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その25 リューネさんの過去

その25


少ししかお酒は飲まなかったけど、かなり早い段階でリューネさんは酔いが回ってしまい、私が彼女を支えて部屋へと運んだ。


窓からは街灯の灯りが仄かに差し込み、天女の像が見下ろせる。


「ごめんなさい。

いつもはこんなに弱くないのですけど」


「ちょっと疲れが溜まっているんだと思いますよ。

さ、早く休んでください」


「『神々よ。我が友より毒気を払う奇跡を与え給え』」


ちょっと青白くすらあるリューネさんをベッドに横にすると、解毒の祈念魔法で酒気を飛ばした。


リューネさんはすぐに静かな寝息を立て始めたので部屋から出ようとすると、何かの気配を感じて窓へと視線を移した。


ヒラヒラと光の鱗粉を撒きながら舞う光の蝶。


それが窓の外からガラスをすり抜け部屋の中へと入ってくる。


ゾワリと背筋を冷たいものが走り、私は思わず風魔法を発動させていた。


決して強力な魔法ではなかったけれど、普通の蝶ならば姿勢を崩す位は威力があったはずなのに、ヒラヒラとそれは何事も無かったかの様に舞い、リューネさんへと近付いて行く。


これは駄目だ。


危険なものだ。


私の中で警鐘が鳴り響き、咄嗟に素早く右手で握り潰そうとしたけれど、実体がないのか私の手を素通りしてゆっくりとリューネさんの頭の方へと飛んでいく。


このままでは不味い。


普通の魔法も物すらも効果がないのなら、アレを使うしか今の私には術がない。


「滅せよ!」


私は蝶へ向かって言霊を放った。


一瞬蝶は抵抗する様に身を捩り、言霊の霊威に抗し切れずにパッと爆ぜて消え去った。


リューネさんの寝顔を見ると安心した様にぐっすりと眠っている。


もしかして、体調が悪そうだった理由はこれなの?


胡蝶之夢、それを操る魔王、亜人王。


魔王クラスの力にしては大した抵抗力が無かったけれど、一体これは何だったのだろう?


MPの消費も大した事はなかったし、よく分からない。


また現れたら厄介だと思って窓まで近付き外を見ると、どこから湧いて出たのか数匹の蝶が夜の町に舞い、屋根や窓、煙突などから家々へと入り込もうとしている。


「この数ならいけるね。滅せよ!」


再び言霊を放つと、その全てが爆ぜて消えた。


鼻の奥がツーンとして、血が一筋鼻から垂れた。


MP消費だけじゃ足りなかったか。


血をクリーンで綺麗にしてからしばらく様子を見るために窓の外を見つめていたけれど、それ以降は特に何も起きそうに無かったので、私はラルの待つ階下へと降りた。


「何があったのだ?」


物々しい雰囲気でラルが迫ってきたけど、


「大した事じゃないから。

ううん、大した事あるのかな?

亜人王の力だと思うんだけど、リューネさんを寝かし付けていたら光る蝶がね…」


と説明だけはしておく。


「むう、魔王か」


樹王ユグヌスクの気配に圧倒されていたラルは、ある意味私以上に魔王と言う存在に忌避感を感じているみたいだった。


まぁ、魔王ってくらいだから魔物たちを操れたりしそうだしね。


契約の力がどれ程魔王の前で効果を発揮するのか未知数過ぎるし。


ラルはしばし黙り込んだ後、


「どちらにしても亜人王は敵ということで間違いあるまいな。

それとサラ様よ、言霊と言う力、心して使わねば身の破滅を招きかねん事を努々忘れるでないぞ」


とか言い出した。


毎回思うのだけど、将軍だけあって何か偉そうだよね。


「分かってる。

でも今の私にはそれくらいしか対抗手段が無かったんだよ」


「リューネ殿は一宿一飯の恩義がある故、その身を助けるのは吝かではない。

が、その後の行いは必要であったのか?サラ様は冒険者であって町の守護者ではなかろうに」


ラルはやっぱりオークジェネラルなのだなと、こんな時に感じてしまう。


思考が人種のそれとは何処か違うのだ。


「例え知らない人たちでもさ、大変な目に会うのが分かっていて放っておくとか気分悪いからね」


「ふん。そう言うとは思ったが一応言っておかんとな」


やっぱり偉そうだけど、何となくは分かってくれているのかも?


