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10.異変

アスターモールの一件から一週間近くが経った。


「最近出動少ないよな。この間までが嘘みたいだ。」

「.........」


御影の呟きに楓李は黙り込んでしまった。確かに澱の出現数や任務数は目に見えるように減っていった。しかし、その反面楓李が日常的に感じる違和感は日に日に増えていたのであった。


大学を歩いていても本部を歩いていても街中でも常に誰かに見られているような感覚が纒わりついていた。しかし、振り向いても誰もそこにはいない。それなのに、視線だけが背中にべったりと張り付いて離れなかった。


ーーフウリ

ーードコイルノ?


今もまたどこからかそんな声がした。周りを見渡すが、御影以外どこにも人の姿はない。自宅にいてもこんな調子なので楓李のただでさえ短い睡眠時間が更に削れていった。


「ーーい?おい?楓李聞こえてるか?」

「...っ!ごめん。なに?」

「お前...最近ずっとそんな感じだよな。呼びかけても反応ねぇし、急に固まるし...大丈夫か?隈もすごいぞ...」


いつの間にか目の前にいた御影は楓李の顔を覗き込む。気まずくなった楓李はフイッとそっぽを向いてしまった。


「...大丈夫。寝てるし。ただ、大学の課題が忙しいだけ。」

「そうなのか?」


嘘だった。今、追われている課題なんて何ひとつも無かった。ただ、御影に迷惑や心配を掛けたくなくて楓李はついつい嘘をついてしまったのだ。


(これ以上...この人に心配かけたくない...)


楓李の思いとは裏腹に危機はそこまで迫っていた。






そこから数日後の出来事だった。楓李と御影は朝一で本部に呼び出されていた。会議室に入るとそこには第一執行課、第二執行課のメンバーが揃っていた。楓李達が指定された席へ座ったのを確認し久世が話し始めた。


「全員揃いましたね。それでは説明を始めます。」


久世が端末を操作すると、会議室の電気が落とされスクリーンへ都内の地図が映し出された。


「観測班から都内各地で澱の反応が出ていると情報が入りました。しかし、その数が異常値です。ここにいる全員を投入しても足りるか分かりません。」


久世のその言葉に境断官達がザワつく。スクリーンに映し出されたマップに現在澱が観測されている場所に印がつけられていく。


「主に小型の反応が多く出ており、新宿区と豊島区に集中しています。」

「若者がたくさんいますからね...」

「ただ困ったことに大型と中型らしき反応も出ています。しかしそれらは消滅と出現を繰り返しており詳細な場所が特定出来ていません。」


久世は出現と消滅が確認出来た場所を示した。その印には規則性はなく都内全体に印が見られた。


「とりあえず今回はそれぞれの班ごとに動いて貰います。第一目標は小型澱の撃破、第二目標は中型・大型澱の撃破ですがこれは場所が特定出来ていないので、第二執行課の一部と第三執行課は別で動けるように配置する予定です。」


久世は三浦に目配せをした。すると三浦はそれぞれにメンバーの配置表を渡した。


「今渡った資料を見てそれぞれ動いてください。メンバーと担当域が書いてあります。」


配置表には零番局が4分割されており楓李達は豊島区主に池袋周辺を担当することになっていた。


「......池袋か......」

「人が多そうだから...少し厄介だな。」


楓李と御影は配置表を見ながら言う。


「皆さん確認できたらそれぞれ車を用意しているので現地へ向かってください。」


境断官達はそれぞれの班に別れ現地へ向かっていった。楓李達もジャケットを羽織ったあとそれぞれ祓刀を持ち現場へと向かった。




指定された場所で車を降りた瞬間、楓李は嫌な空気に包まれた。


(......何この...重い...感じ...最悪なんだけど)


御影は大丈夫なのかと思い横をむくと平気そうにしていた。他の境断官達も何食わぬ顔で立っていた。


「ねぇ...黒瀬さん?」

「ん?どうした?」

「.........いや、なんでもない。」


変なことを言って混乱させたくないと思い、楓李は何も言わないことにした。楓李は深呼吸をした後周囲を見渡した。


(.........多いな...)


