その18 石棺の謎
本日二度目の投稿です(一度目は深夜の3時頃です)
その18
「やっと届いた」
そんな声が、思いが聞こえた様な気がした。
「私の事、忘れちゃった?」
そこは大きな白い雲の上だった。
私は雲の凹凸を椅子代わりに座り、目の前に無数に飛ぶ色とりどりの蝶を見つめていた。
空は夜、大きな満月と煌めく星々の光が優しく私と蝶たちを照らしていた。
どの蝶が声を掛けてきたのかは分からない。
でも蝶が私に声を掛けてきた事そのものは否定する気になれなかった。
これは夢だ。
頭の何処かでそう理解している私が居た。
「そう、これは夢。
明晰夢と呼ぶ人たちもいるそうよ」
蝶がそう答えるけど、私はそれを無視して語り掛けた。
「貴女は、誰?
何故私の夢に現れたの?」
本当の夢ならばこれは私が私に見せているものか、神託によるものなのだろうけど、神の気配は全く感じない。
理屈は分からないけれど、他人の意思に干渉する魔法やギフトは存在している。
きっと目の前の蝶もそういった類の何かを使っているのだろうと、夢なのに妙に現実的な考えが頭を過る。
「ふふ、そうね。
貴女は昔からそうだったわね。
色々抜けているし、行きあたりばったりな事ばかりしているのに、話してみるとちゃんと考えている時もあった」
私を知る誰かなのか。
あぁ、そうか。
そうだよ、私は彼女を知っている。
今の私は胸の奥がズキズキ痛むし、泣きたいような懐かしさと悲しさと、殴ってやりたいむしゃくしゃした気持ちが同居している状態だ。
こんな気持ち、全く知らない誰かに抱くとは思えない。
「ええ、私は貴女を良く知っているし、貴女も私を良く知っていたわ。そんな貴女にお願いがあってきたの」
「願い?
そんな事言われても、貴女の名前すら思い出せないのに聞けると思う?」
私の言葉にクスっと彼女は笑う。
少しだけ月と星々の光が弱くなってきた。
薄暗い夜空の下で蝶たちは変わらず光り舞っている。
「あぁ、もう時間がないわ。
胡蝶之夢は使い勝手が悪いから。
本当は170年位前にも貴女に一度伝えているのだけど、忘れてしまったのなら仕方がないわね」
もう、仕方ないなぁ。
今度は忘れないでよね?
そんな親しい間柄の誰かが語る雰囲気のままに、彼女はこう言葉を続けた。
「ねぇ、お願い。
私を殺して」
ハッと目が覚めると、洞窟内のホールに置かれたソファに横になっていた。
さっきの夢は何だったんだろう?
明晰夢の内容はちゃんと覚えている。
確かここで鑑定をして、一匹の蝶を見て。
色々頭を働かせてみたけれど、結局誰にあんな願いを託されたのか全く分からなかった。
私が辺りを見回すと、アニスは地魔法で穴を掘り、風魔法で臭いなどを遮断しながら5人の冒険者たちの遺体を回収している所だった。
クリーンを使って遺体を身綺麗にした後、アニスが荷物や懐を探ってから一体一体収納していく。
暫くすると全ての作業を終えたのか、私の近くへアニスが戻ってきた。
「どうです?落ち着きましたか?」
と尋ねてくるアニスにちょっと気だるさを感じながらも、
「うん、どうにかね」
と答えた。
「貴女誤解してそうですね。
後で詳しく話しますけど、あの石棺貴女の持ち物ですからね?」
「えっ?マジで?」
「ええ。
ですがこちらはまだ仕事が残っていますから、後ほどと言うことです」
「後でとかめっちゃ気になるんですけど」
アニスは私の答えをさらっと無視して、
「この洞窟の入り口の状態などを考えると、彼等はここに何かがあると知っていた可能性が高いのですよ。
あまり目立たない小さな作りですし、岩と壁で塞がれていましたしね。
ならばどうやってここをどうやって知ったのか?