それにしてもテーブルの上の品々はどうしよう。


キッチンとか勝手にイジられるの嫌な人多いだろうし。


そう思いつつ食べ物が残っていたので食事の続きをしていると、階段を降りてくる音が聞こえた。


リューネさんだ。


ほんの少し寝ただけなのに、何だかスッキリとした顔をしていた。


「お招きしておきながら酔ってしまってごめんなさい」


と言いつつ再び席につくリューネさん。


「大丈夫です。気にしないで平気ですよ。それよりもう少し休まなくて良いんですか?」


「うむ、家主はリューネ殿なのだ。堂々と構えていて下され」


「えぇ、ありがとうございます。

もう大丈夫です。

とても短い時間なのに何だかぐっすりと眠れたみたいで」


そう答えるリューネさんの表情が、少しだけ緊張している様に思えた。


「実はここ数日、亡くなった姉の夢を見ていたんです」


「冒険者だったお姉さんですか?」


私がそう尋ねると、こくりと頷きつつテーブルの上にあった水差しからコップへ水を注ぎ、グイッと一気に飲み干した。


「はい、その姉です。

実はお二人をお招きしたのは、単なる善意からと言う訳ではないんです」


少し落ち込んだ様な、それでいて何かを決意した様な顔で語るリューネさん。


「その夢が関係しているのですか?」


私の問に再び頷くと、


「お二人に依頼をお願いしたいのです。

私は姉の敵を打ちたい。

どうかお願いします。

ジャンドゥーラ迷宮の隠しダンジョンの存在の確認とそのボスの討伐に協力して下さい」


そう真剣な眼差しで訴えて来たのだった。




「最初に見た夢は、ごく普通の子供の頃の夢だったんです。

ただちょっと不思議だったのは、夢の中では私が姉だったんです。

あぁ、姉と立場が入れ替わった訳ではなくて、姉の目を通して見た当時の光景を夢に見た感じなんです」


「お姉さんの?」


「えぇ、記憶にある通りの出来事が起こるのですけど、全て姉の目から見た、私の記憶とは少しずつ違うものばかりでした。

そして日々が過ぎ、姉が成人して昔からの友人たちとパーティーを組んで冒険者となりました。

そして旅立った後、私の知らない事もネーサとして夢で体験しました」


「それってつまり、お姉さんの記憶を夢で追体験したような状態だったと言う事ですか?」


「ええ、その通りです」


リューネさんの姉ネーサさんとその仲間たちは早い段階でE級冒険者に昇格し、ジャンドゥーラ迷宮の第一階層へ挑んだのだと言う。


「大体のダンジョン、迷宮は初期階層は魔物も弱く数も深層ほど多くはありません。

それでも森林内を探索するより遥かに魔物との遭遇率は高く、戦闘経験や収集品の量もそれだけ増えます」


「逆に言うと、それだけ危険度も上がりますけれども」


「ええ、ですがレベル20代から30代のパーティーで、事前に情報もきっちりと調べ、装備や消耗品も揃えられるだけ揃えていれば無理をしない限り生還率がとても高いのです」


