4.共同生活
東城楓李は機嫌が悪かった。それは一目で誰が見てもわかるくらいには機嫌が悪かった。時は遡り2時間前のこと。
「はぁ!?この人と相部屋!?」
「そうだ。黒瀬さんには寮に移ってもらう必要があからな。一層のこと相部屋にでもなって少しは打ち解けてみたらどうだ?」
境断官は基本的に零番局が指定した部屋にバディと相部屋で暮らしている。しかし、今まで単独任務がメインだった楓李は一人で部屋を使っていた。
しかし、久世の一言でまさかのバディが誕生しその日のうちにルームシェアの相手まで出来てしまったのである。
「おっ、思ったより部屋広いし綺麗にしてるんだな。」
目の前にいる御影は呑気にルームツアーをしている。楓李は意外にも綺麗好きで部屋は片付いていた。
「……あっちの部屋使って。家具は備え付けだから適当にして。あと、俺の部屋には絶対に入らないで。」
「わかったよ。あっ、そうだ。飯はどうする?」
「各自でいいんじゃない?」
「せっかく相部屋なんだから飯くらい一緒に食おうぜ?」
人と関わらずに生きてきた楓李にとって目の前の御影はあまりにも敵だった。今まではご飯も食べたくなったら適当に買ってくる。そんな生活をしていた。別に不便がある訳でもなかった。
(生活リズム…崩されそう…)
先が思いやられ楓李はため息をついたのであった。
しかし、共同生活は思ったより順調に進んでいた。それは主に御影が空気を読むのが上手いから……ではなく、楓李が家にいる時間が短いからである。
「楓李のやつ…もう行ったのか?」
御影は早起きの方ではあった。しかし、朝起きて楓李と少しだけ顔を合わせたあと、いつの間にか大学に行っているのが日常だった。
顔を合わせないのはまだいいが、それよりも御影は楓李の食事事情の方が心配であった。朝ご飯は食べている様子はなく昼は大学のためもちろん汁良し。休日はタイミングが合えば時折一緒に食べている。夜は何故か任務がない日は楓李の帰りが遅いため、御影が2人分の食事を準備だけはしている。朝になれば綺麗に片付いており、時折お菓子が置いてあるためお礼代わりだと思って御影は受け取っている。
「なぁ?なんでいつも帰り遅いんだ?」
ある日の夜22時頃だった。その日も楓李は遅い時間に帰ってきた。朝は早く出て夜は遅く帰ってくる。遊んでいるわけでは無さそうだがしっかりと休めている姿を見ていないので、御影は少し心配になっていた。
「今日は現場なかっただろ?」
「……別にアンタには関係ない。迷惑かけてないから良くない?」
「そういう問題じゃなくてな……っておい!話聞けよ!」
楓李は御影のお小言を無視して自分の部屋へと入っていった。その部屋は楓李にとって数少い心休まる場所であった。部屋は最低限のものしか置いておらず娯楽もない。強いて言うのであれば本棚に大学用の教材と数冊の小説そして家族写真が置いてあるくらいだ。
その家族写真の横には小さな花瓶と数本の花が生けてあった。楓李は荷物をおろすとそっと写真立てに触れた。
「……陽菜」
写真には両親と5歳下の妹の陽菜が写っていた。写真を大事そうに指でなぞっているとコンコンとノックされた。
「開けるぞ?」
そう言って御影は部屋のドアを開けた。
「開けていいなんて言ってないんだけど…」
「まぁいいだろ?明日、本部行かなきゃだろ?大学に迎えに行くから一緒に行こうぜ。」
「……別々でいいじゃん。」
「釣れないこと言うなよ!とりあえず明日迎えに行くからな。」
そう言ってドアを閉めようとした時だった。御影はふと楓李が持っている写真が見えた。
「……それ家族か?」
「……そう。」
「会いに行かないのか?」
「……さぁ?……もう寝たいから出てって。」
楓李はそれ以上踏み込むなという雰囲気を出していた。御影も何かを感じ取りそれ以上は聞かずに部屋を出ていったのであった。
次の日、楓李は講義を受けていた。大学は通うつもりはなかったが、久世が通えと言うので楓李は渋々通っている。しかし、何かを学ぶのは楽しい。時折眠くはなるが真面目に講義も課題も取り組んでいた。
講義の終わりを告げるチャイムがなり昼休憩の時間が来る。昼食をどうしようか迷っていた時だった。
「ふーうーりー!」
「東城!」
そう言って後ろから背中をバシッと叩かれる。
「……なんだよ」
「相変わらず楓李は無愛想だねぇ」