至る所に黒いモヤが見えている。澱として活性化しているものもあれば澱へなりかけているものもあった。


「よし!班を分けるぞ。とりあえず東城と黒瀬は二人一組だ。あとのメンバーは三人一組で動く。」

「「了解」」

「作戦に移るぞ!」


合図を後にそれぞれ街へと溶け込んでいった。作戦が始まり一時間ほど経過したが小型の澱は倒してもきりがなかった。


「この程度なら放置しちゃダメか?」

「......黒瀬さん右」

「うぉっ!」


御影は間一髪で澱の攻撃を避けた。そしてすぐに体勢を立て直すと突っ込んできた澱に向かって暁を振り下ろした。


「ふぅー...これは放置しちゃダメだな。」

「無駄口叩いてないで仕事して。」


楓李は表情をひとつ変えず澱を倒していく。すると二人の無線に連絡が入った。


「久世だ。東城、黒瀬さんと一緒に東池袋中央公園の方へ行ってくれ。中型の反応がある。」

「了解。黒瀬さん移動!」

「わかった!今行く。」


移動しながらも現れる小型の澱をたおしていたその時だった。キィィイイーンと激しい耳鳴りが楓李を襲った。


「...っ!」


一瞬、視界が大きくぐらついた。それでも楓李は止まることなく指定された場所へと向かったのだった。


公園を目前にした時、木々の奥に中型の澱が見えていた。楓李と御影は一度立ち止まり周囲を見渡した。中型の澱の他に数体の小型の澱がいたからだ。


「黒瀬さんは周りの小型ね。俺は中型を行く。」

「わかった。じゃあスリーカウント後に出るぞ。」

「3、2......い.........えっ?」


敵陣に乗り込もうとした時だった。先程まで動いていた澱達が一斉に動きを止めたのであった。


「はぁ?一体何が...起きたんだ?」


御影は思わず前え出そうになったのを楓李が止める。


「......動かないで。なんかおかしい...」

「おかしいって...それは見れば.........はっ???」


次の瞬間目の前にいた全ての澱が霧散したのであった。


「これは......一体...なんだ?」

「久世さんに報告。」


楓李がスマホをとった時だった。


キィィイイーーンっと再び激しい耳鳴りと目眩に襲われ思わずその場にしゃがみ込んでしまった。


「おい!楓李...大丈夫か!?」

「...っ、だっ大丈夫...」


その時だった。楓李にだけある声が聞こえた。



ーーソコジャナイ

ーーフウリ

ーーキテ



脳内を揺さぶるような声だった。忘れたくても忘れられないいつの日か聞いたあの声が楓李には聞こえた。


「.........行かなきゃ」


楓李は立ち上がり夜断をしまう。御影は心配そうに楓李を見ているがそれを気にしている余裕もなかった。楓李が公園から出ていこうとした時だった。流石に単独行動はまずいと思ったのか御影が止めた。


「おい!どこに行くんだ!?」

「...ここじゃない。行かなきゃ行けないところがある。」

「だからそれはどこだって!?」

「...............東央モール」


その一言で御影は凍りついた。そこは十三年前に壊滅した場所であり、楓李の全てを奪った場所でもあった。


「なんで今その場所が出てくるんだよ!?」


楓李は答えられなかった。むしろ御影の声はほとんど届いていないに近かった。焦点は定まっておらず一点を見つめていた。


ーーキテ

ーーハヤク

ーーフウリ


その間にも誰かに呼ばれていた。その声が聞こえる度に早く行かなきゃと楓李は焦らされていた。流石に様子がおかしいと思った御影が楓李の肩に触れようと手を伸ばした時だった。パシっと反射的に叩かれたのであった。


「あっ......ごめん。」


ハッとした楓李だったが次の瞬間、その表情は苦痛に歪んでいた。


「ごめん......でも俺......行かなきゃ」


その声は楓李にしては珍しく切迫感と恐怖が入り交じっていた。まるで行きたくないのになにかに導かれているような声だった。


楓李は数歩御影から離れるとクルッと向きを変えて走り出した。


「楓李...っ待て!」


御影の制止を聞かずに楓李は走り出した。御影は慌てて久世に連絡を入れた。


「久世さん...楓李が単独で動いた!」

「どこに向かったかわかりますか?」

「......東央モールだ。」


その名前を出した瞬間、無線越しの音が全て止まった。ただ久世の息を飲む音だけが聞こえた。


「......黒瀬さん落ち着いて聞いて下さい。今、東央モール跡地に巨大な反応値が出てます。」

「...それって.........」


想像したくない未来が一瞬よぎった。御影は手にしていた暁をギュッと握りしめた。すると無線越しの本部が慌ただしくなり始めた。


「久世局長...!東央モールの跡地ですが...観測班から測定不可...と来ました。」

「はぁ...............?」


その言葉を聞いた久世も御影も固まった。そして息をするのも忘れて次の言葉を聞いたのであった。


「......深淵級だと考えられます。」


その言葉を聞いた瞬間、御影は全身から血の気が引いた。


深淵級が何を意味しているのかを知っているからだ。


「っ......楓李!!」


御影は楓李の後を追うように地面を蹴った。最悪の未来を振り払うよに楓李の背中を追う。


(どうか......間に合ってくれ!!)


そう願うことしか出来なかった。

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