森にしても浅い所はともかく、奥へ行けば行くほど危険度は増す。


森に比べれば群れからはぐれた上位個体とばったり遭遇などのアクシデントも少ない。


逆にダンジョンも俗に言う魔物溜まりや、魔物の多さをさばききれずにパーティーが瓦解して死者が出る場合もあるし、罠も100%判明している訳でもない。


どちらも危険ではあるけれど、それを恐れていたら冒険者は出来ないしね。


「そして姉たち一行はジャンドゥーラ迷宮に挑みました。

一層は夜のない森林地帯となっていて、全て下級ですが獣系や植物系、人型系など魔物の種類が豊富です。

様子見の為に二度日帰りで探索を行い、一日休みを入れてから泊まり掛けで一層へ挑みました」


「ふむ、かなり慎重な面々のようだな」 


下準備に情報収集、そして様子見や休息まで入れながらの迷宮探索とか偉いわ。


私たちは収納魔法やマーレンさんに甘えてかなりその辺は手を抜いていた。


レベルやスキルの差はあるとは言え、見習うべき先輩たちなのだと私は思った。


「いいえ、経験不足なE級にしてはやや慎重な節はありますが、大体のパーティーは情報収集や準備を怠りませんよ」


やはり私達が特殊なのだろう。


考えてみればアーストン迷宮の下層は魔物の情報不足過ぎてかなり戦いにくかった。


各階層への転移が出来なかったら精神的にも相当キツかった気がする。


「そして順調に探索と討伐を行い帰還予定だった二日目の昼過ぎ、メンバーの一人がやや大きな木の洞を見つけたのです。

注意しつつ洞に入ってみると、一人ひとりがやっと降りられる狭さの下り階段がありました。

そこで止めておけば良かったのですが、新しいダンジョンの情報は報酬対象であり貢献度も上がります。

あとは帰るだけの予定だった事もあり、少しだけ気が緩んでしまったのでしょう」


リューネさんはティーポットに残っていた冷め切ったお茶をカップに注ぎ、コクリと飲んでから続きを話し出した。


「階段で下ると、石壁と石畳で囲まれた部屋がありました。

この部屋の倍くらいの大きさでしょうか?

斥候役が罠や仕掛けを確認しつつパーティーメンバーが全員部屋へと入ると、仕掛けられていた魔法が発動したのです。

全員光に包まれて、気付くと見知らぬジャングルと崩れ掛けた遺跡、古代の神殿のような所に放り出されました」


魔法系の罠は一般的な低位の斥候系スキルではまず発見出来ない事が多い。


そもそも第一層周辺で魔法の罠が張られているようなダンジョン自体、高難易度扱いになり初級者が足を踏み入れる事はないしね。


「その後周辺を調べ、方角も帰り道も分からなくなった姉たちはヒントを求めて遺跡へと足を踏み入れました。

周辺の魔物は一層から三層に出没する低位のものだったのでどうにか対処は可能でしたが、遺跡の奥にいた存在は低層ではあり得ない蝶と人が混じったような魔物でした」


そしてネーサたち一行はその魔物に為す術なく全滅させられたそうだ。


その後夢の中での視界は白黒となって続き、遺体は一層へと転移されたのを見たという。


探索中の冒険者たちに遺体が発見され、冒険者ギルド経由で家族に彼女の死が告げられた。


「冒険者ギルドの職員となって6年間、沢山の冒険者を見てきました。

帰らぬ人となった冒険者も数知れません。それでも、ここ数日見た夢は姉であると同時に私でもあったんです。

姉とその仲間たち、狩人の息子で斥候役のカイル、2軒隣の家の娘で神官のエミリー、騎士家の三男で戦士のゴードン、彼らの無念を払いたいと言う気持ちがどうしても消えないのです」


蝶と人が混じり合った様な魔物?


胡蝶之夢と幻の蝶、そして亜人王と名乗る存在が見え隠れする中、その姿こそが魔王のヒント、もしくは魔王その物な可能性があるのではないか?


これはリューネさんのお願いだからってだけじゃなく、行かなきゃだめな案件な気がしてラルを見ると、彼と目が合いコクリと小さく頷いた。


「分かりました。

幾つか条件がありますがそれを飲んでくれるなら、この依頼を受けたいと思います」


私はリューネさんの目をしっかりと見つめて、そう答えたのだった。

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