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第十九話 深緑色の女


 ひっそりとした空間だ。

 高い位置には年季の入った小窓があり、小部屋、もとい倉庫の光源は現状そこから差し込む光のみである。二階へと通じる階段らしきものが奥に見える。中途で横に折れる形に作られた階段下には、階段の形にそうように斜めに形づくられた半開きの扉があった。更衣室と書かれたドアプレートがピンでその表面に止められていた。『着替え中につき入室ゲンキン』ともう一つドアプレートが大きく主張している。開いた扉から中の様子を窺うが、誰かがいるようには思えなかった。

「ちょっと……待って……って……ね、っと」

 ガサゴソと背後の音に振り返れば、深緑色の後頭部が壁と棚の間に半身を潜り込ませて何かを探っていた。彼女、ロクの体が棚に当たる度にガタガタと積まれた木箱や包みが揺れていた。棚には空きが目立つ。日焼けした部分とそうでない部分の境目ははっきりとしているのに何もそこにはないというのだから、歩は何故だか肩透かしを食らったような気がしていた。『倉庫』。喫茶店の入り口から真っすぐ店内を突っ切って案内されたこの空間は、確かにそう銘打たれていたはずだった。中身が入っていないのか、それとも量が少ないのか、軽くなった木箱が振動で動いている。

「あっ……た!」

 ロクが更に深く体を隙間に潜り込ませた。彼女の足元に置かれた木箱同士がゴツンとぶつかり合うのと同時に、部屋に明かりがついた。天井に埋め込まれた照明器具、魔法石と呼べばいいのだろうか、握りこぶし大の石が徐にその身から光を発する。

「まったく!リンのやつ、届いた荷物はちゃんと決められた位置に置いときなさいってあれ程言っただろ」

 まったく、と埃のついた手をはたきながらロクが悪態をついた。乾いた音が倉庫を満たす。

 倉庫の出入り口、丁度ロクの足元には多くの木箱や包みが詰まれていた。それらは全てこの棚の空いた位置に置かれている筈だったのだろう。

「えっと、ごめんさない、つい」

 歩達の視線に気づいたロクが、自身の態度を顧みてペコリと頭を下げた。申し訳なさそうに何度も頭を下げるので、歩は寧ろ居心地の悪さを得てしまう。

「良いんです、良いんですよ。気にしないで下さい。頭を上げて下さい」

 ごめんなさい。ロクは小さく縮こまりつつもそれを最後に頭を上げた。彼女のエプロンの端には埃がついている。

「んで、アタシ等をこんな所に案内して何をしようっての?」

 部屋の中を物色している真白が警戒心を剥き出しにしたままロクに問を投げかけた。水色の双眸は冷ややかにロクを見定めようとしている。

「その、別にどうこうしようという気はないんだけど、ちょっとホールが落ち着くまで待っていてほしいというか……」

 指先を弄びつつロクがこちらの様子を窺っている。チラリチラリと機敏に動く瞳は、彼女の心中に垂れ込む後ろめたさの表れなのだろうと、歩はジンの言葉を思い出しつつその様子を見ていた。謝りたがっていた、とあの老人は言ったのだ。

「適当で終わらせたくなくて。片付けるものはちゃんと片付けて、そうしてあなた達に向き合わなくちゃって思うんだ。だから、待っていて欲しい……お願いします」

 ロクは片方の手をもう一方の手で上から覆い、ギュッと目をつぶった。震える指先を落ち着かせようと、内心の恐怖や後悔に負けないように、とその姿勢がみてとれた。

「だってさ、真白?」

 歩の腹は決まっていた。ロクの懸命な姿勢を見て、それを否定しようとは思えなかった。

 背後の真白は歩とロクを交互に見、やがてため息を一つ吐いた。

「立ちっぱってのは嫌だね。あとお腹が減った」

 その返答にロクがやにわに表情を綻ばせた。緊張の糸が解れたのだろう。彼女はこぶしを握り、その臙脂色の瞳を輝かせた。

「お安い御用だよ!待ってって!!」

 ロクは倉庫の奥から机と椅子を引っ張り出してきた。一度ホールに出て、その手に布きんを持って戻ってきたロクは、表面を丁寧に撫でてクロスをひく。その手慣れた動きに感心している間に、ロクは準備を済ませ歩と真白を机に導いた。

「どうぞ」

 ロクの導きに従って椅子に着く。その際、彼女は歩と真白の腕や顔をジィッとつぶさに確認していた。

「……よかった」

 彼女の小さな安堵が歩の鼓膜を震わせた。ロクは胸を撫で下ろしている。

「お昼を御馳走するよ!本日はカレードリアだから!」

 溢れんばかりの笑顔とこの明るい性格が、本来のロクなのだろう。歩は満面の笑みを見ながらそう思った。

「喉も乾いたな」

「何がいい?」

「甘いやつ」

「わかったよ!」

 さり気なく更なる注文をしている真白に呆れつつも、歩は空腹を訴える自身のお腹を認めた。朝食を食べてからそんなに時間が経ったのか、と内心驚いた。

 18の方に追いついたので、20話からは週一更新になります

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