1.出会い
深夜雨が降る中、黒瀬御影はある連続失踪事件を追っていた。被害者は3名でありいずれも痕跡はなく防犯カメラにはなにも映っていなかった。
捜査一課のメンツは家出や蒸発ではないかと言うが御影の考えは違っていた。
(わかったことといえば、共通点として異様な寒気と黒い人影…か。)
事件現場は真夜中の繁華街。酒を飲んでいた人達も帰路に就き静けさに包まれていた。御影は傘をさしながら繁華街を歩く。
雨音にまぎれカタンッと物音がした。御影はそっと後ろを向くと遠くにうっすらと黒い影が見えた。
(……人か?…こんな真夜中に…)
現在は深夜3時。休日なら人がいる可能性もあるかもしれないが今は平日の真夜中だ。ましてやこんな大雨の中、傘をささずに歩いてる人がいるだろうか。御影は気になり黒い影を追った。
黒い影が角を曲がった。御影は足音を立てないように静かに角から道を覗く。するとそこは行き止まりだった。
「…は?…どこに行きやがった?」
その瞬間、背後から異様な寒気を感じた。ゆっくりと振り返り背後をみるとそこには黒い影が佇んでいた。それは人でもなく獣でもなく原型を留めていなかった。それなのにじっとこちらを見つめている。
ジリジリと後退するが背後は行き止まりである。御影は固唾を飲んだ。
(なんなんだ…?あれは……)
刑事として様々な現場を見てきたが今まで見てきたものとはまるで違った。本能が危険だと、逃げろと叫んでいた。
逃げ道を探そうと視線を逸らした瞬間だった。目の前の黒い影は忽然と迫ってきた。
御影は傘を黒い影に向かって投げた。勢いはないが黒い影に当たった。その隙に御影は横を通り抜け車がある方へ走った。
しかし、黒い影もまた御影へと迫っていた。後ろを確認し黒い影との距離を測る。すると影は形を変え黒い手をグッとこちらへ伸ばしてきた。
「…っ!くっそ、避けきれねぇ…!!」
目前に迫った手を避けようとした瞬間だった。目の前でズァァァァッと黒い斬撃が黒い影を2つに切り裂いた。
黒い影はサァッと消え黒い液体や小さな割れた球体などが地面に転がっていた。
「はぁっ!?一体何が……」
御影が顔をあげると数メートル先に漆黒の日本刀らしきものを持った青年が立っていた。
「…目標消滅。回収班まわして」
青年は刀を払い鞘へと戻した。御影は呆然とその姿を見ていた。すると青年と目が合う。
「……一般人か……チッ、面倒だな。久世さんどうする?」
青年が無線越しに誰かと話している間、御影は改めて周りを確認する。青年は音もなくどこからか現れた。そして手には刀、そして青年が着ている制服であろう上着には見慣れないマークがあった。
(あれは…どこかの組織なのか?)
目を凝らして見ていると青年が再びこちらを向いた。
「なぁ、今日のことは内密にして欲しい…だって。後日うちから連絡するって。」
そう言うなり青年はどこかへ行こうとしたため御影は慌てて引き止めた。
「おい!待て、そんな適当な説明あるか!?一体何が起きたんだ?それに君、それは銃刀法違反になるんじゃないのか!?あと、あの黒い影は一体何なんだ!」
御影は早口で喋ったが最後の一言を聞いて青年は足を止めた。
「…アンタあれ見えたの?」
「あれって黒い影みたいのだろ?あれの正体はなんだ?」
「あぁ…もう、本当にめんどいんだけど。」
青年はスマホで誰かに電話をし始めた。
「久世さん、あの人澱見えるって。…はぁ?今から?帰りたいんだけど…あぁ、わかったって。うるさいな。」
青年はポケットに無造作にスマホを突っ込むと御影の方をジロっと視線を向けた。
「俺に付いてきて。アンタを呼んでる奴がいる。」
「だからさっきから説明無しに一体何なんだ?」
「…犯罪者ではないから安心してついてきていいよ。」
そう言って歩いて行ってしまう青年を御影は追いかけた。大通りに出ると1台の黒いバンが止まっていた。青年はその車に乗り込む。
「アンタも乗って。」
「こんな怪しそうなのにホイホイ乗れってか?」
「………はぁ怪しくないって。ほらこれ見れば」
青年は黒い手帳らしきものを見せてきた。
ー内務省特異災害対策課 第零番局
ー第三執行課 指定境断官 東城 楓李
「ぜろばんきょく?…何だそれ?」
見た事も聞いた事もない存在に御影は首を傾げる。
「それを説明するから早く車に乗って欲しいんだけど…」
少しイライラしている楓李に御影は少し溜息をつき車に乗り込んだ。すると中にいた運転手がタオルを渡してくれた。
「濡れてしまいましたよね。こちらを使って下さい。本部までは15分ほどで到着します。」
「あぁ、…助かる。」
御影は素直にタオルを受け取り顔や頭を拭いた。一方でずぶ濡れになっていた楓李も濡れたまま車に乗りタオルは持っているが拭こうともしていなかった。
「お前…風邪ひくぞ?」
「……うるさい。」
そう言うと楓李はそっぽを向いてしまう。御影は再び溜息をつき楓李が持っていたタオルを奪い無理やり拭いていく。
「ちょっ、アンタ何すんだよ!」
「一応命の恩人だからな。ここで風邪引かれると後味悪いんだよ。」
「自分で出来るって…っ!」
