第136話 帝国からの接触
※今回はエドガー二世陛下の視点です。
「ほう、ヴァンドル帝国から我が国に親善使節団を送りたいと」
ヴァンドル帝国の大使が皇帝からの書状を携えて面会に来た。
何事かと思ったら、親善使節団を送りたいという話だった。
「はい。貴国と我が帝国は隣国でありながら、交流は活発ではございません」
それは帝国が我が国を軽視していたせいだと思うが。
「魔物の動きも活発化している今、両国の親善を図りたいというのが帝国皇帝ランデリク五世の考えでございます」
大使が述べる理由はおかしなものではない。
「ふむ、貴国と親善を図ることは良いことだと余も思う。どうかな、外務卿」
「御意にございます。魔物の攻勢が強まっておりますし、我がアルビオン王国とヴァンドル帝国が交流を深めるのは有意義かと存じます」
「我が国は喜んで貴国の親善使節団を受け入れよう」
「ありがとうございます」
「ランデリク五世陛下にはよろしくお伝えありたい」
「承知いたしました」
おかしな話ではないのだが、どうも違和感を禁じ得ない。
ヴァンドル帝国は、最近まで我が国と同じように剣と魔法を信奉する国だった。
だがランデリク五世が即位してから商業を振興し、街道を整備するなど内政に力を入れて急速に国力を伸ばしている。
以前は帝国貴族の子弟も王国と同じように剣と魔法の訓練ばかりしていたが、内政担当の官僚を目指す者も多くなったと聞く。
内政に力を入れた結果、今では人口も多くなり、国力では我が国を大きく上回る。
悔しいことではあるが、帝国は我が国のことは下に見ているだろう。
魔物の攻勢が強まったからといって、我が国を頼ってくることは考えにくい。
それが何故今になって急に親善使節団なのか?
もしかするとウィリアム君が複数の付与をした装備に関心を持ったのだろうか?
そのあたりの相談をすべく、執務室に宰相を呼んだ。
「宰相、ヴァンドル帝国が急に親善使節を送りたいと言ってきたのだ」
「魔物の攻勢の強まる中で親善を深めるのはもっともだから受け入れるが、いささか妙な感じもする」
「確かに不思議な感じはありますね。帝国は我が国を後進国とみなし、あまり関心をもっていませんでしたから」
宰相は首を捻ってから、何かを思い出したようで顔を上げた。
「ああ、そういえばレバント商会から情報が入っていました」
「ほう、どんな情報だ?」
「どうやら商人のふりをした帝国の諜報部員がウィリアム君の情報を集めているらしいのです」
「ウィリアム君の情報か。帝国が王国貴族の情報を集めるなど過去になかったな。あるいは彼の付与魔法のことを掴んだのかもしれぬな」
「帝国の動きを情報部に探らせてくれるか?」
「承知しました」
しばらくして情報部から報告が上がってきた。
「ヴァンドル帝国では二年続けて異常な低温となり、主食の小麦は不作が続いているようです」
「そうか、帝国も異常気象で苦しんでいるのだな」
「はい。さらに今年はライ麦も不作になる見通しのようでして、帝国内では食料を十分に賄えないようです」
「なるほど。まあウィリアム君がいなければ我が国も食料不足になっていただろうが」
「おっしゃるとおりです。そこで帝国は我が国の小麦を大量に買い付けるよう商人に依頼しているようです」
「ふむ。我が国は豊作だからな」
「さらに帝国では別の問題も生じております」
「ほう」
「我が国で流行した結核が帝国でも流行し、多くの感染者が出ているようなのです」
「そうか。考えてみれば国同士の交流はなくとも、商人たちは行き来している。国境を越えて感染が拡大するのは自然なことか」
「はい。食料不足で体力の落ちている者が多いところに感染症が流行したので、患者は急増しているようです」
情報部の報告を受けた後、儂は宰相と頷きあった
「こうなると帝国が我が国で開発された小麦と結核の薬に関心を持つのは自然なことだな」
「陛下のおっしゃるとおりかと。そして誰が開発したのかに関心を持ったのでしょう」
帝国が関心を持ったのは、ウィリアム君が新種の小麦や薬を作り出していることか。
「小麦と薬の開発者がウィリアム君であることは公表していますから、帝国が調べればすぐに分かることです」
「問題は帝国がウィリアム君の功績を知ったことと親善使節団の派遣がどうつながるかだな」
「ええ、我が国との友好関係を築き、薬の購入を希望するということなら問題はありませんが」
「ああ、薬は国外に売ることは禁じているのだったな。だが今は供給量に余裕があるから、帝国から依頼があれば売っても良いな」
「そうですね。ただし、もしウィリアム君を手に入れようと考えているとすれば問題です」
「そうだな」
帝国がウィリアム君を狙っているとしたら、なんとしても防がねばならぬ。
儂はウィリアム君の父親であるセオドアに手紙を書いて状況を伝え、注意を促した。
すると、帝国がウィリアム君の情報を集めていることはレバント商会から聞いて既に知っており、念のためにウィリアム君の警備を強化しているという返事が届いた。
まあ帝国がいきなりウィリアム君を攫おうとする可能性は低いだろうし、いざとなればウィリアム君は魔法銃も持っているし転移魔法も使えるのだが。
セオドアが万一に備えて警戒を強めるのも理解できる。
ウィリアム君は我が国の宝だ。残念ながらそのことを理解できない貴族もいるが。
ところでレバント商会は最近ノーザンフォードに支店を開き、支店長は会頭の息子が務めていると聞いたな。
会頭はウィリアム君に心酔しているらしいから、セオドアに情報を提供するのは自然なことか。
商人たちが情報を掴むのは早い。
王国の情報部にも頑張ってもらう必要があるが、ウィリアム君のことをレバント商会が気にかけているのは歓迎すべきなのであろうな。