その手掛かりがないかと思い調べてみたのですよ」
と説明し出した。
このまま下手に気になる事を突っ込んで、アニスの機嫌を損ねるのは馬鹿らしいので話を合わせる事にした。
「なるほど、何か分かった事はあるの?」
どうやら私の対応が正解だったらしく、アニスは軽く笑顔を浮かべて、
「ここへの大まかな地図がありました。
どうやら彼らは冒険者ギルド以外で依頼を受けたか、何らかの伝手でこの地図を手に入れたのでしょうね」
と話してくれた。
冒険者ギルドでは、個人間などで直接依頼をやり取りする行為を禁止していない。
勿論犯罪行為は別だし、冒険者ギルドはその案件について一切関わらない事にはなるのだけれど。
私はそう言えばと思い、体の位置を直してソファに座ると、
「依頼を受けて来ているのに、勝手に動いて迷惑を掛けてごめん」
とアニスに頭を下げた。
「いや、構いませんよ。
そういう所は昔からですし。
アムリアでも慣れていますから。
貴女が寝ている間に色々調べることは出来ましたしね」
と謝罪を受け取ってくれた。
長命種がヘソを曲げると数年から数十年単位で面倒な事になる場合もあるので、素直に謝れる時は謝った方が拗れなくて良いんだよね。
「そうそう、ここまで洞窟の奥ですと空気が淀んでいるのでそろそろ外へ出た方が良いでしょう。
ラルさんが気を使ってくれまして、近場で野営可能な場所を探しに行ってくれていますから、外へ出ましょう」
本人が言い出したとは言え、魔物だらけの森を一人で行かせるなよと思い、眷属魔法で安否と位置を確認した。
洞窟の近くに健康的な状態で居るのを確認し、ちょっとホッとした。
私がソファから立ち上がり、アニスがそれを収納した。
「少しだけ待ってて」
私はそう言うとちゃんとした足取りで再び竜の彫刻へ近付き、竜に書かれていた文字を声に出さずに読んで覚えた。
忘れる前にメモを取らないとね。
一つびっくりする事があったけど今はいいや。
頭の中がごちゃごちゃだし。
ついでに中心部の穴を鑑定してみたけど、何かがはまっていた穴としか出なかった。
洞窟を出るとラルが待っていて、
「サラ様、大丈夫か?」
と心配してくれた。
「すぐそこに浅くて広い洞窟を見つけた。
四つ腕熊が居たので狩っておいた。
そこを野営地にしよう。
サラ様はそこで休め」
あっさり戦闘した事を話しているけど、すでに中層もそこそこ深い所に来ているので、ちょっと危ない気もする。
でも私を心配してくれているみたいだし、素直に褒めておこうかな?
「ラル、いつもありがとね。
本当に助かるよ」
「我はサラ様に仕えているのだ。
当たり前の事だ。気にするな」
そんなやり取りをしつつ十分程断崖沿いを歩くと、高さ2メートル、横幅3メートルほどの洞窟の入り口があった。
入り口付近には腕を4本とも失った熊の死体があったので回収しておく。
地面に流れた血はクリーンで綺麗にしてから洞窟に入ってみると、わずかに上り坂になっており、5メートルも進むと高さ10メートル近く、直径20メートルほどのホールになっていた。
「今も何かが封印されていると厄介です。一応調べてみましょう」
アニスと私が魔力感知や鑑定で調べてみると、かなり前に封印が開放されてしまい、術式も霧散して魔力も殆ど残っていない洞窟である事がわかった。
獣くささや糞尿の臭い、抜け毛や食べかすの肉や骨も落ちていたので、肉や骨は地魔法で埋めて、その後洞窟全体にクリーンを掛けた。
「この広さなら問題ありませんね」
アニスがそう言うと、収納から10メートル✕12メートル位、高さ3メートル以上ある丸太出出来た小屋を取り出した。
「あー、やっぱり小屋いいよね!」
私も同じことを考えていて、収納内には伐採乾燥させた木が何本も入っている。
ここまで大きな物だと材料が足りないかも知れないけど、いざとなったら町で材木くらい買えるだろうしね。
「さぁ入ってみて下さい」
とアニスに言われてラルと一緒に中に入ると玄関とリビングが直結していて、簡易的なキッチンや食器棚、テーブルにソファも置かれていた。
奥には2つ扉があって狭いながらも寝室が2つあるそうだ。
「町中に長く住んでいるとテントや野宿はキツく感じるものですからね」
いや、森の民がそれってどうよ?とも思ったけど、人間の中で生き、人間の伴侶すら得た男なのだからこれで普通なのかも知れない。
水は生活魔法で出し、発熱の魔道具でお湯を沸かしてお茶を入れてくれた。