楓李は御影からタオルを奪いガシガシと適当に拭き始めた。見た目より若い行動に御影は苦笑した。そうこうしているうちに車はある廃ビルの前に止まる。
「到着しました。」
「……これが本部…なのか?」
御影は目の前のビルを見上げる。そこは廃れており誰も近寄らなさそうな見た目をしていた。むしろビルの入口は不良たちがやったであろう落書きが大量にありボロボロであるため不良すら近寄らなさそうな雰囲気を漂わせている。
「こっち。」
「はぁ?本当にここが本部なのか?」
御影はスタスタと歩いていってしまう楓李を追いかけた。楓李は地下に向かう階段を降りていく。しばらく階段を降りるとそこには比較的綺麗な電子扉があった。楓李が入口に手帳をかざすとドアが開いた。
「早く入って。」
「待てって!」
早足で歩いていく楓李を御影は追っていく。楓李はある部屋の前で足を止めた。コンコンと2度ノックをした後、返事を聞かずにドアを開けた。
「…東城…返事くらい待ちなさい。」
「そっちが呼びつけたくせに。ほら、連れてきたんだけど。俺もう帰ってもいい?」
「いや、お前にも話があるから残れ。そして君は黒瀬御影君だね?そこに掛けてくれ。」
男は目の前のソファーを指さした。御影は濡れたコートを脱ぎソファーへと腰掛けた。すると楓李は間をあけて反対端に座った。
「黒瀬君。急に呼び立てて申し訳ない。」
「いえ…別に構わないのですがなぜ俺の名前を?」
「黒瀬御影29歳。26歳と異例の若さで警視庁刑事部捜査一課へ抜擢…であってるかな?ここ零番局で人調べなんて造作もないんだよ。」
そう言ってニコッと笑う男に御影は顔を引き攣らせた。
「紹介が遅くなったね。私はここ、零番局の局長をしている久世鷹也という。そして君の横に座っているのが我局一番の戦力の東城楓李だ。」
「丁寧にありがとうございます。お前は楓李と書いて…ふうりって読むのか。いい名前だな。」
「……あっそ。」
楓李はそっぽを向いてしまうがチラッと見えた耳は赤く染まっていた。普段から無愛想な態度を崩さない楓李の意外な反応に久世は少し驚いた。
「さて、話を戻すのだが黒瀬君、君にはこの零番局へ入局してもらう。」
「……拒否権は?」
「ないね。」
御影は溜息を吐きソファーの背もたれへ体重を預けた。刑事になりたくて必死に食らいつき数え切れない努力を重ねてきた。それなのに目の前にいる人物は零番局へ入れなど訳の分からないことを言っている。
「申し訳ないのですが、俺はやっぱり捜査一課にいたいのですが…」
御影がそう言うとその場は静まり返る。間違ったことを言ってしまったかと焦った時だった。
「…事件が事前に防げるとしても?」
「えっ?」
今まで黙っていた楓李が急に口を開いた。
「起きてしまった事件をわざわざ解決するより未然に防げる方が生産性良くない?」
「……どういうことだ?」
「アンタが見た黒い影は澱って呼ばれるもの。世の中の自殺や傷害事件はあいつが原因で起きてる。」
聞いたこともない単語に御影は頭を悩ませる。しかし目の前にいる楓李も久世も真剣な顔つきで話している。少なくともふざけている訳では無さそうだ。
「そもそも、澱を認識できる時点でもう普通の生活は送れないよ。澱は認識出来るやつの方が好むしあいつは普通には倒せない。」
「だからお前は街中で日本刀を振り回してたのか?」
「………そう。」
楓李は自身の刀を机の上に置いた。
「これは祓刀。普通の日本刀じゃない。」
御影は気になり刀へ手を伸ばした。その瞬間楓李にその手を止められた。
「触んない方がいいよ。こいつ…アンタじゃ抑えきれないから。」
「…どういうことだ?」
「祓刀は持ち主を選ぶんです。東城の刀は夜断と言って特に気性が荒いというか…持ち主にこだわりが強いんです。なので持ち主以外が触れてしまうと少し厄介でして…」
そう言われ御影は手を引っこめる。
「とにかく黒瀬さん。貴方には申し訳ありませんが監視などの意味も含め捜査一課から零番局への異動は確定です。」
「………そうですか。」
少し不服そうにしている御影を見て久世は申し訳なさそうな顔をした。
そして1つの端末を御影へ渡した。
「予備のスマホですが仕事中はこちらを使ってください。後日正式なものを渡します。今日はもうこんな時間ですので明後日また迎えを送りますのでこちらに来て下さい。」
「わかりました。」
御影は端末をポケットへしまい立ち上がる。それに続き楓李も席を立とうとしたが久世に止められる。
「東城お前は残れ。」
「……俺二限から大学あるんだけど。」
「送ってやる。」
「……寝たい。」
「すぐに終わらせる。」
不貞腐れたような顔をする楓李。久世はそんな楓李を無視し御影を見送る。
「詳しいことは後日お伝えしますので今日はゆっくり休んでください。」
「はぁ……というかあいつは大学生なんですか?」
「それも含めお話させていただきます。」
「了解した。」
御影は最後にチラッと楓李の方へ視線を向ける。楓李もそれに気がつくがそっぽを向いてしまう。様々な疑問や懸念点もあるが今日はもう頭がいっぱいだった。御影は重い足取りで帰宅するのであった。




