第134話 魔物は北の帝国も襲う
※今回は第三者の視点です。
魔物はアルビオン王国だけを襲うわけではない。
北のヴァンドル帝国でも魔物の攻勢は強まっていた。
ヴァンドル帝国は商業や工業など内政に力を入れることで発展し、アルビオン王国よりも人口は多い。
人口が多いことから兵士として動員可能な人数も多い。
さらに工業を振興していることで装備もしっかり整えているために、帝国の軍は強い。
だが、飢饉という事態こそ免れているものの食料が十分に供給できていないことは、帝国の戦力に影を落としていた。
帝国の兵士も王国と同じで専業ではない。
普段は小麦を作ったり、町で職人をしたりしている。
食料が足りなくて値段が上がっているから、お腹いっぱいにいつも食べられるわけではない。
結果として体力が落ち、体調を崩す者も少なくなかった。
そして、魔物の襲撃が増えることで前線の兵士たちは疲弊しつつある。
それは身体だけではなく心も。
たとえば、魔物の湧く魔境の近くのとある帝国諸侯の領地では……
「また魔物たちの襲撃か」
「今月これで何度目だ?」
「無駄口を叩いている暇はないぞ。もう魔物は近くまで来ている。お前たちが頑張ることで民を守ることができるんだ」
上官は兵士を鼓舞するが、兵士たちの力は弱ってきている。
こうした光景はあちこちで見られた。
ヴァンドル帝国の軍は魔物を何とか撃退しているものの、戦死者や戦傷者は次第に増加していた。
さらに、帝国を苦しめる原因はもう一つある。
首都では宰相がそのことを皇帝に報告していた。
「陛下、諸侯の軍では戦線から後方へ移される兵が増えております」
「どうしたのだ。まさか怪我人が急に増えたのか?」
「そうではございません。ただ体調を崩して離脱する者が増えております」
「体調を崩す? 結核か……厄介だな」
アルビオン王国で流行した結核はヴァンドル帝国でも猛威をふるっていた。
「諸侯軍の中には兵士の2割から3割が感染しているところもあるようです」
「ううむ。由々しき事態だな」
皇帝は唸った。
結核はもとより感染力が強い疾患であるが、密集して生活する軍隊では広まりやすい。
まして食料不足のために体力が落ちた者は病気に罹りやすい。
結核は帝国軍の戦力を削ぐ大きな要因となっていた。
そして、アルビオン王国にはウィリアムの作った特効薬があるが、ヴァンドル帝国には有効な薬はない。
結核に罹った患者は隔離されて療養するしか方法がなかった。
このような状況に帝国の指導層は危機感を強めていた。
第二皇子のエルンストもその一人だ。
ちなみに帝国の第一皇子は側室の息子であり、正妃の子である第二皇子と、どちらが帝位を継ぐのかはまだ決まっていない。
現在、第一皇子は帝国軍の将軍の一人として戦地に赴いている。
次期皇帝として率先して危地にいるという見方もできるが、首都にいる第二皇子のほうが大切にされていると考えることもできる。
二人の皇子は微妙な関係にあった。
エルンストは自分が安全な場所にいることに複雑な思いも抱きながら、帝国の陥っている危機を憂慮する日々を送っている。
「結核の影響は大きいな。ウィリアム殿の開発したストレプトマイシンが帝国にもあれば」
エルンストは薬がないことを嘆いた。
王国産の小麦は商人を通じて買えるが、王国で作られる薬を国外で売ることは認められていなかった。
「殿下、王国産の石鹸があるだけでも助かっておりますが」
石鹸は王国から来た商人たちが売ってくれるので、帝国は大量に購入していた。
「ああ、石鹸のおかげで結核の流行は抑制されている。その石鹸もウィリアム殿が作ったそうではないか。やはりウィリアム殿は凄いな」
そんな状況下で、帝国の諜報部がウィルは南の未開地を領地として与えられる予定であり、王国内で同情されている情報を掴んできた。
その情報はエルンストも耳にする。
「なんと、あの天才児たるウィリアム殿の得る領地は僻地の未開地だというのか!」
「はい。諜報部は間違いないと言っております」
「そうか! やはり王国は剣と魔法ばかり重視してウィリアム殿の価値を分かっていないな。ならば彼を帝国に招くチャンスはある」
しばらく考え込んだエルンストは、やがて一つの決意をする。
「本当は妹を政治に巻き込みたくなかったのだが、帝国の未来のために止むを得まい」
そう呟いた第二皇子は、父である帝国皇帝に一つの案を上奏した。