「小屋そのものにも簡易結界と強化、警報の魔道具を仕込んでありますし、外にも簡易結界と警報の魔道具を設置したからそこそこ安心して休めると思いますよ」
「やっぱりその辺の魔道具を使えば安心度は増すよね。
壊されても嫌だしね」
「そうですね。
もしサラさんも小屋を作るのなら魔道具は任せておいて下さい。
マーレンにも協力してもらえば安く仕上げられますから」
「そういえばアニスは錬金術のスキル持ちだったもんね。
あー、だからマーレンさんは薬師と錬金術師をやっているのか」
ちょっとしみじみとした気持ちでお茶を飲み、収納からお弁当を出して皆で食べた。
「どうやら落ち着いた様だな」
食事が終わりデザートに果物をいくつか取り出して、再びお茶の時間となった。
本当なら寝酒でもとなるのかも知れないけど、ここは魔封じの森の中だし依頼の途中でもあるのでお茶だ。
「貴女はアムリアや私の事を思い出しましたが、何故自分が旅をしていたのか、それは覚えていますか?」
「え?里に飽きて冒険者をしていたとかじゃなくて他に理由があったの?」
「やはり思い出せてはいないのですね」
アニスは私の答えに少し考えてから、再び口を開いた。
「記憶を思い出す為に先入観は邪魔だから過去の事は教えない、私はそう言いました。
ですが洞窟の中で勘違いをしている様子を見て考えを改めました。
あぁ洞窟と言えば何かを目撃たような様子もありましたが?」
「うん、光る蝶を見た。あと変な夢も見たね。
確か胡蝶之夢がどうのとか?」
「蝶に夢、胡蝶之夢ですか。
封じられていた何かのヒントになるかも知れません。
ギルドに戻り次第調べてみましょう」
「何か分かったら教えてくれると嬉しいんだけど」
「ええ、すでに貴女は関係者ですから逆にこちらから協力を求めると思いますよ。
それはそうと鑑定や過去の件ですが、誤った情報や憶測は間違った答えや疑念を生んでしまいます。
ですから、少しだけ私の知っている事をお教えようと思います」
「お願いします」
私は背筋をしゃんと伸ばして聞き逃さないよう食後で弛んだ意識をしゃんとさせる。
「まず旅の仲間ですが私たちを入れて5人居ました。
貴女とアムリア、私、あとは人間の戦士とドワーフですね」
「5人…」
確かに想い出した二人に関わる記憶の中で、あと二人仲間が居たらしっくりくるものがいくつもある。
「アムリアは彼女曰く最強を目指す為、私は叔父が魔王になったので里に居づらくなった為、ドワーフは美味い酒と特殊な鉱石を探して旅に出ました」
「エッ?今叔父が魔王とか言わなかった?」
アニスは私の問い掛けをサラッと無視して、
「人間の戦士は子爵家の四男でした。
爵位は一人しか継げませんし、下級貴族ですと他家への養子や婿養子となるのも一苦労だとか。
そこで一旗上げようと冒険者になったそうです。
まぁ、それが今の辺境伯の祖父なのですけどね」
とこれまた何か凄いことを言い出した。
「いやちょっと待って?
そうなるとアシュリーナさんは仲間の曾孫に当たるの?」
「ええ、そういう事になります。
ちなみに彼の元の家名はシルドマンです。
まぁクラリウスさんも親戚と言うことになりますね」
ナニソレ。
辺境伯の娘と結婚して婿養子となった戦士も、既に他界しているのだそうだ。
「そしてサラさん、貴女にも里を出た理由がありました。
人を探している、そう貴女は言っていました」
「人探し?」
「はい。
里での友で幼馴染の女性だそうです。
冒険者は他人の過去を詮索しないルールがあるので、あまり詳しくは聞いていませんが」
私の幼馴染。
記憶にある友人たちの中にいるのだろうか?
分からない。
「それともう一つ、永眠の石棺や魔封じの森など封印に関わる物を調べてもいましたね。
あの石棺はある遺跡で私達パーティーが発見したものです。
鑑定した貴女はどうしても譲って欲しいと相場の金額でパーティーから買取ったのです」
「つまりあの石棺は元々私の物だった?」
「そういう事になりますね。
ですから誰かに生贄にされたと言う発想は0ではないにしても、かなり低いのですよ。
それとあの封印術式も貴女が作った可能性が高いのです。
天人の秘術である事もそうですが、5体の古代竜の字など普通の天人は知らないはずですから」
「え?私は知ってたの?」
「えぇ、知っていたというより、時々召喚して一緒に暴れていましたからね」
マジですか?
