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11.深淵級

ーー東央モール跡地


十三年前、深淵級の澱によって壊滅したその場所は今もなお、立ち入り禁止区域として封鎖されていた。


建物の大部分は取り壊されているが中央のエントランス付近だけは今も撤去されず残されていた。ひび割れた柱に崩れた外壁、半壊したモールの看板。そこだけが十三年前から時間が止まったままだった。


誰もいるはずのないその跡地にひとりの人影が立っていた。


「...はぁっ...っ...」


フェンスを乗り越え楓李は敷地の中へ入っていく。一歩進む度に空気は重くなり、息苦しくなっていく。


(............ここだ)


楓李はある場所で足を止めた。そこは澱の気配が異常に濃く、黒い霧が地を這うように立ち込めていた。


風の音も虫の音も全ての音が消え去ったその瞬間だった。


ーーキタ


耳元で誰かが呟いた。すると周囲に佇んでいた黒い霧が吸い寄せられるように一点に集まっていく。地面が小さく揺れ、黒が黒を喰っていきやがて巨大な1つの影が楓李の前に姿を現した。


「............嘘だろ...」


血の匂い、誰かの叫び声、崩れていく建物が脳裏に浮かぶ。忘れたくても忘れられなかった十三年前の記憶がフラッシュバックした。


ーーアエタ

ーーフウリ


頭に響く澱の声に楓李は叫びたくなった。その声はあの時全てを奪った声と同じだった。


「俺は...俺は会いたくなかった!」


力任せに叫ぶと澱は嬉しそうに揺れるのであった。


ーーフウリ

ーーオコッタ

ーーモット


そうそうに夜断を鞘から抜き地面を蹴った。しかし、怒りに任せた斬撃は荒く澱へ届かない。呼吸も乱れておりいつものように楓李ならありえない動きだった。


「お前のせいで......母さんも父さんも......陽菜も...全部...っ、全部なくなったんだよ!!」


夜断が澱の腕をかするが攻撃は全く効いてなかった。


(っ...!浅い...切れてない...)


楓李は体勢を立て直した後、澱へ再び立ち向かっていく。その時だった。正面から来た攻撃が突如消えた。


「っ!?」


その瞬間だった。横からありえない衝撃が訪れ楓李は横へ吹き飛ばされた。頭は揺さぶられ脇腹は軋んだ。普段戦っている澱の攻撃より格段に衝撃が強かった。


「いっ......ふ...ざっけん...な!」


痛む身体を無視して起き上がる。血喰をするか迷ったが奥の手を出すのはまだ早かった。楓李は一度澱から距離を取り夜断を握り直した。


「......この戦いだけは...負けない...!」


深呼吸をして再び楓李は澱を見た。核の場所は巨大な影の中央にあった。しかし、深淵級の澱の攻撃の速さでは懐に飛び込むのは難しかった。


(避けながら...身体を削っていくしかないか...)


楓李は外側から回り込むと核以外の部分を削っていく。しかし、澱には効いている様子がなかった。


その時だった。気づけば澱の攻撃が目の前まで来ていた。普段なら気づけた攻撃も今の状態では認識することができなかった。


「くっ...そ...っ!?」


楓李は再び投げ飛ばされたが今度は受け身を取ることが出来た。しかし、攻撃が直撃した部分はあまりにも痛かった。それでも楓李は再び立ち上がり澱を見据えた。


(.........再生してる...)


先程切り落とした部分が再生していた。深淵級の身体は切っても切ってもきりがなかった。


(もう......やるしかないか?)


血喰をしても倒せるかは不明だった。むしろ血喰をして勝ったとしても、夜断に精神がもっていかれて綾人に処分される可能性があまりにも高かった。 それでも楓李はこの戦いに何としても勝ちたかった。


(.........やるしかない...例え...死ぬとしても)


楓李が自分の腕に夜断を押し当てた時だった。その場に聞こえる声はずのない声が響き渡った。


「勝手に......早まるなよ!楓李!!!」

「.........えっ?」


気づけば、暁を抜いた御影が一直線にこちらへ駆けつけてきていた。巻き込みたくなくて一人で来たはずなのに気がついたら相棒がそこに居た。現実かわからず油断した時だった。