「いや、長谷川がうるさいだけだと思う。」
楓李の元へやってきたのはいつも学校で絡んでくる長谷川と矢部だった。二人は楓李の事を友達認定しているが、楓李からしたら顔見知り程度である。
「でなんだよ?」
「学食行こうぜ!楓李も3限までだろ?」
「長谷川がうるさいから東城も来い。」
「…わかったよ。」
楓李は小さく溜息をつきリュックを背負った。そして二人の背中を追いかけ学食へと向かっていった。
昼食を終え授業受ける。前の席には長谷川と矢部が座っており、食後だからか長谷川は船を漕いでいた。そんな長谷川の腕に矢部がボールペンを刺すとバッと目を覚ます。楓李もそれに加えて後ろから長谷川の椅子を蹴った。
ジロっと睨まれたが楓李はなにくわぬ顔で授業を受け続けた。その姿は零番局では見られないただの年相応の大学生だった。
「はぁー!疲れた!」
「お前ほとんど寝てたじゃないか。」
「聞くところは聞いてました!」
言い合う二人を横目に楓李は帰る支度を始めた。するとスマホに御影から連絡が入った。
『大学前で待ってる。』
本当に御影が来たことに楓李は驚くと共に溜息をついた。
(なんでこの人しつこいの…)
うだうだ考えても仕方ない。楓李は仕事だと割り切り席を立った。長谷川と矢部は帰ろうとする楓李に気がつく。
「東城今日もバイトか?」
「一人暮らしは大変だねぇ…そのうち俺らとも遊べよ!」
「あぁ。また誘って」
楓李は二人には零番局の仕事をアルバイトと偽っている。実際はバイトと言えるほど優しいものではない。
校舎を出て正門へ行くと1台の車が停まっていた。楓李が来るのに気がついたのか窓が開き中から御影が手を振る。
「楓李お疲れ。どこでもいいから乗って」
「…本当に迎えに来たの?」
「来るって言っただろ!?」
楓李は助手席ではなく後ろの席へと乗り込んだ。シートベルトをしたのを確認し御影は車を走らせた。
「今日は何するんだ?」
「…久世さんが稽古つけろって」
「俺もう若くないからなかなか動くの辛いんだけど…」
「……29歳のおっさんが何言ってんの?」
バティを組んでまだ数週間だが以前に比べ楓李は話してくれるようになった。しかし、自分から話しかけに来ることはまだ少ない。
そうこうしているうちに車は本部へ着き二人は訓練所へ向かっていく。訓練着に着替え二人は訓練用の木刀を手に持った。
「まずは思うように振ってみて」
「そんな適当なことあるか?」
「いいから。」
御影は握り方も知らない刀を思うように振るってみた。すると横から盛大な溜め息をつかれた。
「おい、聞こえてるぞ。」
「刀持つ時は利き手が上。あと強く握りすぎない。もう少しリラックスして」
御影は言われた通りに刀を握り直し振る。
「…力任せすぎる。力任せでやるなら斧でも振り回して。刀は押し切るんじゃなくて力を流す。見てて。」
楓李が木刀を手に持ち上から下に振る。ヒュッと風を切る音が聞こえる。綺麗な型に御影は思わず見とれてしまった。
「とりあえず今日は100回くらい素振り。」
「……明日肩が上がらなくなりそうだ…」
「湿布でも貼りな。」
その後何度も楓李からのダメ出しをくらいながら御影は素振りを続けた。
「肩上がりすぎ」
「力みすぎ」
「重心後ろにいってるよ」
無愛想な楓李だが、教え方は上手く的確なアドバイスをくれるため初日にしては上々の出来で終わった御影だった。
「……明日は絶対筋肉痛だ…」
「筋肉痛の時って動く方が良かったりするらしいよ」
「お前は鬼か!」
楓李は地面に転がっている御影にタオルを投げる。タオルを受け取った御影は汗を拭った。
「なぁ?夕飯何がいい?」
「えっ…一緒に食べなきゃダメ?」
「たまにはいいだろ?作ってもいいし食いに行ってもいいし。」
「……ラーメン」
「いいな!家の近くのとこ行くか!」
「アンタの奢りな。」
いつもより心を開いてくれている楓李に御影は思わず笑ってしまった。その後御影は重い体を引きずりながら楓李と帰宅し夕飯を食べに行った。
「はぁー…疲れた……」
シャワーから上がりリビングに行く。楓李は部屋に行ってしまったのかすでにいなかった。しかし机の上に袋が置いてあった。中身を除くとそこには飲み物と湿布が入っていた。
「なんだかんだ健気だよな…」
楓李の優しさに触れ少し身体が軽くなった気がした御影だった。