「全然記憶にないんだけど。
あ、そう言えばその頃の私のレベルは幾つくらいあったの?」
「詳しくは知りませんが今の貴女よりは遥かに強かったですよ。
でなければ古代竜など召喚出来ませんしね」
確かに。
今じゃ精霊を呼ぶのすらおっかなビックリだしね。
「古代竜を従え暴れた天女…」
ラルはぼそっとそれだけ呟き、うんうんと一人で納得していた。
ラルの中で私が禍津妃かつ災厄の天女に認定された気がする。
その後は雑談をしばらくしてから解散となった。
「俺はソファで休む。
二人は寝室を使え」
ラルの言葉に甘えて私とアニスはそれぞれ寝室を使う事にした。
翌朝私達は再度洞窟内の調査をしたけど、特にこれと言った物は見つからず、町へと戻る事になった。
石棺は私の物だそうなので、本体と割れちゃった蓋を収納する。
これは流石に売れないよね。
ギルドへは魔王の封印が解かれた事、天女が封印していた事など、かいつまんだ説明で済ますつもりらしい。
魔物が住み着くと厄介なので岩で塞ぎ、私達は洞窟を後にした。
勿論小屋や魔道具もアニスが回収して、ついでに魔道具の説明もしてもらったけど、これ高いんじゃない?買えるのかな。
道中魔物に襲われる事もあったけど数日後、私達は無事日が暮れそうな時間帯ににディーア町へと辿り着いた。
「サブマスター、サラさん、お帰りなさい!」
報酬ギルドの扉を開けると、リューネさんがカウンターから飛び出してきて出迎えてくれた。
結局何が封じられていたのかは分からなかったけど、【洞窟へ行って鑑定してくる】と言う依頼は達成されたので問題はないそうだ。
と言うことで冒険者ギルドの中で依頼完了の手続きを行った。
今回は指名依頼かつ特殊な依頼内容だったので、大盤振舞の大金貨2枚と金貨5枚という大金を報酬として私とラルそれぞれが受け取った。
大金貨2枚は金貨20枚での支払いにしてもらったけども。
いや、大金貨って大金過ぎてその辺のお店とかだと使えないんだもん。
金貨も露店なんかじゃ使えないけどね。
魔道具やある程度以上の武器防具みたいな高価な物を買うときには使えるけど、平民が使うのは銅貨や銀貨、大銀貨で、普通の金貨すら滅多に使わないものなのだし。
私とラルはまだ開いている店を覗きつつ宿へ戻った。
「明日はマーレンさんのところにお土産を持って行こう。
あとは体を休ませて、依頼を受けるのは明後日からにしようか」
「うむ。サラ様に任せる」
実は帰りの道中、薬草類やキノコなど、薬になりそうな物は片っ端から収集して来た。
始めは呆れた顔で見ていたアニスも、マーレンさんへのお土産だと話すと一緒になって探し出した。
夕飯を済ませてお風呂に入り、ちょっとあれこれ頭の整理をしてみる。
今から170年くらい前、私は誰かにお願いをされた。
160年以上前、私はパーティーを組んで人探しと封印を調べながら冒険者として旅をしていた。
160年前にはパーティーが解散していたのか、アニスリースとアムリアが結婚してこの町に住む。
ついでに子爵家四男の戦士が辺境伯家へ婿養子になった。
そして同時期、魔封じの森で厄災の天女事件があり、それとは別に町には天女の伝承が残っているっと。
あとは蝶と胡蝶之夢とやらが封印に関わっているらしい事くらいかな?
こんな所だろうか?
二人の事を思い出せたので大分違うけど、やはりかなり記憶が飛んでるね。
私の記憶が飛び飛びだったり、レベルが下がったりしているのは石棺の影響なのだろう。
眠った状態のまま、相手の存在すらも搾り取る魔道具だし、あの中で寝ていたらその程度の不具合はあり得るだろうから。
それにしても私は何でこんな物騒な品を欲しがったんだろう?
封印だけなら他にも方法はあったはずなのに。
それにあの「お願い」、はいそうですかとは行かないよね。
普通に捕まる案件じゃない?
あれこれ考えていたらのぼせそうになったので、慌ててお風呂から出て水魔法と風魔法で体を少し冷やし、食堂で水を貰って飲んだ。
ラルはもう部屋かな?
私は部屋へ戻ると、ゆっくり眠って旅の疲れを取ることにした。




