を使ってしまいましたが、目立ち過ぎたかも知れません」
そう言ってリューネさんが頭上を指差した。
炎柱によってぽっかりと空いた枝葉の隙間から、巨大な影が飛んでいるのが見える。
魔力感知の範囲より高度があって気付けなかったけど、それは羽ばたいてこちらへと向かっていた。
どことなくワイバーンに似たシルエットだけどこちらの方が明らかに大きく雄々しかった。
前足はちゃんとあり、深い緑の鱗が陽光に反射していて、ぐんぐんと距離を縮めて来た。
「ドラゴンだね」
今回の目的、それは対ボス戦に向けての実践経験アップだった。
ワイバーンや大トンボなど、飛ぶ魔物とも戦闘経験を経た今、ドラゴンとだって戦えるはずだ。
ドラゴンは私達を視認したのだろう。
大きく息を吸い、魔力が喉元に集まるのが分かった。
マズい!集まっている魔力の量がワイバーンの非じゃない。
危険過ぎる。
「ブレスが来るよ!」
未だ呆然とするラルの前に私が、ラルの横にはリューネさんが立つ。
「氷壁!岩壁!」
「風壁!」
私とリューネさんがそれぞれの属性魔法で壁を張り、ドラゴンのブレスへと備えた。
ゴッ!
一瞬辺りが鮮明に輝いたかのような炎とともに、熱気が襲って来る。
氷壁と岩壁を幾重にも張り、炎と熱を遮ろうとするけど完全には防げない。
リューネさんは風の壁を操り、熱風を私達よりも後方へ流す事で壁のこちら側が蒸し焼き状態になるのを防いでいた。
永遠にも思えたブレスが止まると、ドラゴンは私達の頭上を旋回して様子を伺っている様だった。
その余裕を持った姿に私の中の何かがブチッと音を立てて切れる。
「ヤって来る」
私は全力で空へと飛び上がると、剣で後ろ足を斬りつけた。
鱗が硬くて小さな傷が入っただけだけど問題ない。
「天人剣!」
ヒヒイロカネの剣が光を放つ。
空を飛ぶ者の場合、飛べても足場がないと踏ん張りが効かないのでちまちま素早く攻撃するか、距離を取って速度を乗せて行う攻撃が主流になる。
でも天人剣は違う。
左の羽衣が素早く伸びて一瞬の硬質化をし、私の簡易的な足場となった。
それを蹴って再びドラゴンに斬り付ける。
ザン!
と音を立てて鱗すら砕き、肉に到達する傷を付ける事ができた。
ドラゴンは怒り尾を振るってくるけど、シュルッと動いた右の羽衣がそれを受け流し、私は左の羽衣を蹴ってドラゴンの背後に移動する。
ドラゴンがグルリと巨体を回転させてこちらを向く頃には、羽衣が螺旋を描いて大きな筒に似た状態になり、その先をヤツへと向けていた。
そこに巨大な岩を収納から取り出し、
「硬化。射出。加速」
地魔法で岩を硬くして、風魔法で岩を打ち出し、それを空魔法で加速させる。
今の私の目では捉えることも出来ない速さで打ち出されたそれは、狙い違わずドラゴンの右上半身を中心にぶつかり砕け散った。
反撃の間など与えない。
私は次々と岩を羽衣内に出しては、硬化、射出、加速を十回以上繰り返した。
ドラゴンはあちこちの鱗が割れ、肉が抉れ血をポタポタと垂らして、前足や後ろ足もあらぬ方向に向いてボロ雑巾の様になっていた。
弱い。
何が生命の頂点か。
真の頂点とはどの様な存在なのか、その姿を見せてあげる。
私はその字と真名を知り、私を守護する事を選んだ精霊へ呼び掛けた。
「創世の地にて産まれし始まりの精霊たちが一体にして群体、精霊王にして偉大なる真の竜、原初の冬フラナヴァータ」
ただその名を呼ぶだけで良かった。
真名を知る今なら冬の如き環境を作る必要もない。
空間が裂け複数の白い乙女たちが歓喜の笑みを浮かべながら歌い舞い踊り一つとなる。
それは閃光を放ち、頭から尾まで150メートル以上ある白く神々しいドラゴンの姿となった。
その身は一枚一枚が重騎士の盾よりも大きく艶やかな鱗に覆われ、白い被膜を持つ翼は優に200メートルを超える。
幾重にも枝別れした角を頭に2本持ち、闇夜よりも深く黒い瞳に一筋の銀線が走り、その身を包む冷気に空気中の水分が凍りつきキラキラと舞った。
前足の一振りで眼の前に浮かぶドラゴンなど瞬時に肉塊と化すであろうその姿は、見上げたラルやリューネに畏怖の念を抱かせただろう。
何しろフラナヴァータが姿を現した瞬間、ボロ雑巾になったドラゴンもブルブルと震えて地上に降り、土下座してるしね。
〈おぉ、おぉ、主様!
