その17 胡蝶之夢
その17
森の外周部から中層部へと辿り着くと、森の草木が輝いて塊になり、例の何とか言う精霊が現れた。
〈ようこそおいで下さいました〉
魔力の感じを覚えていたらしく、人間に変身している私の事に気付いたらしい。
「前々から思っていましたが、貴女は詰めが甘いですよね」
冷めた様子で私を見るアニスの目がちょっと怖かった。
「森の民エルフの御仁、私はこの森の精霊ファーティアマと申します。
禍津妃様がお見えになられたご様子でしたので馳せ参じました」
「プッ」
禍津妃様と聞いて吹き出すアニスを無視して、魔王が封じられ竜の掘られた洞窟の調査をしに訪れた事を説明した。
ちょっと信用していない様子だったけど、ラルが「事実だ」と言うと納得してくれた。
元々この森の魔物だし信頼度は違うのだろう。
魔物より信頼のない私とは…
〈分かりました。決してご無理はなさりませぬようお願い申し上げます〉
無茶すんじゃねーぞって事だよね。
「善処します」
そう答える私にちょっと恨めしい視線を向けて、皆に礼をするとファーティアマは光になって去っていった。
「さて、禍津妃サラ様、先へと参りましょうか」
アニスは笑いながら、ラルは極平常モードで森の奥へと進んでいく。
元々ラルたち部族が住んでいたのは外周部の中ではやや奥まった所なので、中層部は滅多に来たことはないらしい。
私は魔力感知や斥候スキルを駆使して森の中層部を奥へ奥へと進んで行った。
途中、あれこれ魔物に襲われたけど私達の敵ではなかった。
一人だったら危なかったかも知れないけど、そんな時は飛んでいくし。
正直に言うとソロとパーティーでは動きも役割も違うけど、パーティーの方が楽だし幅が違う。
いや、前の記憶も所々あるけど今の自分として実感するにはちょっと薄かったんだよね。
基本形はラルが前衛、アニスが後衛、私が遊撃だけど数が多い時は私も前に出る感じかな。
魔法寄りだけど回避や受け流しに専念すればどうにかなるしね。
パーティーと言うと人間関係の難しさや、役割をちゃんと出来るかとか、周りを意識して動けるか等はあるけれど、それでも生存率や依頼達成率が上がるのは分かる気がする。
ラルと2人の時も前衛後衛で動いては居たけれど、3人になるとより明確にソロとの違いを実感出来た感じだね。
3交代で夜の番をして4日目の昼過ぎには洞窟に到着した。
特段変化も見られないし、斥候術で調べても私や冒険者たちの足跡くらいしか残っていない。
大型の魔物が住処にするかと思ったけど、そんな事も無かったようだった。
それでも私とアニスがそれぞれ光魔法で明かりを灯し、武器を手に警戒しながら奥へと向かった。
「魔法で作られた洞窟のようですね」
「サラ様の匂いが濃く残っているな。そしてこの気配の残滓は、明らかに強者のモノだ」
サラ様とまた呼ばれるようになったのは、アニスがラルの正体を知ったからだ。
匂いとか言われると何か恥ずかしいね。
ラルは動物的な感覚が強いし、嗅覚も優れているオーク種だから仕方がないんだけど。
そして辿り着いたのは直径約30メートル、高さ約5メートルの大きなホールだった。
私とアニスは魔法をいじってホール全体をちゃんと見えるように照らし出した。
一番最初に目に付いたのは長方形の石棺だ。
ホールのど真ん中に置かれていて、そこから3メートルほど離れた所に割れた石蓋と思われる物体が落ちている。
そして入り口から見て突き当りに所々壊れたり罅が入った石の祭壇があり、その奥の壁面には5体のドラゴンが何かを囲んでいる図が掘られている。
ドラゴンの中心部に当たる壁面にはぽっかりと40センチほどの穴が空いていた。
ここで百年以上寝てたのか。
そして祭壇の近くには幾つかの石が積み重ねされた墓がある。