ゴォォォっと音を立てて澱が攻撃をしてきた。目の前に迫り避けられないと思った時だった。


「せぇぇぇい!」


御影が暁で澱の攻撃を横に流した。しかし、今まで感じたことの無い重さだったのか御影もそのまま体勢を崩し転んだ。


「...ってぇ...!かっこよく決める予定だったのにな!」

「......なんでここにいるの?」

「言っただろ?背中を預けてもらえるようなバディになるって?」


いつか任務後だった。確かに御影はそう言った。でも楓李はお世辞だと思っていた。まさか本当にその約束を果たそうとしてくれるとは思っていなかった。


「...本気だったの?」

「当たり前だろ?どうだ?背中...預けられるか?」


胸の奥が熱くなり視界が滲みそうになるのを必死に我慢した。今まで周りにいた大人はこんなに親身になってくれただろうか。楓李は感情を抑えるように夜断を握った。


「......仕事増やさないようにしてよね。」

「任せとけ!...しっかしでっけぇな......どうする?」

「攻撃を交わして突っ込むしかないけど...」


珍しく言い淀む楓李にそれだけ深淵級の討伐が難しいことを思い知らされる御影だった。


「じゃあ俺が攻撃を捌くしかないな。」

「はぁ?」

「お前の方があいつの核を砕ける率高いだろ?」

「.........わかった。でも気をつけて。」

「よし、行くぞ!」


二人は左右同時に飛び出して行った。お互いに澱の攻撃を交わし近づいていく。


「ほら!デカイ図体引きずってないでこっち来いよ!」


御影が澱を挑発する。澱の攻撃を交わし楓李が核へ飛び込めるタイミングを作ろうとするが難しい。


「楓李!一旦そっちの腕切れるか!?」

「...やってみる!」


楓李は少し下がり助走をつける。そして大きく踏み込むと空高く舞い上がった。夜断を握り直し澱に向かって大きく振り下ろす。


澱の腕は切り落とされ霧散していく。ヴォォォォオと大きな声を上げて澱は暴れ出す。その瞬間を狙って御影も反対の腕を切りつける。すると、澱の動きが大きく鈍った。


「楓李...今だ!!!」

「りょ...っ...かい!!」


楓李が核に向かって夜断を振り下ろそうとした時だった。視界の端で霧散して消えたはずの澱が黒い塊を作っていた。


(...まさか!?)


そして次の瞬間、その黒い塊は御影の方へ突っ込んで行った。


「御影さん......っ!!」


身体を捻り御影の方へ方向を変える。しかし、澱の攻撃の方が早かった。御影が攻撃に気づくよりも楓李が間に入るよりも澱の方が早かった。


ドォォォンっと大きな音を立てて御影が横へ吹き飛ばされる。楓李は瞬きせずその瞬間を見ていた。


「.........えっ?」


頭の中が真っ白になり現実を受け入れられなかった。自分が傷ついてでも御影は守り抜くと決めていたはずだった。楓李は慌てて御影の方へ近寄る。しかし、視界に入る御影はピクリとも動かなかった。


「ねぇ、御影さん!?起きてよ!」


御影の側へ行きそう叫ぶが御影は反応しない。額からは血が流れており身体のあちらこちらに傷ができていた。


「......うっ、......嘘だ」


その姿が十三年前の両親と重なる。声をかけても近づいても起きてくれなかった。楓李は手に力が入らなくなり夜断を落としてしまった。


ーータオレタ

ーーフウリヒトリ


楓李の後ろ姿を見て澱が喋る。


ーーヨワクナッタ

ーーマタマモレナイ?


楓李の中の何が切れた。夜断を握りしめ澱の方へ姿を向ける。


「うるさい......うるさいうるさいうるさい!!」


楓李は夜断を自身の手に押し当て血喰をさせる。いつもより深く押し当てたせいか血が流れて止まらなかった。それでも楓李は気にしなかった。


「...夜断...もっとだ。もっと......!!」


いつもなら血を喰わせてもここまで夜断は反応しない。しかし、夜断も楓李の負の感情に引き込まれているせいか血喰を歓迎していた。既に、楓李も夜断も限界だった。それでも楓李は止めなかった。


「.........お前を絶対に殺す。俺が.........死んだとしても...」


楓李は夜断を握り直し一歩ずつ澱へ近寄った。


「......ま......て......楓......李...」


ぼんやりとする意識の中、御影は楓李を呼んだ。


しかし、その声が楓李に届くことはなかった。赤黒く染まった瞳が静かに澱を捉えた。


その瞳には、もう理性の色は残っていなかった。

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