サラストリー様!
我等の真の姿を思い出して下さいましたかっ!〉
いや、思い出しては居ないんだけど、色々と情報をまとめるとそうなんだろうなーと思っただけで。
流石にそうは言えず、
「まだまだ朧気な記憶しかないけど、もし私が完璧に思い出していなければ貴女は私に従わないと、そう言う事で良いのかしら?」
ちょっと偉そうに言ってみる。
〈いえいえ、決してそのような事は御座いません。
未だ他の四竜はその名すら呼んでおられぬご様子。
このフラナヴァータ、第一の使徒としてその名を呼ばれるとは、恐悦至極に存じます!〉
ここまで喜ばれると、いや、他は字しか知らないだけだしとも言えない。
と言うか昔の私は何をしてこれだけの飛んでもない存在を使徒に出来たのだろう?
全然分からんわ。
先程から放置状態だったドラゴンは、私とフラナヴァータのやり取りを見てワナワナ震えつつも自分の不利を悟ったらしく、ギン!と私を睨みつけてありったけの魔力を喉に集めた。
〈愚かなり〉
フラナヴァータがそれに気付かぬ訳もなく、火炎のブレスと言うよりはほぼ熱線状態のそれを一睨みしただけで消してしまった。
〈我が主と知りつつ弓を引くとは、許せるはずも無し。
我等の贄となるが良い〉
フラナヴァータはその巨体からは信じられない程の速度でドラゴンへと体当たりをぶちかます。
「ちょ?!仲間!仲間がいるから!!」
私の声が届く前にフラナヴァータはドラゴンへ激突すると、白く輝く光の柱となった。
巨体の激突で生じると思った衝撃や風圧などは一切なく、光が消え去ると先程の竜が忠犬の様にお座りしていた。
傷は全て癒えていて、鱗の色が濃い緑から徐々に抜ける様な白へ、角の形も枝分かれをし始め、その体型もややスレンダーなものとなった。
〈通常では短時間しかサラストリー様のお側に居れませぬ故、先程のドラゴンを贄としてその魂を喰らい、この身を仮初めの姿としてみました〉
いや、堂々と他人ならぬ他竜の肉体奪ってるよ。
何なら魂を喰らったってどんだけだよ?
「そ、そうなんだ?
でもほら、人里で暮らしているから、その格好だと入れないんだけど?」
遠回しに邪魔だと伝えようとしたけど、
「ふっ。仮初とは言え実体を得た今、私はすでにサラストリー様の眷属。つまりはそこのアレ同様、変身も使用可能なはずなのです!」
アレとはラルの事だろう。
リューネさんに気を使ったのかも知れない。
と、その時天の声が聞こえてきた。
〈解放条件が達成された為、封印中のギフト、【天と竜の血脈】が開放されました。
これによりベースレベルが100上がりました。
ベースレベルの上昇によりHP、MPが全回復しました。
能力値ポイント、スキルポイントが100ずつ加算されました。
封印スキルより天術3、竜使い1、属性魔法火1、雷1、闇1、投擲3が部分開放されました。
熟練度上昇により、剛力5、剛健5、俊敏4、剣術6、特殊戦闘:天人剣6、特殊戦闘:羽衣6、属性魔法水9、風8、地8、空6、収納魔法9、斥候術7、魔力感知8、魔力操作8、眷属魔法5、精霊魔法8、飛行練度6へスキルレベルが上がりました。
種族成熟度の上昇により、飛行7、変身5、飛行適正7の種族特性が上りました。〉
いつもの声が脳内に響く。
「いや、ちょっと何これ…」
思わずアホみたいな上がりっぷりに文句を言おうとした時、頭の中が横にブレる様な、平衡感覚が一気に崩れるような目眩が起こり、上手く飛べずにフラフラと地面に降り立った。
駄目だ、気持ち悪い。
吐きそうになりながらもどうにか出来ない物かと祈念魔法を使おうとしたけど、意識が集中出来ずうまく魔法として成立しない。
魔力だけが霧散して、私はそのまま地面に倒れ込んだ。
少し頭を動かすだけで視界がグラグラし、まともに立つことも出来そうにない。
やべーよ。
ラルもリューネさんも祈念魔法を使えないじゃん?
普通のポーション類は渡してあるけど、アムリタやソーマみたいな数がそんなに無い物は全部収納の中だ。
地や水、火などの属性魔法も回復系はあるけれど、HP回復としては使えても、活力付与とか浄化とか回復力の活性化とか、本当の意味での奇跡的な回復とは程遠い代物だから今の状態に効果があるとは思えない。
思わず地面に突っ伏してしまった私は、そのまま意識を失うのだった。
一瞬、光る蝶が視界の隅に見えた気がした。