私が作ったものだね。
ここに戻ってくれば感慨深い気持ちが湧いてくるかと思ったけど全然そんな実感はなく、石棺を見ても固くて寝にくそうとしか思わなかった。
魔力感知を発動させているので、ドラゴンの彫刻や石棺、それに祭壇からも魔力を感じる事が出来る。
「ここがそうなのですね?」
アニスが私に確認してきたので、
「うん、そうだよ」
と答えつつ頷いて、まずは石棺へと向かった。
罠が無いとは言えないので斥候術も発動させている。
案の定罠はなく、目の前に石棺が横たわっていた。
200センチ✕120センチほどの大きさで、高さは50センチほどある。
材質は石であること以外分からないけど、今もはっきりと魔力を宿していた。
「鑑定してみるね」
アニスたちの返事も待たずに鑑定すると、
名称:永眠の石棺
解説:古代の儀式用魔道具の一種。
贄となる者を時の流れから切り離して眠らせ、その魔力や生命力、存在そのものを糧に他の魔道具や術式を継続発動させる。
と書かれていた。
私は出来るだけ感情がこもらない様に意識しつつそれを読み上げた。
魔道具や特殊な術を継続的に発動させるには、何らかの原動力が必要になる。
一番手頃な物だと魔石だろう。
ただし質や属性、保有魔石の関係で強力な効果を長年継続させるには、強力な魔物の魔石が必要になる。
多分これはそれの人種版だ。
「どうやら私は生贄だったみたいだね」
「いや、違うと思いますが?」
「どういう事だ?」
私のつぶやきにアニスがちょっと突っ込むように言い、ラルは少し混乱しているようだったけど、私はそれを無視して祭壇を鑑定した。
名称:導きの祭壇
解説:定められた場にある祈りや願い、魔力などを別の魔道具や術式へと誘導する古代の儀式用魔道具の一種。
やや破損しているが、性能上は問題ない程度。
「これで私の力を誘導していたってことかな?」
「そういう仕組みならそうなのでしょうけど、多分いつも通り誤解していると思いますよ?
落ち着きなさい」
「そうだサラ様。
様子が変だ。
頭に血が上っていては冷静な判断は出来ぬぞ」
アニスが背後から私の右肩に手を起き、ラルが壁の彫刻と私の間に入ろうとしてきた。
私は視界をラルの体で塞がれる前に間髪入れず壁の彫刻を鑑定した。
名称:古代竜の彫刻
解説:創世の時より生を持つとされる古代竜たちの形代。
真名の欠片、字を用いてその力を引き出し、中心部を封印する天人族の秘術の一つ。
この術式においては5体の古代竜の字を使用している。
術式継続の為、魔力などの継続的な提供が必要。
読み上げている途中でラルが割って入ってきたけど、すでに発動したギフトの効果は消えず、私の頭の中に浮かんだままになっている。
「天人族の秘術って…ん?」
ほんの一瞬、立ち眩みなのか眼の前が真っ白になり、体から力が抜けてクラっとした。
手放しそうになった意識を無理矢理引き戻すと、私の眼の前を一匹の蝶が光の鱗粉を蒔きながら飛んでいる。
それは羽をヒラヒラと動かしながら竜の彫刻の中心部、現在はポッカリと穴の空いた所に入り入り込むと忽然と消えた。
はっ?!
どうやら私はラルに抱き抱えられるようにして支えられていた。
ほんの一瞬、私は意識を失っていたのだ。
ラルの体が視界を遮っている今、それは見えないはずの光景、それは白昼夢の様な物だったのかも知れない。
「もう大丈夫だから」
そう伝えたけどラルは手を離してはくれない。
アニスが収納魔法で三人掛けのソファを出してくれたので、ラルが私を抱えてそこへと横たえてくれた。
竜の彫刻の中心部。
そこにポッカリと空いた穴。
そう、そこには無数の蝶が舞う文様が刻まれた大きな宝玉が埋め込まれていたんだ。
「胡蝶之夢」
私はそう呟くと、再び意識を失った。




